招待状Ⅲ
この世界の文字は、アルファベットを崩したローマ字のような文章だった。文字さえ覚えてしまえば、文の構成などはこちらのものだ。アレクに書いてもらったアルファベット表と睨めっこしながら、文章を綴ってみる。
「これ、読める?」
「ん? 貸して?」
苦心しながら書いたそれを、クラウに預けてみる。
「みんなを動物に例えると、クラウは犬。……俺、そんなに犬っぽい?」
「うん」
特に、人懐っこくて穏やかな所は犬にそっくりだ。
「うーん……」
クラウは唸り声を上げ、眉をひそめる。納得いかなかったのだろうか。
しかし、すぐに切り替えて紙を見る。
「ま、いいや。フレアはヒョウ」
「ヒョウ? カッコいい動物だね」
カッコいいというよりも、しなやかで美人なのだ。満足したように、フレアはふふっと笑う。
「アレクはライオン。……ライオン?」
「なんか文句あんのか?」
「なんで俺よりアレクの方がカッコいい動物なのさ」
クラウは何故か私ではなくアレクに膨れっ面を向ける。
「ミユ、分かってんな」
「ライオンって、狩りの成功率が低いの知ってる? そういう抜けてるところもアレクにそっくりなの~」
「はぁ? 前言撤回だ。ミユは分かってねぇ」
「え~?」
素直な感想を言っただけなのに。今度はアレクが膨れてしまった。それをフレアが笑い飛ばす。
「でも、よく頑張ったね。こんなに短時間で読み書き出来るようになるなんて」
「えへへ……」
これが凄いことなのかどうなのか、自分では分からない。カノンの記憶があったから、完全なる初心者という訳でもなかったのだ。ただ嬉しくて、自分の頭に手を当ててみる。
「よし。キリが良い所で、飯でも作ってくるかな。頑張った分、ご褒美も作ってやる」
「ホント? やった~!」
今日の昼食はケーキ付きだろうか。今から楽しみだ。
「一時間ぐらい待ってろ。んじゃ、行ってくる」
アレクが片手でヒラヒラと手を振るので、私も振り返してみる。ドアは静かに閉まり、空気が重くなったように感じた。
「……あたし、ヴィクトがそんな最期を迎えてたなんて、思いもしなかった」
「俺もだよ」
クラウとフレアは項垂れ、顔を歪める。
私だってそうだ。アレクやヴィクトの明るい部分しか見ようとはしなかった。仲間なのに、知ろうとすらしなった。
「……俺、アレクに最低なことを言った」
クラウはぎゅっと握り拳を作る。
「ミユの呪いを解いた『解呪の剣』をもらった時、アレクに言ったんだ。俺が早死にしても、アレクは見慣れてるだろうって。そんな筈ないのに、アレクの気持ちも知らないでさ……」
クラウの瞳から涙が零れ落ちる。
「どうしよう。俺、アレクになんてこと……」
私のために、こんなにもつらい重荷を背負っていたなんて。クラウの拳にそっと触れた時、フレアは優しく囁いた。
「後悔、してるんでしょ?」
赤い瞳はまっすぐにクラウを見詰め、儚げに微笑む。
「その時の二人の会話は、あたしは知らない。でも、後悔してるなら、それで良いと思うの」
「良いことなんて、なにもない」
「そうかなぁ。いつか、アレクにその気持ちが届くかもしれないでしょ?」
「『いつか』なんて、来るかも分からないのに」
フレアは小さく声を出して笑う。
「分からないなら、分からないままで良いよ」
フレアが言いたいことは私にも伝わる。ただ単に、クラウがアレクへの後悔の念を持つことに意味があるのだ。首を傾げるクラウに、今度は私が言葉を繋げる。
「私も一緒に背負うから。後悔も、感謝も、全部」
「そんなこと、させられないよ」
「私はさせて欲しい。だって、三人を苦しめたのは私なんだもん。こんなこと聞かない? 二人でいたら、喜びは二倍、苦しみや悲しみは半分って」
クラウはぐっと押し黙る。
「四人でいたら、喜びは四倍、つらいのは四分の一だよ? 凄いと思わない?」
「……うん。確かに凄い」
「でしょ? だから、そんなに泣かないの~!」
自分の目だって潤んでいるのに、それを隠すようにしてクラウに飛びついた。私は信じている。これからも四人の絆はずっと切れないと。
* * *
「やっぱり、しんみりしてやがった」
しばらく経って戻ってきたアレクの第一声はこれだった。
「だから、ヴィクトの最期の話はしたくなかったんだ。オレのせいでしんみりされんのが一番嫌だからな」
アレクは溜め息を吐くと、頭をポリポリと掻く。
「会議室に行くぞ。せっかく出来た料理が冷めちまう」
三人で苦笑いをしながら、アレクに続いて部屋を出る。振り返った時にちらりと見えたアレクの顔がいつものように意地悪く笑っていたので、心のどこかで安心していた。
会議室に入ると、バケット、ステーキと唐辛子のソース、ポテトサラダ、オレンジのケーキと、見事に四人の好物が揃っていた。これはワクワクしかない。美味しいに決まっている。つんとした唐辛子の香りと湯気にそそられながら、目を輝かせて揃って席に着いた。
「いただきます」
クラウと二人で手を合わせ、早速ステーキにありつく。唐辛子のソースをかけなくても、しっかりと塩と胡椒が効いている。顔を綻ばせながら、ふふっと笑ってしまった。
「ミユ、可愛い」
不意にクラウが優しく囁くので、喜びの声が漏れる。
「フレアは可愛いっていうより、キレイだな。所作が上品だ」
「そう? 嬉しい」
アレクの素直な反応に、フレアもまんざらではなさそうに目を細める。
この笑顔がずっと続きますように。たとえ、この後に鬼のダンスの特訓が待っていようとも、この瞬間を大事にしたい。そう思えた。




