神への告発Ⅰ
青に囲まれた部屋で目を開ける。唯一違うのは私のベッドの色だけだ。死の淵から目覚めたあの日、ベッドだけをクラウの部屋へと移動させ、今に至る。
感情が動かない筈もなく、クラウはこの二日間で小さな痛みに何度か襲われた。その度に不安と心配で胸が張り裂けそうだったけれど、彼は『大丈夫』と囁いてくれた。
今日、神と会うことになるのだろう。それで何かが変われば良いな、と淡い期待を持ってしまう。散々、私たちの希望を壊してきた人物なのに。
布団に包まりながら、ほっと小さな息を吐き出した。隣の青い布団も僅かに動く。
「ミユ、おはよう」
「おはよう」
挨拶をすると、クラウはにこっと微笑んでくれた。その状態で、こちらに左手を伸ばす。
「手、握らせて?」
「うん」
こんな些細な事が素直に嬉しい。自分の右手を差し出すと、しっかりと握り締めてくれた。幸福な時間が長くは続かないと言っているかのように。
「そろそろ起きなきゃね。アレクとフレアも待ってるだろうし」
「そうだね」
ベッドから起きるために離した手が、まだ温もりを求めているようで名残惜しい。寂しいという気持ちが前面に出てきた。どうやら、表情にも表れてしまったらしい。
「神様だって、対策くらい考えてくれてるよ。きっと何とかなる」
「……うん」
そうであって欲しい。唇を噛み締めると、クラウに苦笑いをされてしまった。
一度、着替えのために自室に戻り、ナイトドレスを脱ぎ捨てる。クローゼットの中から今日の一着を適当に選び、袖を通す。それにしても、何故、私たちは毎日白い服を着ているのだろう。小さな疑問を抱きながら、三人が待っているであろう会議室へと向かった。
扉を開けると、煌びやかな部屋の中が露となる。蝋燭はついていないけれど、豪華なシャンデリア、白で統一された家具、その奥には白をまとった三人の姿があった。髪の色だけがこの空間で浮いている。
「おはよう」
「よ!」
アレクとフレアとも何気ない挨拶をし、窓辺に佇む三人へと駆け寄った。アレクは窓の外へと目を遣り、表情を曇らせる。
「にしても、初雪か。悪いことが起きる前兆じゃなきゃ良いんだけどな」
この場所――ダイヤで雨や雪が降るのは珍しい。魔導師として数か月しか過ごしていない私は、二度目か三度目の悪天候だろう。
クラウも窓の外を見ながらも、肩をすくめる。
「心配してても始まらないよ。もう行っちゃおう」
「そーだな。良いか? 行くのは水の塔だからな?」
「分かってるよ」
いよいよだ。待っているのは希望か絶望か。神のみぞ知るところに飛び込むのだ。
「オマエらもすぐ来いよ」
気持ちを整理する間もなく、アレクは光を放ちながらワープしてしまった。それにクラウも続く。
残された私とフレアは、互いの顔を見合わせた。
「ミユ、前向きに考えよう。心の闇だって、きっとなんとかなる。そんなの、誰だって持ってる感情でしょ?」
「うん。あと、気になった事があるの」
「何?」
「私たちは、なんでいっつも白い服ばっかり着せられてるの?」
唐突な質問に、フレアは目を丸くした。
「魔導師はみんな白い服を着るものだと思ってたから、気にしたことなかったけど……なんでだろう」
どうやら、魔導師の衣装についてはこの世界の人たちも詳しく知らないらしい。
「神様に聞いてみようかな」
それが一番手っ取り早いだろう。一人で納得しながら、うんうんと頷いてみる。
「二人を待たせてるから、行こっか」
「うん」
フレアも魔法を発動したのを確認し、瞼を閉じた。そうして辿り着いたのは、水の塔の中だった。いつもは沈黙している筈のモザイクの魔方陣は、白く淡い光を放っている。
“魔法陣をくぐれ”
突如として男性の声が天から響き渡る。まさしく神のお出ましだ。
「少し休ませてくれても――」
“我らにそのような時間はない”
なんて身勝手なのだろう。やはり、水の神は好きにはなれない。ううん、はっきりと言って嫌いだ。
「……行くしかない」
クラウの声で四人が向き合うと同時に頷き合う。誰からともなく駆け出し、魔法陣へ突入した。
降り立つと同時に、甘い香りが鼻をくすぐる。瞼を開けてみれば、そこは以前にも来たことのあるネモフィラ畑だった。
「教えて欲しいことがある」
クラウの声ではっと我に返った。青の瞳はしっかりと前方を捉えている。その目つきは凛々しい。
私もその視線を追うと、クラウと同じ青の瞳とぶつかり合った。このころんとした青色の巨大な身体、水色のくちばし、黄色の爪─――まぎれもなく水の神様だ。
「はっ!? この鳥が神なのか!?」
「嘘でしょ!?」
「二人とも、落ち着いて! 問題はそこじゃない」
そうだ、アレクとフレアは神様に会うのは初めてだったのだ。この反応は無理もない。
驚く二人を置いて、クラウと神様の話は進んでいく。
「何故、お前が生きている?」
「そんな言い方――」
「良いんだ」
神様に食いつく私をクラウが制する。私の前に左腕を伸ばして。
「これを見たら分かるんじゃない?」
かざしていた左手を首元へ持っていくと、クラウはぐいっと服を胸元までまくった。
「それは……!」
「人の心の闇、でしょ?」
「誰にやられた!」
「オパール」
一気に神の目つきが険しくなった。翼までばたつかせている。