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【改訂版】呪いを解いた代償は、恋人の心でした~神に反旗を翻します~【第二部】  作者: 七宮叶歌
第8章 糸で紡ぐもの

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糸で紡ぐものⅡ

 その赤い瞳はどこか物悲しくはあるものの、優しく輝いている。


「あたし、アレクには幸せになって欲しいの」


 その気持ちは私にも分かる。好きな人には幸せになって欲しいものだ。頷いてみせると、フレアは小さく首を横に振る。


「多分、この気持ちはミユのとは違う」


「えっ?」


「ヴィクトはね、晩年はきっと心に闇を抱えてた。実を言うとね? アイリスも長生き出来なかったの」


 ヴィクトはアレクの前世であり、アイリスはフレアの前世である。カノンとリエルが影の犠牲になったとすれば、アイリスは何故、短い生涯を終えたのだろう。目を瞬かせると、フレアはそっと視線を落とす。


「アイリスはね、不治の病にかかっちゃったの。身体がすぐに衰えていって、目も見えなくなって。最期は声だけで、ヴィクトだって判断してた。天に召されたのは、カノンが亡くなった半年後だったよ」


 そんな悲しい過去があったなんて、今まで知らなかった。更なる罪悪感が顔を覗かせる。

 では、アイリスが亡くなった後、ヴィクトはずっと孤独に生きていたのだろうか。知っているなら教えて欲しい。

 フレアの顔を見詰めてみたけれど、彼女は首を横に振るだけだった。


「その後のことは、あたしも知らないの。アレク、ヴィクトの最期だけは絶対に教えてくれなくて。思い出したくない過去なんだと思う」


「そんな……」


 私は自分だけで精一杯になっていた。仲間を思いやる余裕なんてなかったのだろう。そうだとしても、今まで疑問にも思わなかったなんて。薄情だと思われても仕方がない。

 私が俯くと、フレアは小さく笑った。


「だから、アレクに刺繍をプレゼントする時には、白いアイリスの花って決めてるの」


「どうして?」


「白いアイリスの花言葉は『あなたを大切にします』だから。いっつも照れ笑いされて終わりなんだけどね。それでも、これがアレクの心の支えになってるなら、それで良いかって思えるの」


 その笑顔は慈しみに満ちている。アイリスの分まで、アレクを愛する覚悟なのだろう。

 私も強くあらなくては。頼ってばかりではなく、頼りにしてもらいたい。クラウへの想いを託した勿忘草の図案を見ながら、静かに思いを馳せた。

 そして、ようやくハンカチを刺繍枠に嵌め、布の張りを確認してみる。指で布を弾くと太鼓のような音が鳴ったので、恐らく大丈夫だろう。淡い青の糸を二本取り、針へと通した。


「縫い始めのやり方、分かる?」


「分かんない〜」


「これは、表から刺して、なみなみって縫って」


 フレアは自分のハンカチを見本とし、縫い方を丁寧に教えてくれた。


「これで外れない筈だよ」


 試しに、少しだけ強く糸を引いてみる。しっかりと抜けずに耐えてくれた。


「あとは図案を埋めるように縫うんだけど、花の質感が分かるように、横に二等分か三等分にするの。それで、継ぎ目は長さバラバラにして」


「うんうん」


 フレアの手解きを一字一句逃さないように、耳を研ぎ澄ませる。多分、こういうことを言っているのだろうと、一針一針、緊張しながらも集中して刺していく。糸と糸の間に隙間が生まれないように、針を迷わせながら。幸いなことに、刺繍は間違えてしまっても縫い直しがきく。慣れるまで頑張ろうと思える利点だった。

 刺繍は集中力をかなり使うらしく、雑念を感じずに済んだ。二時間経っただろうか。花弁を五枚とも二分の一刺繍したところで、最初の休憩に入る。「ふぅー」と息を吐き出し、肩を回す。


「刺繍って肩がこっちゃうからね。休憩は大事だよ」


 フレアは刺繍枠をテーブルへと置いた。中央には、なんの迷いも乱れもない白いアイリスが半分ほど出来上がっている。


「綺麗〜……」


「ミユも慣れれば出来るようになるよ」


「そうかなぁ」


「そうに決まってるよ」


 フレアは肩を上下に動かしながら、顔を綻ばせて私の刺繍を見る。


「刺繍ってね、線の真ん中じゃなくて、境目を意識して縫うと綺麗にいくよ」


「え〜?」


 コツがあるなら、最初に言って欲しかった。小さく唸り声を上げると、フレアは「ふふっ」と笑う。


「失敗してみないと分からないこともあるから。遠回りが近道なんだよ」


「む〜……」


 私は早くクラウに綺麗な刺繍を見せたいだけなのに。遠回りなんて、ちょっとだけ時間が勿体ないと思ってしまう。寿命を削っているから、余計に。ちらりと脳裏を掠めたけれど、気づかないふりをした。


「ねえ、ミユ」


「何?」


「あたしたちに隠しごとしてない?」


 手に冷や汗を掻く。表情にだけは出さないように、冷静を装って首を横に振った。


「隠しごとなんて、何もないよ」


「それなら良いんだけど……」


 フレアは確かめるように私の瞳を見詰める。逸らしてしまえば嘘を見抜かれてしまいそうで、じっと見詰め返した。


「何かあったら、いつでも言ってね」


「うん、ありがとう」


 無理やり微笑んでみせると、フレアも口角を上げてくれた。上手く誤魔化せたようだ。


「続きやろっか。今日中には仕上がらないと思うけど、出来るところまでやりたいし」


 フレアは再び刺繍枠と針をとり、視線を落とした。

 そこへノックの音が鳴り響く。誰が来たのだろうと首を傾げると、サラが静かに入ってきた。手には雑巾とハタキが握られているので、掃除をしに来たのだろう。

 そうだ、掃除をお願いしたのは私ではないか。今朝の使い魔とのやり取りを思い出し、「ふふっ」と笑った。

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