存在意義Ⅳ
オニキスはそっと瞼を閉じる。
「お前らが影と戦った場所……真っ白な花畑があるだろ? あそこの花たちは滅んだ人類の生まれ変わりなんだ。今も尚、次元の狭間で咲き誇ってる」
あの風景が頭をよぎる。風に揺れる白いベルフラワーたち――花畑がそんなにも神聖な場所だったなんて。そんな場所で戦ってしまったなんて。膝がガクガクと震え出す。
「じゃあ、あの戦いで散っちゃった花の命はどうなったの? 私たち、あんなに沢山の花たちを……!」
「大丈夫だ」
オニキスはニコリと笑い、私の左肩に手を乗せる。
「散っていった花たちは、一日もしないうちに再生するからな」
「良かった……」
安心してしまい、身体の力が抜けてしまった。くずおれそうになった私をクラウが受け止めてくれた。アレクとフレアの方を見てみると、彼らも抱き合い、涙を浮かべているようだった。
そこへオニキスは小さく咳ばらいをする。
「ダイヤもそうだ。元々、どこかの国の王の居城の一部だった。それを神が異次元に移したんだ。確かにそこに人々の生活があったんだという証拠に」
馴染みきってしまったダイヤを思い出す。言われてみると確かに、豪邸と留めるには大きすぎる建物だ。
神々はどんな心境でダイヤを残したのだろう。心を知った後なのだとしたら、胸が痛んだに違いない。花畑やダイヤは、神々の罪悪感の象徴だったのだ。
俯く私の頭をクラウが優しく撫でてくれる。
「それともう一つ。これはあいつら神のエゴだけど……」
オニキスは「ふぅ……」と息を吐き出す。
「どうして、お前らには百年前からの記憶しかないと思う? まあ、見当はつくだろうけど」
言われて初めて気がついた。私にはカノンの記憶しか残っていない。神の話からすると、カノンとして生まれる以前の私も魔導師だった筈なのに。それだけではない。クラウやアレク、フレアからも百年以上前の話は聞いたことがない。
訝りながらクラウの顔を見上げると、彼はまっすぐにオニキスへ視線を向けていた。
「……呪い」
「えっ?」
首を傾げてみせても、クラウは私を見ることはない。
「俺たちに、カノンがかけられた呪いを解かせるため、影を倒させるため、でしょ? 他にないよ」
その言葉に、オニキスは満足げに微笑む。
「流石、サファイアの分身だな。勘が鋭い」
言うと、オニキスは踵を返して私たちに背を向けた。視線を上げる仕草を見せ、小さく吐息を吐く。
「そうだ。己の敵を見極め、使命を全うするため。百年前、あの惨劇が起きるまでは魔導師の前世なんて記憶させたことはなかった。そのせいで、お前らには辛い思いをさせたな。済まない……」
最後の方は声が震え、萎んでいってしまった。
「なんでオニキスが謝るの? そんな必要なんてないよ。私が謝って欲しいのはスティアの神様たち。だって、事件が起きた時、オニキスは地球にいたんでしょ?」
「けど、俺はあいつらの元仲間だぞ? 責められるのも当然だ」
オニキスは拳を作り、俯く。その心中を思うと、胸が苦しくなってしまう。
「『元』仲間でしょ? 今はスティアの神様とは関係ないんだよね? なら、謝る必要だってないよ。オニキスはちゃんと、自分の役割を全うして……地球を見守ってくれてた筈だから」
オニキスがゆっくりと振り返る。その横顔は悲しそうに微笑んでいた。
「エメラルドに似て、ミユは優しいな。ありがとう」
その笑顔に胸が苦しくなる。アリアにも言われたな、と振り返りながら、私は優しくなんてないのにとも思う。それ以上、オニキスの顔を見ることが出来なくなってしまい、しばらくの間目を伏せていた。途中、アレクとフレアの小声が聞こえてきたけれど、何を話しているのかまでは分からなかった。
そして、この静けさを破ったのはオニキスだった。
「もう、俺から話すことはない。何か質問でもあるか?」
その問いに、アレクは勢い良く首を横に振る。
「いや、オレからはねーな。オマエらはあるか?」
フレアが「ううん」とゆるく首を揺らすので、私とクラウもそれに続いた。
「じゃあ、お前らはクリスタルに戻れ。各国の王と話もしなきゃいけねぇだろ? また七日後に、な」
オニキスの声が途切れると、浮遊感に襲われる。神々と話したことを、きちんと王に伝えられるだろうか。それに、私はたった七日間で、この世界と地球のどちらかを選べるのだろうか。
「後悔しないようにしろよ」
不安に揺れていると、微かにオニキスの声が頭に響いた。
足が地に着くと、風景ががらりと変わった。絵画の飾られた白い壁、白い絨毯、開放感のある窓、アンティーク調のテーブルと椅子――ここは間違いなくクリスタルの中だ。
王たちの混乱は落ち着いたのだろう。緊張した様子も見せず、平然と席に着いていた。そこへ現れた私たちに、王たちの視線が集中する。
「遅かったな。君たちが消えてから、丸一日たってしまったよ」
「えっ!?」
私たちの感覚では、数時間しか経っていないのに。驚いて声も出ない私たちに、苛立ちを覚えたのだろうか。レンがこちらの様子を窺いながらも、話を急かす。
「それより、どうだった?」
「神たちを説得してきた。オレらは七日後に魔力を失う。勿論、神に人類を滅ぼさせたりはしねぇ。その代わり、分かってるよな?」
アレクの物言いは脅しに近い。声だって、いつもより低い。それでも王たちの顔には笑みが広がった。
「ああ、分かっている。もう、心の闇を世界の中心に追いやるなんてことはしない。約束しよう」
レンはアレクに向かって手を差し出したけれど、アレクはその手を取ろうとはしなかった。興味がなさそうに、腕を組んで視線を外す。レンもバツが悪そうに、苦笑いしながら片手で頭を掻く。
『王族の愚かな行為』と『人類の滅亡』を同時に避けることは出来た。今日という日が人類の大きな一歩となるだろう。この平和はいつまで続くのだろう。希望と小さな懐疑心が、私の心を揺らす。
マグがにこりと笑い、切り出した。
「それにしても、よく決断してくれたね。命を落とすんでしょ? 私には耐えられないなぁ」
「勘違いすんな」
アレクの凛とした声に、マグの目が丸くなる。
「オレらは『神の瞳』を持ったまま生き続ける。『世界中で争いが起きて収拾がつかなくなった時は覚悟しておけ』……神からの伝言だ。未来永劫、伝えるんだな」
アレクはこちらを向き、私たちの顔色を窺う。
「話は終わりだ。オマエら、一回ダイヤに帰るぞ」
「……待ってくれ!」
慌てた様子のオズは私たちを止めると、感心したように微笑んだ。
「『デュ』の名の意味を思い出したのだな」
正確には思い出したのではなく、教えてもらっただけだ。誰も何も答えようとはせず、唯一フレアが小さく頷いた。
「今一度、礼を言っておくよ。よく、私たち人間の言葉を聞き入れてくれたな。ありがとう」
「……行くぞ」
私たちだって人間なのに。貴方たちと何も変わらないのに。言いたいのに、言う隙を与えてくれない。違和感を覚えながら、眉をひそめてしまった。
アレクはグレアムの言葉を聞き入れると、すぐにワープの体勢へと入ってしまった。置いて行かれないように、私も瞼を閉じる。――王たちを気にかける余裕もなく。
王たちとの終わり方がこうだと、心に靄が残ってしまう。もう王たちと会うこともないだろう。「きちんと話せなくてごめんなさい」と、光に包まれながら一言だけ呟いた。




