廃墟の塔Ⅳ
しっかりと瞼を開けると、間近にはぼろぼろと涙を零すクラウの姿があった。その両隣には、アレクとフレアもいる。
「良かった……」
先程まで見ていたものが夢で、本当に良かった。しかし、クラウは大きく首を横に振る。
「何も良くないよ……!」
「どうして?」と口を開きかけてやめた。クラウはともかく、アレクとフレアの表情も暗く落ち込んでいたのだから。フレアは目を合わせようとはせず、小さく口を開く。
「あたしたち、まさかミユが闇に当てられるなんて思わなくて。ホントにごめんなさい」
「闇に当てられる?」
「あぁ。オマエが倒れたのはそのせいらしい。フレアが火の神に聞きに行ってくれた」
その闇が原因で、悪夢を見たのだろうか。そう考えたところで、嫌な予感がちらついた。
私が倒れた原因は、本当は別の所にあって、神が嘘を吐いているのでは。寿命を縮めて、クラウを闇から救っているからでは――。
憶測で言っても仕方がない。今は身体を休めることに集中しよう。嫌な考えを強制的に遮断する。
「ごめん。ホントにごめん」
クラウは私の頭を撫でていた手を、そっと頬へと移動させる。その温もりが心地良くて、それ以上は何も言えなかった。
次の日、四人揃って会議室に到着したところで、使い魔たちに土下座をされた時には、どうしようかと困り果てた。私が倒れたのは使い魔のせいではないのに。そうは思うのに、私の予想を話す勇気はなかった。隣にいるクラウに心配をかけたくはないし、罪悪感も抱いて欲しくはなかったのだ。
「大丈夫だよ。こうしてピンピンしてるし」
胸の前で拳を作ってみせても、使い魔たちは揃って首を横に振る。
「魔導師様を危険に晒すなんて、使い魔にあるまじき行為です。どうか、罰してください」
私を一心に見詰めるカイルの瞳を思うと、そのままうやむやにしてしまう方が残酷に感じてしまう。そうだ、あれなら一番私たちのためになるだろうと、命令ではなく願いとして提案してみることにした。
「じゃあ、この屋敷をピカピカにして?」
「えっ?」
「私たちじゃ掃除出来る範囲も限られてくるし、お願い」
「そんなことでよろしいんですか?」
ぽかんと口を開けるカイルに、アリアはそっと微笑む。
「今すぐに掃除してまいります。ね、カイル」
「う、うん……」
「ロイとサラも。ほら」
アリアは空気を読み、自ら立ち上がった。そして、他の三人も立ち上がらせる。その足で、トコトコと私の方へ近寄ってきた。
「ありがとうございます」
アリアは一言だけ囁くと、カイルとロイ、サラの方へと戻っていった。揃って私たちに頭を下げ、足早に廊下へと消えていく。
「ミユ、あれで良かったのか?」
「うん。あれが一番良いの」
アレクに微笑んでみせると、彼も目を細めてくれた。
誰からともなくいつもの席に座り、用意されていたクロワッサンとメロンパンを頬張る。飲み物が紅茶だったことも好印象だ。
「で、早速なんだけどよー」
食事の合間に、アレクは私を見る。
「オニキスから何を聞いた?」
「やっぱり、『デュ』の意味は教えて貰えなかったの。でも」
真剣な表情のクラウ、アレク、フレアへと視線を移し、話を続ける。
「使い魔がどうして生まれたのかは教えてもらえたよ。私も信じられないんだけど……」
フレアが生唾を飲み込んだのが見えた。
「王様が魔導師の暗殺を計画してて、それを阻むために送り込まれた存在みたいなの」
「王が……魔導師の暗殺?」
クラウが呟いたのを合図に、三人は考え込む。
「そんなの、聞いたことある?」
「いや、ねぇな。実際にそんなことがあったんなら、歴史書にも残ってる筈じゃねーか?」
「歴史書よりも古い歴史なのかも。何より神様の話だもん。ホントの出来事ってするならね」
フレアが結論を出すと、クラウとアレクも頷いた。
「でもね、もっとビックリしたことがあるの」
「何?」
クラウが小首を傾げるので、私も首を縦に振ってみせる。
「王様は、魔導師の守護者だったんだって。魔導師は神様にとって、それだけ大事な存在だからって」
「神が……か?」
「うん」
「大事にしてるヤツに、簡単に『死ね』なんて、普通は言えねぇけどな」
忌々しいものを語るかのように、アレクは言葉を投げ捨てた。それにフレアが頷いて賛同を示す。現に、私も寿命を削っているのだ。大事にされているとは言えないのかもしれない。
重たい沈黙が部屋を制する。そこへ一石を投じられた時には、十数分が経過していたように思う。
「俺たちは『魔導師に留まる器でもない』って。あの戦いの時、あいつ……ルイスが言ってたんだ」
クラウは淡々とではあるけれど、私たちの心に届くように過去を語る。
「ルイスってーと、『影』の生まれ変わりだな」
「うん。その言葉と、オニキスの言葉を合わせて考えてみて欲しい。そこに俺たちの名前である『デュ』の謎も絡めたら、もっと分からなくなる」
アレクとフレアが目を伏せるので、私も思考を巡らせてみる。神にとって、私たちは王よりも大事な存在である。そして、魔導師に留まる器でもない。この二つを踏まえると、私たちがとんでもない存在のように思えてくる。更に『デュ』の謎を含めると、コンパスを失った地図のように、ますます答えから遠ざかっていく。
「俺たちって……何者?」
クラウの自分自身の存在への疑問は、雫が落ちた時の水紋のように、静かに、しかし確実に広がっていくのだった。




