禁忌Ⅰ
翌日、エメラルドからの一報を受けた。その詳細は、にわかには信じられないものだった。初めて会う銀髪の女神――オパールに文句も言う間もなく、時空の転移を施される。
「オニキスが行ったことは『禁忌』です。私も十分叱っておきますが……アレクとフレアには他言無用でお願いします」
「分かったから、早くして!」
なんと、オニキスはクラウを地球へと転移させたのだ。スティアが行き着くであろう世界を知っていても損はないと。好奇心旺盛なクラウが断る筈もなかった。
「タイムリミットは十八時です。それまでに、地球のありのままの姿をクラウに見せてあげてください」
光に包まれる中で、オパールの声が聞こえる。ただのワープとは違い、意識が飛びそうになった。ぎりぎりの所で足が地に着く。
辺りを見回してみれば、ここは私の実家だ。真冬の雪が積もった玄関先に、金髪のその人の姿はあった。
「ミユを……俺にください!」
近所にも響き渡りそうな声量で、クラウは叫ぶ。その前に佇む父と母はぽかんと口を開け、絶句していた。
知らないふりなんて出来はしない。いつの間にか制服姿へと変わっていた私は、弾かれたようにクラウに向かって突き進んでいた。彼の腕を引っ掴み、靴を脱ぎ捨て、廊下を駆ける。階段を上り、二人で自室に飛び込んだ所で学生バッグを放り投げた。ドアを思い切り閉め、部屋の中央に二人で座り込む。
「クラウの馬鹿〜! 何でこんなことしたの〜!」
「俺は真剣だよ! 馬鹿なことはして――」
「したの!」
「してない!」
真面目なクラウの表情に腹が立つ。初対面の義両親に結婚の申し込みだなんて。どうかしている。
ドアの向こうからは足音が近付いてきた。ドアも激しく叩かれる。
「実結! どういうこと?」
「怒らないから説明しなさい」
両親のくぐもった声まで聞こえてきた。
「もう! どうしてくれるの〜!」
「どうもこうも……説明すれば良いじゃん」
勝手なことを言わないで欲しい。説明なんて、しようがないのだから。目を吊り上げるクラウに、私も頬を膨らませてみる。
「……良い? 絶対に異世界とか、スティアとか、そういうこと言わないでね。私に話を合わせて」
「分かった」
この人は本当に分かっているのだろうか。疑問に思いながらも振り返り、恐る恐る部屋のドアを開けた。両親のムスッとした顔が並ぶ。
「実結、そちらの青年は?」
「クラウ」
「どこの国の方?」
そうだ、クラウが日本人に見える筈がない。必死に思考を巡らせ、ヨーロッパの国々を思い浮かべた。
「……イギリス」
隣で小さく「いぎりす……?」と聞こえたけれど、華麗に無視をした。
「どこで出会ったの?」
「大学のオープンキャンパス。クラウは、その大学の留学生なの。日本が好きで、アニメで日本語を覚えたらしいんだけど、それだけじゃ足りなかったみたいで」
思いつきにしては良い紹介だと思う。それなのに。
「じゃあ、さっき言ったことはジョークで良いんだね?」
「うん――」
「いえ、俺は本気です。ミユと真剣にお付き合いをしています」
心の中で悲鳴を上げる。私の計画が水の泡だ。顔色は真っ青になっているだろう。両親にはただの友達で済ませようと思っていたのに。この場に妹がいないのがせめてもの救いだろうか。
話はどんどん悪い方向へと進んでいく。
「……クラウ君、と言ったか? ちょっとリビングに移動しようか」
「はい!」
「実結もおいで」
「う、うん……」
まずい。かなりまずいことになってしまった。直接、クラウから話を聞き出す算段に決まっている。
ごく一般的な二十畳程のリビングに移動し、両親と対峙しながらテーブルに着いた。私と両親はかしこまり、正座をする。当のクラウは膝を立て、私の隣で目を輝かせながら部屋の中を見回している。
「単刀直入に聞こう」
父は姿勢を正し、クラウを見据える。それに応えるかのように、彼も父の顔をじっと見詰めた。
「君は実結との結婚を考えていると?」
「はい」
「イギリスに帰国後はどうするつもりなのかな?」
「……いぎりすに帰国後?」
クラウは小さく首を傾げる。助け舟を出さずにはいられなかった。
「自分の国に帰ったらっていうことだよ」
「あっ、そっか」
私が耳元で囁くと、クラウはすぐさま父に向き直る。
「勿論、ミユを連れて帰って家族に紹介します」
もうフォローのしようがない。言い切ってみせたクラウに母が頭を抱えた。
父は眼鏡を上げ、今度は私の方に向き直る。
「実結。父さんは国際恋愛を反対する訳じゃないんだ。ただな」
父は深い溜め息を吐く。
「結婚を考えるには早過ぎないか? 実結、お前まだ高校を卒業してないんだぞ?」
もっともな意見に、むぅっと頬を膨らませる。
「私、一言も結婚するなんて――」
「クラウ君、君もそうだ。まだ学生だろう? 結婚を考えるのは卒業した後でも良いじゃないか。それまでお互いを知ってだな」
駄目だ、父の長話が始まってしまう。時計を見てみれば九時半を回っている。説教を聞くほど悠長にしてはいられない。すっと立ち上がり、クラウの手を握った。
「お父さん、ごめんね! 私たち、時間がないの! また今度ちゃんと話しよう? クラウ、行こう!」
「えっ?」
「実結、待ちなさい! 父さんは今、ここでちゃんと話をだな――」
「ホントにごめん!」
クラウの手を引っ張り無理やり立たせ、リビングから走り去った。
「クラウ、ちょっと待ってて! バッグ取ってくる!」
「う、うん」
クラウの返事も曖昧に聞き流し、階段を駆け上がる。投げ捨ててあったバッグを掴み、急いで玄関を目指す。
「実結!」
突如として現れたのは母だった。引き止められはしないかとびくびくしたけれど、その気はないようだ。何かを差し出してくる。
「これ持って行って。二人で楽しんでおいで」
「えっ?」
礼を言う間もなく慌てて受け取り、父が来る前にクラウと靴を履いた。
「行ってくる〜!」
手を振る母に応えると、その顔が曇っていったのだ。
「さよなら、実結」
影のある母の笑顔を残し、玄関のドアが閉まる。心臓がバクバクと鼓動して仕方がない。
「何で『さよなら』って……」
どうやらクラウにも聞こえていたらしい。ただただ、二人で玄関を眺めるしかなかった。




