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【改訂版】呪いを解いた代償は、恋人の心でした~神に反旗を翻します~【第二部】  作者: 七宮叶歌
第15章 タイムリミット

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タイムリミットⅣ

 アレクは冷蔵庫らしきものを開け、白い液体の入ったボトルを取り出す。ここでふと疑問に思った。


「この世界って、電気通ってないよね? なんで冷蔵庫の中って冷えてるの?」


「あ? これはカイルの魔法だぞ? ってか、電気が通るってなんだ?」


 そう言われると困ってしまう。頭の中で整理しながら、言葉を選んでいく。


「電気が線を通って、家に運ばれるの。それで機械を動かして、物を冷やしたり、専用の板に映像を流したりしてるんだ~」


 これが電化製品の精一杯の説明だった。上手く伝わらなかったのか、アレクは首をひねる。


「良く分かんねーけど、やっぱミユの世界ってすげぇな」


 魔法がないから、文明が高度に発展していっただけだ。凄いことなのか分からず、私も首を傾げてしまった。


「……やっぱ、元の世界に帰りてぇか?」


 アレクは小さな鍋にボトルの中身を注ぎながら、こちらも見ずに問いかける。


「帰りたくないって言ったら嘘になる。けど……私もまだどっちの世界にするか決められないの」


「そーか」


 コンロに火をつけると鍋に蓋をし、アレクは虚ろにそれを眺めている。


「でもな、これだけは保証してやる。この世界を選ぶんなら、アイツはぜってぇオマエを探し出す」


「うん」


 私は地球を捨てられるのだろうか。逆に、クラウに別れを告げられるのだろうか。定まらない心に、ただ視線を落とすしかなかった。

 温めたミルクはマグカップ四つにぴったりと収まった。毎日のように料理を振る舞ってくれるアレクの感覚は流石だ。感心しながら、トレーにマグカップを並べ、会議室へと急ぐ。アレクに扉を開けてもらうと、空気が若干重く感じた。クラウとフレアも今後のことを話していたようで、胸が詰まるような雰囲気が漂っていた。アレクは口角を上げ、無邪気さを装っているようだった。


「オマエらも疲れてんだろ? これ飲んだら解散な。明日から三日間、国に帰ること。良いな?」


「うん」


 クラウは目尻に溜まる雫を拭うと、儚げに微笑んだ。しかし、フレアからの返事はない。


「フレア?」


「……あたし、部屋でホットミルクいただくね。もらっても良い?」


「あ、あぁ」


 アレクが曖昧に返事をすると、フレアはゆっくりと立ち上がる。マグカップを一つ持ち、にこっと微笑んだ。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 去り際の後ろ姿は、何かを振り切るような、逃げるような、そんな感情を孕んでいるかのようだった。扉が音を立てて閉まる。

 フレアが去った後で、クラウがぽつりと呟いた。


「俺、フレアに強いって言われちゃった」


 クラウはもじもじと頭を掻く。


「別れが迫ってるのに、なんでそんなに前向きになれるのかって。ミユがこの世界を選んでくれる保証なんて、どこにもないのにって」


 それを聞いたアレクは眉間にしわを寄せ、首の後ろに手を当てる。


「悪ぃ、オレもフレアの部屋に行ってくる。オマエらも、あんま無理すんなよ」


「うん」


 アレクが遠ざかっていく足音が聞こえる中で、私もクラウの隣に腰を下ろした。クラウは強い訳ではない。強がっているだけだ。聞ける話なら、全て聞いてあげたい。それ一心で話に耳を傾ける。


「ミユ、これは俺の我儘だって思って聞き流してくれて良い」


「何?」


「俺はミユにもスティアにいて欲しい。あんなにも手に入れたかった人が、ぱっと現れてするりと手の中からすり抜けていくなんて、もう耐えられない」

 

 クラウの声が震えている。呼吸も浅い。


「ミユが異世界に帰ってしまったとしたら、俺はもう抜け殻になると思うんだ。一生、誰とも結婚しないで、孤独に生きるんだろうなって。だから」


 クラウはぎゅっと両手で拳を作る。数秒間を置き、彼の瞳はこちらを向いた。


「ミユ、サファイアに来て欲しい。二人で一緒に暮らそう」


 青い瞳は小刻みに揺れ、私を必死に見詰めている。震えている拳に触れてしまいたかった。でも、そんなことをすれば、一緒に暮らすと約束してしまうことになる。今の私には、まだ決断出来ない。何も言えずに、ただ視線を落としてしまった。


「……ごめん、こんなことを言ったって、ミユを困らせるだけだって分かってたんだ。答えは七日後に聞かせてくれれば良いから」


 優しくて柔らかい声に、小さく頷いた。今すぐ、貴方を選ぶと言ってあげられなくて、こちらこそごめんなさい。心の中で呟き、マグカップの取っ手に手をかける。じんわりと温かいそれに、ますます胸を抉られる思いだった。

 ミルクを飲んでいると、瞼がとろんと落ちてくる。マグカップをテーブルに置き、一度大きなあくびをした。すると、クラウも大きく口を開けた。


「あくびって、移るって言うじゃん」


「言うね~」


「俺も寝たくなってきちゃった。眠れるか分かんないけど」


「うん~」


 眠気のせいか、語尾も間延びしてしまう。


「そろそろ部屋に戻ろっか。王様にも、神様にも会ったし、もう限界……」


 クラウの瞼も半開きになっている。今にも眠ってしまいそうだ。マグカップを置きっぱなしで、二人でよろりと立ち上がる。それでも手を取り合い、廊下に出れば、ひんやりとした空気が肌を撫でる。


「明日は、アリアと……」


 何をしよう。考えてみたけれど、眠気で麻痺した脳が働いてくれる筈もなかった。首を振り、唸り声を上げる。


「明日のことは、明日考えよう~」


 隣でクラウがくすくすと笑う。


「ミユ、可愛い」


 丁度、私の部屋とクラウの部屋への分かれ道で、彼の足が止まった。


「クラウ?」


 首を傾げると、クラウの顔が急接近してくる。額に柔らかなものが触れ、呼吸を忘れてしまった。僅かな温もりが愛おしい。涙が零れそうになってしまうくらいに。このキスがなければ、私の選択は変わっていたのだろうか。決断を下す前の私は、まだ知らない。

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