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【改訂版】呪いを解いた代償は、恋人の心でした~神に反旗を翻します~【第二部】  作者: 七宮叶歌
第18章 残酷で美しい世界

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残酷で美しい世界Ⅰ

 ようやく、カフェの看板が見えてきた。ほのかにコーヒーの香りもする。


「クラウ、もうちょっとだからね」


「……どこに行くの?」


「カフェ」


 休憩出来ることを察知したのだろう。半歩後ろを歩く、疲れ切ったクラウの瞳に希望が灯ったような気がした。


「コーヒー、冷たい方が良い? 温かい方が良い?」


「うーん、冷たい方」


「おっけ〜!」


 無理やり明るい声を上げ、にこりと笑ってみせる。あともう少しで辿り着く。気持ちだけを逸らせ、彼を引く手に力を込める。

 

「いらっしゃいませ」


 女性店員の落ち着いた声が聞こえ、ほっと息が漏れた。胸のおもりが取れるようだった。


「私が注文してくるから、先に好きな席に座ってて」


「うん……。ありがとう」


 店員や客に目をくれる訳でもなく、クラウは店内をきょろきょろと眺めながら奥へと向かっていく。心配しなくても大丈夫だろうか。


「お客様、ご注文をお伺いします」


 少しだけ遠慮がちに、店員も私を見る。他に並んでいる客はいないけれど、何も注文しないのは失礼だ。レジに近付き、一応メニューを確認してみる。


「店内でお召し上がりですか?」


「はい。アイスコーヒーを二つください」


 代金を払い、店内を振り返った。クラウは一番奥の席に落ち着いたようだ。テーブルに突っ伏している。

 すぐにコーヒーは用意され、トレーに乗せられた。零さないように、慎重に店内を歩く。


「あそこで伏せてる人、格好良かったよね」


「ね! あんな彼氏欲しい」


 近くに座る女性二人組の話し声が聞こえてくる。その目は明らかにクラウに釘付けになっていた。この人は貴女たちの見世物ではない。私のものだ。ちょっとだけ怒りと嫉妬を覚えながら、彼のテーブルに歩み寄る。


「お待たせ〜」


 氷同士がぶつかり合う小気味の良い音と、トレーがテーブルに擦れるなんとも言えない音が耳に届く。クラウはむくりと顔を上げた。


「砂糖、入れても良い?」


「うん、お願い」


 ガムシロップを手に取ると、クラウのコーヒーに注いだ。ストローを刺し、くるくるとかき混ぜる。コーヒーの底に広がるマーブル模様がすっと消えていく。その奥で、必死に喉の渇きを我慢しているであろうクラウの瞳もあった。


「もう飲んでも大丈夫だよ」


 『待て』から『良し』を言い渡された犬のように、クラウはグラスを手にし、ストローも使わずにちびちびとコーヒーを喉に流し込んだ。


「この世界のコーヒーも美味しいね」


「でしょ~?」


 自分のコーヒーの味を調えながら、褒めてくれたことに喜びを覚える。

 お洒落なジャズを聴きながら、油断しきったクラウの表情に小さく笑ってしまうのだった。


「この国の人はね、学校とか仕事に追われながら生活してるの。多分、良いことじゃないと思う」


「ミユも?」


「うん、私もそうだった」


 毎日勉強と部活に追われ、休みになっても課題が出される。まるで遊ぶなと言っているかのように。大人なんて、夏休みや冬休みすらない。想像でしかないけれど、きっと心も身体が休まらないだろう。

 

「だから、皆、せかせか歩いてたでしょ?」


 クラウはカフェの入口へと目を向ける。通り過ぎていく人の笑顔には、どこか疲れが見えた。一歩外へ出れば、また忙しなく歩く人波に呑まれてしまうだろう。


「ミユはこの世界が好き?」


「正直言って、分からない。スティアに行くまで、この世界しか知らなかったから」


 鳥かごに閉じ込められた小鳥のよう――ここで生きている人たちは、何の疑いもなく日常を受け入れているのだろう。以前の私のように。

 かといって、スティアの人たちの生活を知っている訳ではない。魔導師として転移させられた私は外出も許されず、別の鳥かごに移っただけだったのだから。

 明日、エメラルドの城下町を見て回ったとしても、私が知れるのはスティアの人たちのほんの一部なのだろう。


「俺もこの世界をこの目に焼きつけておくよ。ミユのためにも、スティアの未来のためにも」


「ありがとう」


 腕時計を確認してみる。針は丁度、十一時十五分を回った所だ。


「ご飯を食べに行くのはまだ早いし、う〜ん……」


 考えを巡らせながら、アイスコーヒーを飲み干す。


「札幌の観光名所……時計台?」

 

 呟いてみたけれど、そこは駄目だ。北海道のガッカリスポットで有名だから、そんな場所は見せられない。


「じゃあ、動物園?」


「どうぶつえんって何?」


「この世界の動物がいっぱいいるところ」


 クラウの瞳が輝き始める。


「行ってみたい!」


「う~ん、時間が足りないかも……」


「えー……」


 それにお金もかかってしまう。

 もう駅ビルでウインドウショッピングを楽しむ以外には、良い案が思い浮かばなかった。


「クラウ、ごめんね。札幌に来たのが間違いだったかも……」


「えっ?」


「ここって、日帰りだと買い物を楽しむ場所だった……」


 泊まりならいくらでも楽しめる場所はあるのに。明らかに選択ミスだ。溜め息を吐き、視線を落とす。


「俺は、それで十分だよ」


「えっ?」


 それなのに、クラウはにっこりと笑う。


「俺はこの世界の人たちの人と成り、生活を見てみたい」


 先程、嫌味な同級生と会ったばかりなのに。心がささくれていたので、救われるような思いだった。

 そうと決まれば、じっとしているのは勿体ない。ここで出来ることをめいっぱい楽しもう。


「よし、しゅっぱ〜つ!」


「うん!」


 クラウの手からグラスを奪い取り、トレーに乗せて思い切り立ち上がる。それを颯爽と返却口へ滑り込ませ、二人で店を出た。「またお越しくださいませ」と背中越しに店員の声が響く。『また』は無いかもしれないな、と思いながら、振り返ることはせず、クラウと手を繋いだ。


「まずは、今、どこにいるか見せるね」


「うん」


 人混みをかわしながら札幌駅の改札口を通り過ぎ、南口の出口を通り抜けた。雪混じりの凍える風がプリーツスカートを、髪を靡かせる。昼間だからあまり綺麗ではないイルミネーションには目もくれず、ずんずん進む。駅前通りの歩道の手前まで着くと、足を止めた。


「……ミユ?」


「クラウ、振り返ってみて?」


「えっ?」


 どんな反応が見られるかワクワクしながら、「せ〜の!」で振り返る。クラウは目を見開いた。


「……えっ!? ええっ!?」


「ここが札幌駅だよ」


 青色の円に星が散りばめられた時計が目を引く、現代的な建物だ。舞う雪が更に建物の壮美さを際立たせる。

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