前世との決別Ⅳ
謝らずにはいられなかった。
「今まで悲しませてばっかりでごめんね。地の魔導師を代表して謝るよ。ホントにごめんね」
しかし、アリアは懸命に首を振る。
「ミユ様が謝らないで下さい! これは使い魔に選ばれた者の使命ですから。それにしても……生きている魔導師様とお別れするのは初めてです。何だか不思議な気分ですね」
アリアは私の手を取り、泣きながら笑みを作る。
「ミユ様。異世界を選ばれたとしても、この世界を選ばれたとしても、元気でいてください」
これでは今、ここで別れるようではないか。まだ私たちには少しだけ時間が残されている。私も笑顔を作り、手を握り返す。
「アリア、まだ早いよ。これじゃあ、今すぐ私が魔導師じゃなくなるみたい。その言葉は六日後まで取っておいて」
アリアははっと手を口に当て、間を置いて苦笑いする。
「それもそうですね。気が早すぎました。申し訳ありません」
「謝らなくても良いから」
良い言葉が思いつかなかったのだろう。アリアは俯き、黙り込んでしまった。責めている訳ではないのに。
自然と手が動いていた。アリアの頭に乗せ、ゆっくりと撫でる。直後、彼女は顔を上げ頬を赤らめた。何だか可愛らしくて、「ふふっ」と笑い声を上げてしまった。それに合わせて、アリアも照れ笑いをする。
いつの間にか、花壇からは虫の姿が消えていた。もしかすると、雨が降るのかもしれない。
「花壇を見て回りましょうか。カノン様にピッタリのお花を探しましょう」
「うん」
話題を変えたかったのだろう。あえて不自然さは指摘しなかった。アリアをあまり困らせたくはなかったのだ。
カノンに供える花は元より決まっている。問題は色だ。何色にしよう。思いを寄せながらラナンキュラスの花壇に駆け寄り、そっと花弁を撫でた。指を離すと、儚げに揺れる。
「どうしよっかなぁ。どの花にしよう」
白、黄色、赤、ピンク――どの色も可愛らしく、豪華で優雅だ。
「全部の色、では駄目なのですか? カノン様は、この花壇の風景自体をお好きでしたから」
「全部かぁ」
言われてみると、確かにそうなのだ。カノンだった頃は、ラナンキュラスの花壇に埋もれたいと思う程だった。折角なら、この雰囲気を伝えられる花束にしたい。
「アリア、良いバランスで見繕ってくれる? リエルの分と、二つお願い」
「分かりました」
いつの間にか、アリアは園芸バサミを握っていた。慣れた手つきで十本ほどのラナンキュラスの花束を二つ作り上げる。ラッピングペーパーはないけれど、こちらの方が自然で良いだろう。
その時、ぽつりぽつりと雨が降り出してきた。この黒い雲では、少しも経たずに本降りになるだろう。
「ミユ様、あちらへの魔法陣を描いていただけますか? 私は行ったことがありませんので」
「うん、分かった」
そうだ、戦いの場面では、二度とも使い魔はエメラルドに取り残されていたのだ。瞼を閉じ、カノンの墓標へ行きたいと念じる。間を置かずに杖は現れ、石畳の上に魔法陣を印していく。
程なくして完成した魔法陣は、アリアを待っているかのように白く、淡く光を放つ。
「アリア、行こう」
「はい」
私とアリアはほぼ同時に光へと包まれた。最初で最後のお墓参りだ。しっかりと報告をしてこよう。浮遊感に抱かれながら、そっと胸に手を当てた。
辿り着いたそこは、カノンの人生で最高の、そして最悪の時を迎えた場所だった。二人は仲睦まじく、真っ白のベルフラワーに囲まれて眠っている。空は相変わらず、突き抜けるように青い。一陣の風が吹き抜け、花たちをそよそよと揺らす。
「カノン、リエル。来るのが遅くなってごめんね」
カノンの緑の墓標とリエルの青い墓標には、マーガレットの花が先に手向けられていた。もしかすると、クラウがここを訪れていたのかもしれない。
「元気にしてた? あの戦いの後から声が聞こえなくなって、ちょっと心細かったんだから」
どんなに待っても、返事はない。
「二人とも、天国で仲良くやってるのかな」
そうでなくては困る。私とクラウが怒る。そこは神が何とかしてくれているだろう。信用しきれていないくせに、神々の顔を思い浮かべた。
「ミユ様、お花を」
「うん」
アリアから花束を一つずつ受け取った。まずはカノンの墓標へ、そしてリエルの墓標へ供え、そっと手を合わせる。
「スティアからね、魔導師がいなくなるんだよ。私たちも普通の人に戻るの。変な感じでしょ」
私の話を聞きながら、カノンとリエルがうんうんと頷いてくれているように感じた。
「私たちのことは心配しないで。アレクなんて、フレアのために国を越えて会いに行くって言ってるんだよ。クラウだって、エメラルドまで迎えに来てくれるって言ってるし。……でも、私は地球とスティア、どっちにするか決められてないの」
言葉にすると、クラウに対して、とてつもなく申し訳なくなってしまう。目頭を押さえていると、アリアが私の隣に並んだ。
「カノン様、お久しぶりですね」
言いながら、カノンの墓標をそっと撫でる。
「私はお別れを言いませんよ。今はこうしてミユ様がいてくださいます。これからだって、いつか巡り合えると信じていますから」
アリアの頬に涙が伝った。私までもらい泣きしてしまいそうだ。切なさを振り切るように、声を張り上げる。
「報告はこれで終わり! もうここには来られないと思うけど、二人のことは、絶対に忘れないから。……今まで見守ってくれて、ホントにありがとうございました!」
深々と頭を下げ、固く瞼を閉じる。アリアも礼をしたであろうことを気配で感じた。
もう、ここに留まっている理由もないだろう。そのまま頭を上げることなく、エメラルドの自室をイメージする。
ワープする瞬間、突風が吹き、花弁が宙に舞った。まるで別れを惜しんでいるかのようだ。




