糸で紡ぐものⅢ
サラが掃除をする気配を感じながら、フレアと共に、刺繍に没頭する。針が布を通り抜ける音が太鼓のように鳴り、さながら音楽のようだ。片手間にフレアの顔を見てみると、陽だまりにいるかのような穏やかな表情だった。母性さえ感じさせる。
私だけが子供のようだ。クラウやアレク、フレアと並んで歩くために背伸びをして、今まで何とかやってきた。私もそろそろ大人にならなくては。
吐息をつき、また刺繍と向き合ってみる。心が乱れれば、針も、糸も同じように乱れるだろう。クラウの太陽のような笑顔を思い出しながら、心を込めて縫い進めるのだった。
二人で集中していたせいで、昼食の時間が遅くなってしまった。一旦手を止めて、テーブルの上を片づけていく。私たちがやるから良いと断ったのだけれど、サラも手伝ってくれた。
今日の昼食はカレー風味のパエリアとポテトサラダだ。これはアレクが作ってくれたのだろうか。
「アレクの料理だね」
パエリアを口に含むと、確信めいたようにフレアが呟いた。
「カレーはサラの得意料理だけど、アレクも少しなら作れるし、サラは掃除してくれてたし。きっと、男性陣も黙っていられなかったんだね」
フレアは「ふふっ」と声を漏らし、もう一口頬張る。
「こっちのじゃがいもはクラウが剥いたのかもよ? 皮が残ってる」
「ホントだ」
じゃがいもの白と人参の赤、さやいんげんの緑の中に、ところどころ茶色が混ざっている。アレクから、クラウはキッチンにも立たないと聞いたことがある。手を切ったりはしなかっただろうか。作ってくれた喜びよりも、心配が勝ってしまう。
「怪我してないかなぁ。大丈夫かなぁ」
「怪我してたら、皮なんて全部アレクが綺麗に剥いてるよ。大丈夫」
それなら良いのだけれど。何とか自分を納得させ、首を縦に振った。
「あんまり集中しすぎも良くないんだよね。午後から何しよっか」
「う〜ん……」
室内で出来ることは限られてくる。では、室外はどうだろう。窓の外には雪原が広がっている。
そうだ。久しぶりに雪遊びなんてどうだろう。
「私、雪遊びしたい」
「雪遊びかぁ。あたし、したことないんだよね」
それなら、尚更だ。男性陣も誘って、思い切り息抜きをしよう。
「絶対に楽しいよ〜! やろう!」
俄然、楽しくなってきた。パエリアを味わい、ポテトサラダを名残惜しくも完食する。フレアの興味もそそったようで、いつもよりも食卓についている時間は短かった。皿をキッチンに片づけると、二人がいるであろうアレクの部屋へと急ぐ。
辿り着くと、勢いに任せてノックをした。
「どーした?」
「雪遊びしよう!」
フレアの思わぬ提案に、クラウとアレクも驚いたようだ。急いで開けられたドアからは、少しだけ動揺した二人の姿が覗いた。
「急にどーした? 雪遊びって」
「刺繍してたら、肩こっちゃって。遊びたくなっただけ」
フレアが意地悪っぽく笑うと、アレクも口角を上げた。
「んじゃ、外行くか!」
「行こう行こう〜!」
私もワクワクが止まらず、胸の前で拳を作る。
「あの蔦の下に集合な」
『あの蔦』とは、ルイスとの戦いの前に、私が恐怖のはけ口として魔法で出したものだ。天高くそびえている。
フレアは真っ先にワープし、アレクとクラウもそれに続く。私も早く行こう。瞼を閉じ、蔦の根元を目指した。
新雪は思ったよりも深く、くるぶし丈を超えている。ブーツを履いているので、雪が肌に当たることはないけれど、少し歩きにくい。踏む度にふかふかと沈む雪が心地良い。一人ではしゃいでいると、クラウが私の手を握った。
「何して遊ぶ?」
「う〜ん、雪合戦は? 昔、一番楽しかったって、前にクラウが言ってたし」
「うーん……」
クラウは眉間に皺を寄せた後、首を横に振ってみせた。
「駄目だよ。ミユには雪玉を当てられない」
「え〜? ただの遊びだよ?」
「駄目」
これにはフレアも肩をすくめて苦笑いをしてしまった。アレクなんて、呆れて口が空いている。
「じゃあ、あたしとアレク、ミユとクラウで分かれたら? クラウがちゃんと防御してたら、ミユに玉は当たらないでしょ?」
「うーん」
クラウは手を顎に当て、考えを巡らせる。その後、納得したらしい。
「うん、それなら良いよ」
大きく頷いてくれた。
「やった〜!」
手を上げて喜びを表現すると、アレクとフレアに「あはは!」と大きく笑われてしまった。
「じゃあ、会場作るから、ちょっと下がって」
クラウは私たちを自身の後ろに下がらせると、魔法で雪の壁を数個作り出した。これは本格的な雪合戦会場だ。テンションが自然と上がっていく。
「クラウ、頑張ろうね!」
「うん」
勝ちを確信したかのように、クラウは自信たっぷりに笑う。それが、この後の展開を予想させるとは思わなかった。
アレク、フレアと対峙し、試合は開始された。しゃがみ込んで雪玉を丸めようとすると、クラウは私の隣で魔法を使った。みるみるうちに、拳大の雪玉が大量に生成されていく。
「これって……反則じゃない?」
「魔法禁止とは言われてないよ」
「そうだけど……」
少し考えてみたけれど、楽しいなら良いかという結論に達した。
まだ雪玉を作っている最中のアレクとフレアに向けて、二人で雪玉を投げてみる。
「オマエら、雪玉作んの早すぎねーか!?」
「……あっ!」
どうやら気づいたらしい。フレアの表情は引きつっていく。
「魔法はどう考えても卑怯でしょ!」
「魔法だと!? ……あーっ!」
「こうなると思わなかったアレクとフレアが悪い」
クラウはにやりと口角を上げ、連続で雪玉を投げ始めた。対戦結果は言うまでもないだろう。




