存在意義Ⅰ
「俺ら神には欠けてる物があった」
話は唐突に始まった。オニキスは言葉を選びながら、私たちの様子をうかがう。
「何だと思う?」
そんなことを急に聞かれても分かる筈がない。クラウやアレク、フレアと顔を見合わせてみたけれど、皆も分からずに首を横に振るばかりだ。
オニキスは私たちを見て、微かな吐息を漏らす。
「心だ。人間を創ってみたものの、人間の感情――喜怒哀楽、全てが分からなかった。笑い、喜び、涙する――その姿に、何故か惹かれた。憧れたんだ」
オニキスは人差し指を立て、目を細めて私たちを見る。
「そこで、人間として、俺らの分身を創るって案が出たんだ。神全員がその案に乗った。反対する奴はいなかった」
言葉の重みを噛み締めるように、誰もが言葉を失う。オニキスの凛とした声だけが、この空間を占拠していた。
「魔導師として覚醒した時、瞳の色が変化しただろ? それが神と分身の精神が繋がったサインなんだ。分身が見る景色と精神を通して、人間の心を探った」
そこまで話し、オニキスは一呼吸置いて目を閉じた。数秒後、すうっと空気を吸い込むと、ゆっくりと瞼を開ける。
「そして分かったんだ。人間は善意だけを持ってるんじゃない。悪意も併せ持っている、と。どす黒い感情が己を満たす瞬間、背筋が凍りついたよ」
「ソレはオレらにとって脅威だった。喧嘩はするし、人口が増えるにつれて、権力を巡って戦争まで始めやがった。まあ、ざっと五千万年も昔の話だ。地球に換算したら……そーだな、恐竜の時代を終える頃まで遡るな」
オニキスに続き、平然とトパーズが話を繋げる。恐竜の時代なんて、とてつもない歳月だ。地球の人類史と比べると、何十倍にもなるだろう。
「そこで俺らは何をしたと思う?」
再びオニキスに問いかけられた。
――おまえたちにスティアを壊させはしない――
レンが言っていたことが頭を過ぎる。もし、これが当たっているとしたら、王たちが言っていたことにも納得出来てしまう。
「スティアの崩壊」
クラウが小さくはあるものの、はっきりとした口調で私の気持ちを代弁してくれた。少しだけ、神の表情が曇ったように見える。それに構わず、オニキスは更に話を続けていく。
「うーむ、ちょっと違うな。スティアの崩壊じゃなくて、人類の滅亡だ」
魔導師全員が息を飲む。こんなの、影やルイスとやっていることは同じだ。罪のない人たちまで消してしまうなんて。想像するだけで恐ろしい。
アレクが両手をテーブルに突き、身を乗り出した。それをフレアがなだめている。
「それで、どうしたの?」
クラウの声色はいつもと同じだ。しかし、目つきが鋭い。彼も平常心を保つので精一杯なのだろう。それに答えるようにして、サファイアは目元を緩めた。
「再び人間を創りだして、分身に魔力を授けたんだ。人間が二度と同じ過ちを犯さないように。これが魔導師の誕生だよ。魔導石もこの時生まれた。俺たちの魔力の結晶」
「んで、各国の王となる者にも魔力を与えた。魔導師を守る者としてな。王全員、雫の形をしたピアスをつけてただろ?」
トパーズが続けて説明を加える。王の耳元まで気にしていなかったから、ピアスにも気づけなかった。
要するに、私たち魔導師は人間を知り、監視するために創られたのだ。また同じ過ちを繰り返した時に、人間を消し去れるように。こんなことをするために生まれてきたなんて。何も考えたくない。心に虚無が広がっていくかのようだ。
そんな私をよそに、オニキスは更なる事実を淡々と口にする。
「でもな、それも駄目だった。王が魔導師を手にかけたんだ。魔法を使えるのは自分だけで良いと。そして、悲観と絶望に暮れた俺らは、また人類を滅ぼした」
オニキスは苦虫を噛み潰したような表情になり、片手を頭に乗せた。髪を握りながら、伏し目がちになる。
「けど、そんなの間違ってるだろ? 俺らの身勝手で、何の罪のない人間も巻き込むなんて。人間だって、自由に生きる権利がある。現状に飽き飽きして、スティアの神を辞めた。オパールと共に、新天地を求めて。本来の姿で人間が笑い、泣き、苦しむ、そんな世界を夢見た。争いで人間が滅ぶなら、いたしかたないと覚悟も決めて。それで出来上がったのが地球だ」
オニキスは一通り喋り終わると、他の四人の方を向く。
「俺が話せるのはここまでだ。その後のことはこいつらに聞いてくれ」
一瞬、沈黙がやってきた。それも束の間、トパーズが大きな溜め息を吐く。
「また人類を再生した直後、王に釘を刺した。『オレらの分身――魔導師に何かしたら、人間に容赦しないと思え。良いか? 末代まで伝えろ』ってな」
だから、レンやオズはあんな言い方をしたのだ。自分たちは魔導師がどんな存在なのか知っているのに、当の本人は何も覚えていなかったのだから。
「でも、それも無駄に終わっちゃった。王がスティアと魔導師を守ろうとした結果が、あの忌まわしい影を生んじゃったから」
怒りとも、悔しみとも取れる表情で、ガーネットは私たちから目を逸らす。影が現れたのは、神の想定外だったのだ。
「あたしたちへの罰だったのかもね。何回も人間を滅ぼしたことへの」
神はこれからスティアをどうするつもりなのだろう。一人で考えを巡らせていると、隣から「まさか……」と震える小さな声が聞こえた。
「まさか、またスティアの人たちを滅ぼすつもりじゃないよね」
「えっ!?」
驚いてクラウの方を向いてみれば、相変わらず力強い視線で神を睨みつけている。そんなことが許される訳がない。クラウやアレク、フレアは肉親や友人だってスティアに住んでいるのだ。神の返答次第では、反旗を翻す覚悟を持たなくてはいけない。私たちは人間なのだ。人間の側について何が悪いのだろう。




