残酷で美しい世界Ⅱ
クラウは半歩後退し、駅ビルをゆっくりと見渡した。
「俺……こんなに大きな建物の中にいたの!? 城より大きい……」
「うん、そうだよ〜」
「全然気づかなかった……」
人が本当に驚いた時は、こんな顔をするらしい。瞬き一つせず、ポカンと口を開けるクラウに笑ってみせる。
「東京とか大阪に行けばもっと大きな建物あるんだけど、北海道ならここかなぁ」
「ホント、異世界って凄い……」
「私は、この世界はちょっぴり苦手だけどね」
日本は自由なようで、時間のゆとりがない。がんじがらめの生活しか待っていない。
「スティアもきっと、魔導師がいなくなったら、こんな大きな建物だらけになるよ」
そして、負の感情が溢れ出し、人々の営みも変わるのだろう。これは私から神への、ちょっとした皮肉だ。クラウは何とも言えない表情で私を見ると、私の手をぎゅっと握った。
「ミユ、もっとこの世界を見せて欲しい」
「……うん」
いつまでも感傷に浸っていても仕方がない。瞼を瞑り、一度、頭の中をリセットする。
「行こっか〜」
せめて今だけは、初めてのデートを楽しもう。にっこりと笑ってみせ、手を引いて駆け出した。
「どんなお店が見たい?」
「うーん、何があるかな……。武器屋、装飾屋、仕立て屋……」
「えっ!? そんなお店ないよ〜!」
「えっ?」
訳が分からないと言いたげに、クラウは小首を傾げる。
「装飾屋さん……に近いのかなぁ。アクセサリー屋さんならあるけど」
「じゃあそこ、行っても良い?」
「高くて買えないけど、それで良いなら」
「うん」
高級宝飾店なら、駅ビルに店舗を構えている。来た道を引き返し、エレベーターへと向かった。二階に向かうだけなのだけれど、クラウはエスカレーターには乗れないと判断した。雑踏に紛れて乗り場に到着し、先に並んでいた人の後ろで停止階を示す電光掲示板を眺める。
「これから乗り物に乗るんだけど、ビックリしても大声は出さないでね」
「どうして?」
「変な人だと思われるから」
他人を蔑むような冷たい目をクラウに向けさせたくはない。彼は少しショックを受けたような表情をしたけれど、これは彼を守るための忠告だ。もっと傷つく顔は見たくない
すっとエレベーターの扉が開き、流されるように中へと入った。中は三面がガラス張りだ。音もなく遠ざかっていく地上を見て、クラウの顔は青ざめていく。
「大丈夫だから」
そっと囁き、握る手に力を込める。すぐに電光掲示板は二階を指し示し、扉が開いた。
「降りるよ」
クラウの手を引き、「すみません」と小声で言いながら人をかき分ける。
開けた場所に抜けると、思わず安堵の息を吐き出してしまった。それはクラウも同じだったようだ。
「死ぬかと思った……」
「大袈裟だなぁ」
「まさか、地面が動くなんて思わないじゃん」
クラウはがくりと肩を落とし、俯く。
「これがこの世界の『日常』だよ」
「え……」
理解しがたいことを言ってしまったのか、クラウが息を呑む音が聞こえた。私にとっては過剰な反応だったので、小さく苦笑いしてしまった。
「そんなんじゃ、この世界は見て回れないよ。行こう~」
項垂れるクラウを尻目に、ライトに照らされて星屑のようにキラキラと煌めく宝石たちの世界へと歩みを進める。その美しさに気付いたのか、いつの間にかクラウも顔を上げて瞳を輝かせ始めた。
「宝石が綺麗なのは、どの世界でも同じだね」
「うん」
私もそう思う。綺麗なものを見て美しいと思う感情は、どの世界の人も変わらない。微笑ましく思いながら、クラウの顔を見詰める。数分も経たずにその足は止まった。
「いらっしゃいませ」
上品な女性店員が丁寧にお辞儀をする。女子高生には少し場違いな所だ。私が気付くより早く、店員はクラウに狙いを定めたようだった。ちらりと私のスカートを見ると、僅かに店員の目が引きつった。にこやかに振舞う店員の瞳は私と合うことはない。
「何かお探しですか?」
「いえ、少し見せて下さい」
店の奥に飾られているティアラに目がいった。こんなにも繊細な物まで売っているのかと、感嘆の溜め息が漏れる。そんな私をよそに、クラウが「あっ!」と声を上げた。
「すみません」
「はい」
「このリング、見せていただけますか?」
「少々お待ちくださいませ」
店員は白の手袋をはめ、ガラスケースの鍵を開ける。慎重に、シンプルなねじれリングを紺のトレーの上に乗せる。デザインよりも値段を見て驚いてしまった。一つ五万円、ペアで十万円――。
「十万も――」
「はめてみますか? 薬指のサイズ、お分かりですか?」
「薬指じゃ駄目なんです」
「えっ?」
店員は眉をひそめる。
「こっちの女の子が小指で、俺が親指で……うわぁっ!」
何故、買おうとしているのだろう。そんな大金を、まだ高校生の私が出せる筈がない。
クラウの腕をぐっと引き寄せ、心の中で悲鳴を上げながら店から引き離した。彼はよろめく体勢を立て直し、不服そうな顔で私を見る。
「何で止めるのさ!」
「私、見るだけって言ったよね?」
「でもさ、十万パールくらい、俺が払えるよ。ドレス一着と同じくらいの値段だし」
「パールじゃないの! 円なの! ここは日本で、流通してるお金が違うからね?」
クラウは「あっ……」と声を上げ、気まずそうに顔を背ける。と同時に、彼の腹の虫が鳴った。時計を見てみれば丁度十二時半――空腹になって当然の時間だ。気まずさを紛らわせるにも、丁度良い機会だろう。
「ご飯を食べに行こう? 折角だから、和食を食べてもらいたいんだよね〜」
「わしょく?」
「うん、日本の料理のこと!」
ゴクリと生唾を飲む音と共に、彼の喉が上下に動く。
「行こっか〜!」
「うん!」
再び私はクラウの手を引いて歩き出した。




