もつれる足Ⅱ
フレアが窓を閉めたのだろう。丁度、椅子に腰かける彼女と目が合った。
「ミユ、あと六日だけ頑張ろう」
フレアは真面目な顔をして、胸の前で拳を作る。
六日間も、くたくたになるまで踊り続ければいけないのだろうか。気が遠くなってくる。頭を抱えながら、大きな溜め息を吐いてしまった。
「絶対、王様に文句を言ってやるんだから~」
顔をしかめて、悪態をつく。ここでふと、疑問に思った。
「この世界の人って、こんなに優雅なダンスをしてるのが一般的なの?」
夜会をして、豪勢な食事をして、盛り上がって。そんな日常なら、みんな楽しいのだろう。しかし、クラウとフレアは揃って首を横に振る。
「一般庶民に広がってるのは、ストリートダンスだよ」
「うん、ガーネットもそう」
ということは、この二人は――ううん、アレクも入れて、この三人は庶民出身ではないということだろうか。聞いてみたい気持ちはある。しかし、心の奥底にいる私ではない『誰か』が、聞いてはいけないと警笛を鳴らす。今はみんな魔導師で、過去の称号は捨て去ったのだから、と。
私の中で騒ぎ立てているのは誰なのだろう。もしや、『デュ』に繋がる誰かなのだろうか。
「ミユ?」
考えを巡らせている途中で、クラウが首を傾げる。思考の糸がぷつりと途切れてしまった。
「う~ん、二人が庶民じゃないのだけは分かった」
多分、以前目にした『貴族』という階級の人なのだろう。そう思うと、私の手には届かない遠い人たちのように感じてしまう。なんとなく、クラウとフレアの顔がぼやけて見えた。
「ミユ!」
気づいた時には、テーブルに額をぶつけていた。痛みが伝わるより先に、血の気が引いていく。毎日、身体に負担をかけていたことがバレてしまう。
「闇に当てられて倒れたばっかりだし、やっぱり無理はさせられないよ」
「そうだね……」
クラウとフレアは顔を見合わせた後、視線を落とす。どうやら寿命を削っていることには感づかれていないようだ。
「駄目だよ、王様に負けたくないんでしょ? 私、頑張るから」
「そんな状態で言われても、説得力ないよ」
クラウはゆっくりと首を振る。先程までは、私の意見を聞いてくれない二人に腹を立てていたのに。今は勝気な自分が顔を覗かせている。
「今度、倒れでもしたら、夜会は延期してもらうからね。ダンスの仕上がりより、ミユの身体の方が心配だよ」
フレアまでもが、口を真一文字に結ぶ。不調は確かに感じているので、良い言い訳が出来ない。
肩を落としていると、アレクが料理を持って戻ってきてくれた。
「またしんみりしてんのか?」
「しんみりじゃなくて、心配してたの」
やんわりと否定するフレアに、アレクは眉をひそめる。
「なんかあったのか?」
「ミユが倒れそうになった」
クラウが顔をしかめた瞬間、アレクは乱暴に料理をテーブルの上に置いた。食器のぶつかる乱雑な音が響き、デミグラスソースの香りが鼻をくすぐる。
「大丈夫なのか?」
黄色の瞳は私をくまなく眺める。
「みんな、心配し過ぎなんだよ~。私は大丈夫だから」
「おでこ赤くなってんぞ。ぶつけたか?」
「ちょっと」
頭を掻きながら苦笑いしてみせると、アレクは目を吊り上げた。
「魔導石に傷なんか入ってねぇよな!? 良く見せろ!」
魔導石とは、私たちの額についている石のことだ。魔法の源になる石だったような――アリアが説明してくれたような気がするけれど、うろ覚えだ。アレクだけではなく、隣にいるクラウまでもが私の顔を見詰めるので、ほんのりと頬が熱を持つ。
「大丈夫みてぇだな」
「ってか、魔導石に傷なんか入ってたら、ミユが無事じゃないよ」
「まぁ、そうなんだけどよー」
クラウとアレクは安堵の息を漏らす。
少し大袈裟ではないだろうか。魔導石が割れてしまったとしても、ただの人間に戻るだけなのに。
「ミユ、気づいてないみたいだから、教えてあげる」
キョトンとしていると、フレアが震える声を絞り出した。
「魔導石が割れたりしたら、あたしたちはタダではいられない」
「普通の人間には戻れないの?」
「うん。魔導師じゃなくなる時……それは、あたしたちが命を落とす時だけ。もう、後戻りは出来ないよ」
「えっ……」
瞬時に背筋が凍りついた。額に手を当て、無意識に魔導石を擦ってみる。まるで自分の心臓を触っているかのような、そんな感覚だった。
「魔導石ってダイヤモンドよりも固いらしいからさ、割れるような心配はないんだけどね。アレクもフレアも脅かしすぎだよ」
「心配して損はねぇからな」
「そうそう」
三人の反応に、安堵の吐息が漏れる。要するに、杞憂だったという訳だ。
「ミユ、明日はダンスの練習休むか?」
「ううん、王様の挑戦状に負けたくないもん」
夜会への招待状を『挑戦状』と言ってしまうあたり、クラウやフレアの影響が色濃いのだろう。自分で客観的に分析しながら、アレクに首を振ってみせる。
「でも、次に倒れたらダンスの練習は中止だからな」
アレクはまるでフレアと同じようなことを言う。そういう所は相思相愛というか、以心伝心なのだろうな、と思う。
「精力をしっかりつけるんだぞ。ハンバーグにして良かったな」
アレクは私を見た後、テーブルに目を遣った。ハンバーグが乗った鉄板が熱いからか、湯気は立ち上っている。焦げる前に食べてしまおう。アレクが席に着いたのを確認し、そっと手を合わせる。
「いただきます」
私はみんなに大切にされている。こんな幸せ者は他にいない。だから、倒れる訳にもいかない。足手まといにはなりたくない。
仲間がいる有難さと痛みを噛み締めながら、静かに食事をするのだった。




