禁忌Ⅲ
慌てて券売機を指差し、クラウから身体を離す。
「切符を買わなきゃ。着いてきて」
「きっぷ?」
首を傾げるクラウの手を引き、券売機へと駆け寄った。大人二人、札幌行きのボタンを押し、お金を投入する。お釣りと共に出てきた切符の一枚をクラウに渡した。
「はい、これが切符。それを改札に通したら列車に乗れるよ」
「う、うーん?」
「とりあえず、私の真似をしてみて?」
クラウがついてきているのを確認し、切符を改札に通してみせる。遮断板が自動で開いたので、クラウは肩を震わせながら目を丸くした。初めて改札を見る人はこんな反応をするらしい。可愛いやら面白いやらで、ぷっと吹き出してしまった。
遮断板が閉まらないうちに改札を通り、切符を取る。小さな音を立てて、遮断板は元の位置へと戻った。
「えっ? ええっ!? どうなってるの!?」
「やってみて? 大丈夫だから」
「そ、そんなことを言われても……」
おっかなびっくり、クラウは切符を改札へと通した。遮断板が開くと、彼は小さく「うわっ」と悲鳴を上げ、そろりと通り抜ける。
「切符を取って?」
「う、うん」
震える手で切符を取ると、背後で遮断板が閉まる。また「わっ」と声が聞こえた。
「早く行かなきゃ! 列車が出発しちゃう!」
「分かった!」
ホームまではエスカレーターと階段があるのだけれど、エスカレーターはクラウが困惑するのを見越して階段を選択した。階段を駆け上り、二人で列車内へと滑り込む。発車の合図の笛が鳴り、背後でドアが締まった。
「間に合った〜」
「ギリギリだったね」
周りを見渡してみたけれど、優先席以外に空いている座席は見当たらない。きっとクラウは景色も見たいだろうし、ここで立っているよりも、先頭に移動した方が見渡しが良いだろう。
「クラウ、あっちに行こう? 途中で海が見えるんだ〜」
「海!? 俺、見たことない!」
クラウの手を引き、人の波を掻き分けながら運転席の後ろへと移動した。立ったままの乗車とはなるけれど、ここなら大きな窓を私たち二人で独占して景色を楽しむことが出来る。
「えっ!? 俺の屋敷より大きい! 凄い! あの建物は何?」
「あれは買い物する場所だよ。小さい頃、両親とはぐれちゃって迷子になったなぁ。昔は観覧車もあったんだけど……」
「かんらんしゃ?」
「クルクル回る乗り物なんだけど……」
説明が難しい。実際に連れて行ってあげることも出来るので、観覧車は今日のメインに回そう。
はしゃぐクラウを微笑ましく見ていると、彼は一際大きく「あっ!」と声を上げた。窓の外には、広大な海と曇った空が絵画のように現れた。
クラウの目が外に釘付けになった。
「これが海……」
「うん。今日は雪が降ってるからちょっと黒ずんでるけど、晴れたらもう少し青いの」
貴方の瞳の色に似ているの――言いかけて止めた。海が嫌いだった私は過去の私だ。悲しみの原因だったモノは取り払われ、今、私の隣にはクラウがいるのだから。
どちらからともなく、手を握り合う。車窓から流れていく海を無言で眺める。
そんな時間も長くは続かない。トンネルをくぐり一瞬暗くなったと思ったら、車窓は街並みへと姿を変えていた。
ここから札幌駅までは人の出入りが激しくなる。会話する余裕もあまりなく、人に押される度に、不安そうに私の手をぎゅっと握る。また、クラウは通りかかる人たちを観察しているようでもあった。乗客が手にしているスマートフォン、ゴスロリファッション、手を叩いての大笑い――異世界では見慣れないものだろう。
ほどなく終点のアナウンスが流れ、ホームへと続くドアが開いた。
「人混み凄いから、逸れないように、手を離さないでね」
「分かった」
人混みに揉まれながら、階段を降り、改札へと向かう。ここで私が一つのミスをしてしまうのだ。
「クラウ、またここに切符入れてね」
「う、うん」
私に続き、クラウも改札に切符を通す。ところが、そこで彼が立ち止まってしまった。
「あれ? きっぷ、出てこない……」
教え忘れてしまった。改札を出る時は切符は戻って来ないことを。
「そのまま出ても大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます……」
後ろに並んでいた女性が、嫌な顔一つせず、にこやかにクラウに接してくれている。良い人で良かった。ほっと胸を撫で下ろし、クラウが駆けて来るのを待っていた。
「はぁ……疲れた……。人がいっぱいいる所って、こんなに疲れるんだ……」
列車移動だけでヘトヘトになってしまったらしい。思わず、その汗ばんだ大きな両手を握り締めた。
このまま連れ回しても大丈夫だろうか。心配になったけれど、私にはクラウに地球という世界を見せて回る、という使命があるのだ。
とにかく、今は休ませてあげなくては。どこかにカフェがなかっただろうか。そうだ、地下にあった筈だ。ただ、混んでいるし、パフェが多くて飲み物がないのが難点ではある。
少し歩くけれど、やはりコーヒーが飲める場所にしよう。
「クラウ、もう少し我慢してね」
「うん」
クラウは手で額を拭い、弱々しい息を吐く。
何故、こんなにも札幌は休憩スペースがないのだろう。クラウを座らせてあげたいのに。観光客に優しくないな、心の中で愚痴りながら、階段をゆっくりと降りる。地下街は更に人が多くなった。窓のないこの場所が、地面の下だということに、クラウは気づいているのだろうか。
「大丈夫?」
「うーん、多分……。頭はフラフラするけど……」
クラウの声は弱々しく、目は虚ろだ。この元気のなさは絶対に大丈夫ではない。急がず、体力がなるべく消耗しないように、人にときたまぶつかりながら、地下街を縫って歩いた。メインに回そうと考えた観覧車には、最終的に乗れるだろうか。私まで不安になってきてしまった。




