廃墟の塔Ⅲ
「その頃の魔導師の守護者──各国の王たちは、マメに連絡を取るようになっていた。王たちの行動を、魔導師たちを守るためだと信じて疑う者はいなかった。実際には、魔導師全員の暗殺を企んでやがったんだ。それにやっと気づいた俺は、暗殺計画が実行される……確か五日前だ。魔導師の元に、ペットと称して動物の姿をした使い魔を──」
「待って!」
頭の中がすっかり混乱してしまった。魔導師の守護者が各国の王とはどういうことだろう。王は国を守るために存在している筈だ。少なくとも、私は王に守護してもらった覚えなんてない。
何度か首を横に振った。
「どうした?」
「王様が魔導師の守護者だなんて……私、信じられない」
オニキスは吐息をつき、私の様子を見ているようだった。
「そうか。今の王を見れば、そう感じてしまうのかもしれないな。でも、王の存在意義は魔導師を守るためにあったんだ。信じても、信じられなくてもどちらでも良い。ここまでは飲み込めたか?」
飲み込めたかと聞かれれば、恐らく違うのだろう。しかし、疑問が先に浮かんでしまう。頷くと同時に、口を開く。
「なんで王様に魔導師を守らせたの?」
「それは、俺らにとって魔導師がそれだけ大事な存在だからだ」
答えになっているようで、なっていない。眉をひそめながら小首を傾げてみる。
「……まあ、そういうことだ。使い魔は王たちによる暗殺計画から魔導師を守るために作った。その魔導師暗殺計画は実行されて、結局、魔導師を守りきることは出来なかったんだけどな」
記憶がないせいか、現実感がほとんどない。神が私たち魔導師を守ろうとするなんて。今まで試練しか与えてくれていないではないか。自らの死を受け入れるように諭す程だ。優しくされたことなんてないに等しい。
「神様はなんで私たちが大事なの? やっぱり、私、信じられないよ」
「その辺はミユが言ってた『デュ』の意味に関わってくるから、俺からは何とも言えないな。信じてもらえないのも無理はないか」
俯き、眼下に渦巻く闇を見詰める。
「他に聞きたい事はないか?」
聞きたい、というか、聞かなければいけないことはない。無言のまま首を横に振る。
「そうか。また、ミユたち魔導師に会う日が来るかもしれない。その時はよろしく頼む」
少なくとも、私はもうここへは来たくない。オニキスと現世で会うことはないだろう。それでも、小さく頷いてみせた。
「もうだいぶ時間が過ぎてしまったな。仲間たちも待ちくたびれているだろう」
「そんなに時間が?」
「ああ、この空間はスティアと時間の流れが違うらしいからな。急いで帰った方が良い」
「分かった」
そっと瞼を閉じる。塔の中に帰してと願う前に、足元から風が巻き起こる──。
浮遊感が消え去ったので、そっと瞼を開けてみる。前方で仲間たち三人が固まって何かを話しているのが見えた。
「ただいま」
「ミユ!」
三人が険しい表情で一斉にこちらへと走り寄ってくる。
「皆、待たせてごめんね。魔法陣の中とここだと、時間の流れが違うみたいなの」
説明すると、三人の表情から緊張がほぐれていったようだ。
「そっか、良かった……。俺たち、ミユに何かあったんじゃないかって気が気じゃなくてさ」
「ま、とりあえず、ダイヤに帰ろーぜ! こんなトコにずっといたくもないだろ?」
「それもそうだね」
四人で小さく笑い合う。何だかクラウたちの顔を見て安心してしまった。
こちらに背を向けて歩き出す三人の後を追おうと、右足を出そうとする。それなのに、足が動かない。
「あ……れ……?」
「ミユ?」
「足が……動か……」
足だけではない。全身から力が抜けていく。クラウ、助けて。声に出す前に、意識は暗闇に沈んでいった。
この先の出来事が、夢か現実かどうかも区別がつかないなんて。精神的にも追い込まれていたのだと思う。
* * *
「ミユの力は枯れてしまった。また俺が『影』になる前に、アレク」
少しの躊躇いの後、クラウはすうっと息を吸い込む。
「俺を殺して欲しい」
四人が集う会議室の時間が止まった。頭を殴られたかのような衝撃が走る。
「クラウ! 何言って──」
「あぁ、分かった」
「アレク!」
フレアの悲鳴にも似た声が響く。本当にクラウを殺すつもりなのだろうか。冗談でもそんなことを言わないで欲しい。
「私がそんなことさせないから!」
絶対に嫌だ。アレクを睨みつけ、クラウの腕に飛びついた。
アレクの瞳が揺れるようにフレアを見たけれど、その決意は変わらないらしい。
「逆らう奴も殺す」
「そんな!」
「世界が壊れるのと、コイツだけがいなくなるの、どっちがマシだと思ってる?」
そんな質問に答えられる筈がないのに。私の中ではクラウがいなくなった世界なんて、必要に値しないのだから。首を横にブンブンと振ってみせた。
「残念だ、ミユ」
アレクは立ち上がり、背中を見せる。その隙に、クラウは私を椅子から立たせた。
「二人とも正気!? 仲間を殺すなんて……どうかしてるよ!」
「そうか、フレアもか」
アレクは迷いもなく、こちらに片手をかざす。
「まずはオマエら二人からだ。後からオレらも逝く」
それに答えるかのように、クラウは私を後ろから羽交い締めにした。強くはあるのに、体温を感じない。
「クラウ! こんなの間違ってるよ! もう止めよう!?」
「ミユ、大好きだ」
「こんなのやだよぉ!」
「ずっと二人でいよう。これからも。もう、一人にはなりたくないんだ」
アレクは瞼を閉じ、深呼吸をする。次に目が合った時には、その瞳には鬼気迫るものがあった。そして──空気が揺らいだ。現実が押し寄せるかのように、辺りが淡く光り出す。
「ミユ……!」
クラウの涙声が聞こえたかと思うと、柔らかくて温かなものが頭に触れた。




