正体Ⅱ
となれば、地の神はエメラルドで、水の神はサファイアという名なのだろうか。
「トパーズとガーネットが固いのではない。お前が無責任なのだ」
「そう言うな、サファイア。俺なりに考えてのことだ。と、そう言えば」
「何だ?」
「ミユが闇に当てられたってどういう意味だ?」
今度はここぞとばかりにオニキスが水の神を睨みつけた。しかし、それで怖気づく神ではない。
「そのままの意味だが?」
「嘘を吐くなと言ってるんだ。なあ、エメラルド」
「我は……魔導師に問われた問いに答えただけだ」
バツが悪そうに、地の神は首を横に振り、いつもよりも小さな声で答えた。
「魔導師たちに伝えてやってくれ、エメラルド。ミユが倒れた原因は俺じゃない、自分だと」
遂に地の神はぽろぽろと涙を零し始めたのだ。それは静かに落下し、何も濡らさずに消えていく。
「ここまで来ては、我はもう隠し通せぬ。来世は魔導師たちも記憶を失ってるだろうから、来世の心配はいらぬ」
「エメラルド!」
「本当のことはミユが知っている。他の三人が気づいてないだけだ。クラウの闇を払う方法は、寿命を多少縮めると言っただろう? その反動で倒れただけだ。オニキスは関係ない」
「えっ……!?」
神に向いていた視線が私に集中する。驚愕とも、怒りとも取れる目つきで。
私はずっと黙ったままでいるつもりだった。知られたくはなかった。だって、知られてしまえば、みんなは私を止めようとするだろう。そうなれば、クラウの影化を止められない。一生嘘を吐き続けようと思っていたのに。何を言われるか分からない恐怖に、ドレスを握り締める。どうか、そんな目を向けないで欲しい。
「ミユ! オマエなんで言わな――」
「アレクは黙ってて!」
握り拳を使って捲し立てるアレクをクラウが制す。そのままクラウは私に抱きついてきた。
「ミユ、どうしてそんなこと……」
「私、クラウを助けるために必死だった。クラウが影になるくらいなら、私が寿命を縮めた方がずっとマシだって。だって、そうしなかったら、悪夢が正夢になっちゃうかもしれなかったんだもん」
「俺はそんなことなんてして欲しくなかった。寿命を縮めるなんて……」
「でも、他に選択肢なんてなかったの。私が寿命を縮めればクラウが助かるなら。私だって、ホントは寿命を縮めたりなんてしたくなかった……!」
一筋の涙が頬を流れる。それは嗚咽となり、この空間を振動させる。クラウは私の頭を撫でながら、「ごめんね」と囁くばかりだ。
一方で、アレクとフレアの方から「チッ!」と舌打ちする音と、すすり泣く声が聞こえてきた。
「もうミユに何か悪知恵を吹き込んだ、なんてことはねぇだろーな」
「ああ、これだけだ」
神たちの間に溜め息と沈黙が流れる。それを破ったのもまた、オニキスだった。
「それよりお前ら、口調を戻せよ。さっきも言っただろ? 隠し通すのはお前らのエゴだ」
しかし、トパーズとガーネットは身じろぎすらしない。
「我らは否定した筈だが?」
きっぱりと言い切り、目を細めてオニキスを牽制する。それもエメラルドとサファイアには届かなかったのだろう。
「……エゴか。そうかもしれないな」
「サファイア!?」
トパーズとガーネットの悲鳴にも似た叫びが耳につく。
「エメラルドはどう思う?」
「我は……隠し通すべきではないと思う」
「だよな。だったら、もう吐いちまえよ」
オニキスは勝ち誇ったように口角を上げ、エメラルドとサファイアに視線を送った。胸騒ぎがする。何が語られるというのだろう。
その隣で、トパーズが羽根をばたつかせ始めた。
「待て待て待て……! オマエら、正気か!?」
「トパーズ! 素が出ているぞ!」
ガーネットとのやり取りに耳を疑う。トパーズの口調が、まるでアレクその人のものだったからだ。アレクの方を見てみると、あんぐりと口を開いている。
「まさか、トパーズから糸口が見えるとはな」
「それでも、我は隠し通すぞ!」
「隠し通せてねぇだろ」
オニキスは、もはや憐みの目をトパーズに送っている。トパーズがぐっと押し黙ると、ガーネットがその翼でトパーズの背中を撫でた。何故か、その姿がアレクやフレアと重なる。
「私たちは、意地悪でミユに『寿命を縮めろ』って言ったんじゃないの。私が本来の姿で、毎日クラウの所に行けてたら良かったんだけど、そんなこと出来る訳ないから」
「俺がエメラルドを止めたんだよ。魔導師たちに、俺たちの本来の姿を見せるべきじゃない。毎日人間界に降り立つなんて、それこそ危険過ぎるし」
「自分を守りたかっただけだろ? それがお前らのエゴだったんだ」
オニキスはエメラルドとサファイアの弁明を一刀両断する。少し待って欲しい。トパーズだけではない。エメラルドは私の口調に似ているし、サファイアの口調もクラウそっくりだ。
「あたしも白状しておくね。ごめんなさい」
遂に、ガーネットまでもがフレアとの繋がりを見せる。何が起きているのか理解出来ない。理解したくない。私たち四人が何も言えずにいると、オニキスはゆっくりと私たちの方へと向き直った。
「お前ら、本当のことを知りたくないか? 己の存在意義を」
知りたくない筈がない。でも、怖くて聞けない。自分たちがとんでもない存在なような気がしてしまう。
それでもクラウは小さく口を開く。
「今でも信じられないし、信じたくもない。だって、似てるのは口調だけで、姿はまるで違うしさ。でも、信じざるを得ないのかもしれない。『デュ』の名の意味、それは……」
一呼吸置き、クラウは神たちを見据える。
「『神』だ」
クラウの言葉に、神たちは目を伏せる。かくいう私の頭の中は大混乱してしまった。私たちが神だとでも言うのだろうか。目の前に、こんなにも大きな本物の神がいるというのに。
そういえば、レンが言っていた。『紛い物にはもう用はない』と。それは私たちを指していたのだろうか。神の紛い物──そんな存在が本当にいるのだろうか。
「……オレらが神な訳ねーだろ! こんなに姿が違ぇのに、信じられるか!」
アレクは己の困惑している心をさらけ出す。フレアも何も言わないけれど、揺れる目がその内心を物語っている。ただ、クラウだけはなお、強い眼差しで神を見詰める。
オニキスは再び神を見上げ、得意げな笑顔を作った。
「アレクの言い分はもっともだ。話し辛いし、お前ら、元の姿に戻ったらどうだ? 見上げすぎて、首も痛くなってきたしな」
首を捻り、肩を回すオニキスの態度に、神からどよめきが起きた。
「何を言うんだ!? オニキス!」
「ここで元の姿に戻ったら、肯定してるのと同じだよ!」
「でもなぁ、ガーネット。そう言ってる時点で肯定したようなもんだぞ?」
ガーネットは「えっ!?」と声を上げ、深々と俯く。余程ショックだったのだろう。隣にいるトパーズが慰めようと翼でガーネットの身体を撫でる。
「もう、隠し通せないよ。でしょ? 皆」
エメラルドの言葉が決定打となったようだ。覚悟したのか、神たちは互いに頷くと、瞼を閉じて赤、青、黄、緑、それぞれの色の光を発し始める。その光の奥に立つ神々が、人の姿へと変わっていく。背格好が私たちにどこか似ている気がして、鳥肌が立った。場の空気も変わる。温かく、柔らかな――まるで両親の胸の中にいるような感覚だ。圧倒されつつも、懐かしい感情に自分で驚いてしまった。




