夜会Ⅰ
自室へと戻り、深呼吸を何度も繰り返す。アリアはどこから取り出したのか、コルセットを手にして向かってきた。
「それ、また着けなきゃ駄目なの?」
「当たり前ですよ。淑女の嗜みです」
諦めは既についていた。ついていた筈なのに、反抗したくなってくる。
「やだ。着たくない」
頬を膨らませ、首を横に振った。
「なに駄々っ子みたいなことを言っているんですか。着けなくては夜会には行けませんよ?」
「嫌なものは嫌なの~!」
咄嗟に逃げ道を計算し、シャワールームへと向かった。こんなもの、ただの一時凌ぎだ。分かっているのに、ドアを閉めて鍵をかける――筈だった。ノブの下へ手を持って行った時に、ようやく気がついた。シャワールームには鍵がついていない。アリアは呆れ顔でドアを引くと、私に憐みの目を向けた。
「諦めてくださいね」
「いやー!」
私の叫びはアリアにしか届くことはなく、虚しく反響する。しゃがみ込んでも魔法で服を脱がされ、横からしっかりとコルセットをはめられた。
「締めますよ」
その言葉の数秒後、腹部が強烈な圧迫感に襲われる。駄目だ、内臓がはちきれそうだ。腹部に手を当ててみても、慰めにすらならない。
フレアもこんな目に遭っているのだろうか。ううん、彼女は既に慣れてしまっているのだろうか。涙を滲ませながら、何の罪もないアリアを睨むことしか出来なかった。
コルセットのリボンを結ぶと、満足げなアリアに手を引かれて居室へと戻ってきた。今日の衣装は、謁見の時に着たものとは刺繍の模様が違う。小花がまんべんなく散らされた、贅沢なドレスだ。マントの縁にも草模様の刺繍が惜しげもなく施されている。
「ホントに私がそんなに豪華なものを着ちゃって良いのかなぁ」
「良いに決まっています。それに、この洋服はエメラルドの民のためでもあるんですよ」
「えっ?」
よく意味が分からず、首を傾げてしまった。
「手仕事が継承されて、民の収入になります。どんどん着ちゃってください」
謙遜していたつもりが、気づかずに期待を裏切ってしまっていたらしい。そういうことなら、袖を通してしまおう。ちょっとした誇りと自尊心が芽生えた。それと同時に、私もこんな素敵な刺繍が出来たらな、と感慨深くなってしまう。
「この服を縫った人たち、凄いなぁ」
「でしょう? みなさん、ミユ様の力なくしては生きていけないんですよ。ですから、自信を持って下さい」
「うん」
私に出来ることを、一つずつやっていこう。そのための夜会だ。アリアの手を借りてドレスを着こみながら、頑張れ、私、と自分を奮起させた。
髪もまとめ上げ、白い小花を散らす。メイクもしっかりと。
会議室に戻ると、フレアだけではなく、クラウとアレクも着飾っていた。真っ白の衣服に銀の刺繍――特にフレアは元からの美貌が引き立って、女神をも連想させる。私の登場に、男性陣は頬に紅を差した。そそくさとクラウの隣に移動し、背筋をピンと伸ばす。
「女って凄ぇな。衣装が変わっただけで美人に見えちまう」
「ミユは元々美人だよ。でも、いつも以上に綺麗だよ」
この姿なら、クラウの隣にいても引けを取らない自信がある。何しろ、エメラルドの人たちから背中を押されているのだ。似合わないと言われたら、悔しくて泣いていたかもしれない。
「クラウも格好良いよ」
思ったことを何気なく呟いた。すると、クラウの頬はみるみるうちにリンゴ色へと変わっていく。
「ミユに初めて格好良いって言われた……!」
「そうだっけ?」
「うん」
いつもは格好良いよりも可愛らしいが勝っていて、口に出来ていなかったのだろうか。この『格好良い』はお世辞ではなく、素直に心の底から思って言った言葉だ。勇敢で、優しくて、それでいて繊細で――この人は姿だけではなく、心だって格好良いのだ。
クラウを誇らしく思っている横で、アレクとフレアはきょろきょろと目を動かし始めた。
「そろそろ六時になるし、クリスタルに行かなくちゃいけないんだけど……」
「使い魔はどこだ?」
言われてみれば、アリアたちの姿がない。不意に扉の軋む音が聞こえ、視線は自然とそちらを向く。四人の使い魔は、扉の隙間から半分だけ顔を覗かせ、こちらの様子をうかがっていた。
「出発されますか?」
「うん、ちょっと急がないと」
フレアの返事を聞くと、使い魔たちは会議室の入口で魔法陣を描き始める。
「良いか? 王たちの要件はあるのかもしれねぇ。でも、王たちに会ったら、絶対に『愚かな行為』を止めさせて、『デュ』の意味を聞き出すからな」
「分かってるよ」
アレクの念押しに、三人揃って頷いてみせる。
「出来ました!」
ロイの声に、心臓が飛び跳ねる。いよいよ、私の練習の成果を示す――ううん、疑問を解決させる時が来た。アレクが歩を進めるので、私たちもその後に続く。使い魔たちが頭を下げる中で、真っ白に輝く魔法陣を踏んだ。
浮遊感は一瞬で消え去り、舞台は移り変わる。瞼を開けるとそこは既に会場で、王たちと対面する形となっていた。全員男性だと思っていたら、女王が二人もいたので意外だった。二人とも凛とした威厳をたたえ、男王にも勝るとも劣らない。しかも、四十歳を超えている者はいないだろう。王たちがまとっている正装の色が国と関係しているのだろうか。その証拠に、オズは緑の服だ。
白い部屋に浮く木製の振り子時計が六時を告げる。
「招待してくれてありがとう、とでも言っておけば良いのか?」
アレクは早速、牽制に入っているようだ。腕を組み、王たちを鋭い眼光で見比べる。
「そんなに威嚇することもないだろう? おれたちは初対面じゃないか」
茶色の長い髪を持つ、赤い正装をまとった王は、金の目をアレクのそれと違わない程に細める。
「そういえば、名乗ってもいなかったな。おれはガーネット国王、レンだ。おまえたちも挨拶くらいしろよ」
名乗りを上げたレンは、横に並ぶ王たちを威厳のある目で見遣った。




