招待状Ⅰ
夜会なんて、日本にいては体験出来なかっただろう。高鳴る胸に、期待と不安が同時に広がる。私たちは王に呼び出されるようなことなど何もしていない。しかも、全国王主催の夜会なんて、仲間たちの口から聞いたことがない。
「オレ宛ての手紙の内容と同じだな」
「あたしも同じだよ」
「うん、俺も。……ミユ宛のは、文末に余計な一文が書いてあるけど」
クラウは膨れてそっぽを向いてしまった。余計な一文とは、私と会えるのを楽しみにしている、という言葉だろうか。
「クラウ、これはオズのリップサービスだよ〜! 気にしないの!」
「でもさ!」
一瞬は私を見てくれたものの、クラウはすぐに視線を外す。その様子に、フレアはクスクスと笑い始めてしまった。嫉妬してくれているのが分かるから、可愛らしいとは口が裂けても言えない。
それにしても、王から私たちに接触を図ってくるなんて。もしかして、人々の闇の心を取り去るなんて考えを改めてくれたのだろうか。私はもう寿命を縮めなくても良いのだろうか。推測の域を出ないのだけれど、期待はしてしまう。ドキドキしながら、読めもしないのにもう一度手紙に目を通した。
しかし、アレクは違ったようだ。深く息を吐き出すと、自分宛ての手紙をテーブルに叩きつけた。
「あんま期待しねー方が良いぞ。この百年間で、王の方からオレらに接触しようとしたことはねぇ。何か嫌なことが起きたに決まってる」
淡い期待は一瞬で打ち消されてしまった。俯いてスカートを握り締めている所に、クラウの大きな手が乗った。
「用心するに越したことはないけど……決めつけも良くないよ。もしかしたら、ラッキーな報告があるかもしれないし」
顔を上げると、微笑みをたたえたクラウと目が合い、ウインクまでしてみせる。瞬間、心臓がトクンと跳びはねた。頬まで熱くなる。
クラウの話を受け入れ難いのだろう。アレクは渋い顔をし、眉間には皺まで寄せている。
フレアは小さく咳ばらいした。
「今、そんなことを話しててもしょうがないでしょ? 当日になってみないとね。それより……」
フレアは真剣な眼差しで、私を見詰める。
「ミユ。夜会の経験はあるの?」
十八年の間、日本で生活していた私に、夜会の経験なんてない。スティアに来てからだって、そんな機会は全くなかった。
「じゃあ、ダンスの経験は?」
ダンスの経験だって、体育で多少嗜んだくらいだ。上品なダンスとは言えず、「ううん」と首を振る。
そんな私を見て、フレアは溜め息を吐いて頭を抱えた。
「テーブルマナーも大事だけど、一番重要なのはダンスだよ。基本はワルツ。それに、カドリール、ガロップ、ポルカ……」
フレアは顔を上げ、もう一度強い瞳で私を見詰める。
「アレクとクラウは良いとして……。ミユ。七日で全部覚えてもらうからね」
「えっ!?」
突然の宣言に、身体が固まる。運動神経の鈍い私が、七日という短期間で、これだけの種類のダンスを覚えきれるのだろうか。出来る筈がない。私の落胆と困惑をよそに、フレアは椅子から立ち上がる。
「早速、練習始めるよ。アレクとクラウ、少し手伝って」
「分かった」
クラウとアレクも頷き、私も立ち上がろうかというところだった。アリアはダンスとは別の話があったらしい。
「あの、フレア様」
「何?」
「皆様、王様へのお返事を書いていただかないといけません」
「あっ、あたしったら……。忘れてた」
アリアの横にいたサラは、早速ペンと便箋をフレアに手渡す。それを受け取ると、彼女は一気に手紙を書き上げた。
「はい、よろしくね」
「かしこまりました」
可愛らしい、鈴の音のような声が響く。直後に、唐突にアリアに呼ばれ、身体がピクリと反応してしまった。
「ミユ様」
「何?」
「ミユ様にもオズ陛下への返事を書いていただきたいのですが……」
そう言われても困る。私はこの世界の文字を読み書き出来ないのだ。こんなことになるなら、もっと早くに文字を書く練習をしておけば良かった。
「アリアが書いてくれたら――」
「私の字はオズ陛下にバレています」
アリアはぴしゃりと言って退ける。
どうしようと思案に暮れていると、クラウが横から最良の提案をしてくれた。
「ミユ、どういう風に返事を書きたい? それを俺が書いて、ミユが真似すれば良いじゃん?」
「あ〜!」
アリアとカイルも思いつかなかったのだろう。二人も胸の前で拳を作り、歓声を上げる。
「う〜んとね……」
オズの名前を書き、最初の一文は夜会に招かれたことへの礼だろう。
「オズ・ロワ・エメラルド陛下。夜会にお招きいただき、ありがとうございます。七日後の十八時、クリスタルにての夜会、承知いたしました。必ず参上いたします。ミユ・デュ・エメラルド。……こんな感じで良いかな?」
考えながら、文章としてまとめてみる。アリアも頷いてくれたので、内容に問題はないだろう。クラウは私の文言を聞きながら、サラサラと一枚の紙に丁寧に書いてくれた。
「これをそのまま便箋に写して」
「うん」
アリアからペンと便箋を受け取り、一字ずつ見比べながら必死になって書いていた――それが、まるで母国語を書くかのような感覚になっていく。スラスラと言葉が文字に変わる。カノンの記憶のおかげだろうか。横で見ていたアリアとクラウも目を見張る。




