夜会Ⅲ
とりあえず、いつの間にか運ばれていた目の前のビーフステーキを一口大に切り取り、頬張った。
私に構わず、レンは今度はクラウやアレク、フレアに質問を投げかける。
「おれたちが魔法を放棄したら、この世界はどうなると思う?」
クラウとアレクとフレアはお互いに顔を見合わせ、眉をひそめた。アレクが魔導師全員の気持ちを代弁してみせる。
「戦争が絶えなくなるんだろ?」
「そうだ」
レンは満足そうに、にやりと口角を上げる。その光景を尻目に、もう一口ステーキを切り分けて口へと運んだ。
「では、その狂気の矛先は誰に向くと思う?」
この問いはクラウとアレクとフレアだけではなく、私にも向けられている。
私は口の中がステーキでいっぱいで、喋ることが出来ない。王、王――と瞳に思いを託してアレクに目配せをする。その考えはクラウとフレアも同じだったらしい。クラウの「王様」という囁きが聞こえた。フレアもアレクを見詰め、時々王の方へと視線を向ける。
私たちの目線を受け、アレクはすうっと息を吸い込んで、沈黙に終わりを告げる。
「んなの、オマエら王だろ。一番の権力者だからな」
アレクが睨みを利かせると、レンは「ふん……」と小さく笑う。まるで、この答えが間違っているかのように。オズの瞳が一瞬だけ揺らいだ。
「権力者なら、他にもいるだろ?」
鋭い目で私たちを見る。
訳が分からない、と首を傾げてみせると、レンは肩を竦めて首を横に振った。
「きみたち魔導師だ」
まっすぐに、それでいて鋭く私たちを指差す。
「おれたち王と魔導師の権力は等しい。人々の心の闇を取り除くのはおれたちの保身のためでもあるが、きみたちの身を守るためでもある」
「ふぅ……」と息を吐き出すと、手を元の位置へと戻す。
「何故、きみたちに幽閉を強いていると思う? そんなことは起きないと信じたいが、一般人が君たちを殺そうとでもするかもしれないからな」
そうは言っても、人々の心の闇を取り除いているのならば私たちに危害を加えられる者はいない筈だ。再び首を傾げてみせると、今度はオズが口を開いた。
「私たちにも力の限界がある。魔力の強い魔導師ならば、それだけで人々の心を引きつけてしまう。だから外出は控えてもらっているのだよ」
だから、私がこの世界で初めてワープした時に、偶然出会った衛兵に襲われそうになったのだ。一つ疑問が解決された。
王たちは頷き合い、その意思をレンに託したらしい。レンは視線を浴びながら、まっすぐに声を張る。
「クラウを助けるために、きみたちが言う愚かな行為……人々の心の闇を封じることを止めるには、一つ条件がある。それは……」
レンは瞼を閉じて深呼吸をする。次の瞬間、強い眼差しが戻ってきた。
「きみたちに魔導師を辞めてもらう」
部屋の空気が一瞬にして凍りつく。フレアがフォークを落とし、床に転がった音でさえほとんど気づかない程だ。
一番最初に我に返ったのはクラウだった。テーブルに両手を突き、身を乗り出す。
「何言ってるか分かってる? 俺たちに『死ね』って言ってるのと同じなんだよ!?」
魔導師ではなくなること、それは命を落とすことだとフレアから教わったばかりだ。王たちだって分かっている筈だ。それなのに、何故――。
言い返されたレンは真剣な瞳でクラウを見る。
「ああ、分かっている。残酷な頼みごとだというのも」
「じゃあ、何で……!」
歯を食いしばり、クラウは必死に叫ぶ。一方で、レンたち王は冷静さを装っている。
「きみたちの存在が、おれたち王の力を上回ってしまうからだ。これでは、きみたちを守るどころではなくなってしまう」
「将来、私たち王の立場になった者が、君たちを殺そうとするかもしれない。それでも、君たちは私たちを許せるのか?」
「だからって……!」
レンとオズが立て続けに理由を述べるものの、それで納得出来る私たちではない。そんな理由で、魔導師を消し去って良いという理屈にはならない。自分の身は自分で守る。護身の魔法くらい心得ているつもりだ。
「頑固な人は嫌われるよ? 少しくらい柔軟になろうよ」
「これを受け入れることのどこが『柔軟』なの?」
マグの理不尽な押しつけに、フレアがとうとう怒りをぶつけた。ううん、怒りだけではない。潤む瞳には悲しみをも内包しているかのようだ。声も、唇も震えていた。
「貴方たちだけの問題じゃないんだよ? 世界のことも考えてみようよ」
「世界のことなんか考えられるか! 今は自分のことだけで精一杯だ」
マグの意地悪な提案に、アレクでさえも頭を抱え、唇を噛み締める。
何も言わず、毅然とした態度を取るリラにも段々と腹が立ってきた。この状況に満足しているのか、逆に葛藤を抱いているのかすら分からない。
「リラはどう思ってるの?」
たまらずに声を上げていた。リラはフォークとナイフをきつく握り直す。
「あたくしは……」
その瞳は揺れている。異変を察知したのか、オズはフォークとナイフを置き、瞬きをした。
「これ以上話し合っても、平行線を辿るだけだろう。デザートの代わりにダンスで気分転換でもしないか?」
オズの口元は笑っているけれど、目には有無を言わせぬ迫力がある。一番喧嘩を売りそうなアレクでさえ黙り込んでしまう程に。
王たちは続々と席を立ち、テーブルの奥の広々とした空間へと移動する。アレクも「チッ……」と舌打ちをして腰を上げた。
フレアがアレクに「これで良いの?」と話しかけたけれど、アレクはだんまりを決め込んでしまう。私も不安になり、クラウの温もりを求めた。手を差し出すと、優しく握り締めてくれる。
仕方なく、私たち四人も王の元へと向かった。これから繰り広げられるダンスは、私たちの『命』そのものを賭けた戦いになるだろう。唇を噛み、床を蹴る。




