広がる不安Ⅱ
クラウを怒らせないでねという願いも込めて、アレクを見詰めてみる。
「アレクがクラウを怒らせなきゃ良いだけ」
「うーん、それはそうなんだけど」
クラウも否定はしない。それなら、神様との対面は延期で決まりだ。フレアと頷き、笑顔を向け合った。
「とりあえず、一週間だけ、様子を見てみよう? 神様に会うなら、その後でも良いでしょ?」
「しょーがねぇか」
フレアの意見だからなのか、アレクも頭を掻きながら受け入れる。この二人は恋人同士だ。悲しむフレアへ寄り添うようにして、付き合うようになったとアレクから聞いた。
「じゃあ、オマエはゆっくり休んどけ。それと、ミユもな」
「えっ? 私も?」
「当たり前だ。オマエだって、今日目覚めたばっかりだろ?」
色々ありすぎて、そんなことなんて忘れてしまっていた。
クラウの眉間にしわが寄る。
「目覚めたばかりって……なんでミユまで?」
「呪いが発動しかけたんだ。黒い矢がミユに降ってきて――」
「その話は、もう聞きたくない」
私はアレクの説明を遮り、首を横に振っていた。あんな絶望はもう味わいたくない。思い出したくもない。俯き、唇を引き結ぶ。
「俺は……聞きたい」
「クラウ?」
「ミユに何が起きて、どうなったのか。全部知っておきたい。だって……」
クラウは揺れる瞳で私を見詰める。
「だって、俺はミユの彼氏だから」
言われた途端、頬が紅潮する。ドクンと心臓も高鳴った。『私の彼氏』という言葉が、これ程までに喜びとしての破壊力を持っているなんて。
それでも、物事を反転させ、少し考えてみる。もし私がクラウの立場だったとしたら、やはり聞きたいと思うだろう。でも、だからといって、私の口から伝えるのは荷が重すぎる。
「アレク、説明お願いしても良い?」
「あ? まあ、今回はな」
アレクは瞼を伏せ、「ふぅ……」と深呼吸をする。
「オマエが刺された後、ミユも黒い矢に胸を射抜かれたんだ。カノンみたいにな」
フレアの方を見てみると、彼女の瞳からは涙が零れていた。
「慌ててオマエら二人をダイヤに連れ帰って手当てしようとしたら、ミユの胸の傷が呪いの印と一緒に消えた。んで、クラウの傷も心の闇の印……だったか? それが現れて、傷跡も消えた。でも、血が足りなくてな。輸血して、命を繋いで、戦いから七日たった今日、二人とも目が覚めたって訳だ」
アレクが語ったことは、私の知らないことばかりだ。こんなにも危機的状況にいたなんて。自分でも信じられない。
「目覚める日まで一緒なんて、仲の良さだけじゃ片づけられない。絆、だよね」
フレアは「ふふっ」と笑い、涙目を私とクラウへ向けた。クラウは頭を垂れ、こちらを見ようとしてくれない。
「ミユ、ごめん。ミユまで死の淵にいたなんて。……言葉が出てこないよ」
「そんなに思い詰めないで? 私はクラウがいたから、今もここにいるの。私を救ってくれて、ありがとう」
「……うん」
クラウの一粒の涙を見て、まずいと思った。悲しみも『人の心の闇』に反応するのなら、また胸が痛みだすのではないだろうか。
予想通り、彼は苦悶の表情を浮かべて、胸を右手で押さえつけた。
「クラウ!」
「大丈夫。落ち着けば、なんともないから」
その体勢のまま、クラウは何度か深呼吸をする。それを見て、アレクは慌てた様子をみせた。
「やっぱ、一週間なんて待てねぇな。長くて三日だ」
「でも! 回復の方が先じゃない?」
「痛みを伴うんなら、回復なんか出来ねぇよ。しかも、感情の揺れにしっかりついてきやがる。誰かがコントロール出来るもんでもねぇ」
フレアの言う通り、休んで欲しいという思いが大半を占めている。けれど、闇の印がある限り、本当の意味で心が休まないのでは――考えがクラウとアレクに寄ってきていた。
「三日後、神様に会いに行こう」
クラウは自分の意思をしっかりと伝える。もう反対する材料は残されていなかった。
「私もそれが良いと思う」
「ミユまで!」
「だって、こんなクラウ、いつまでも見てられないよ。塔に行って神様に会えば、もう倒れなくて済むんだよね?」
「うん、何かアドバイスがもらえればね」
フレアは唇を噛む。納得は出来ない。だけど、従うしかない。そんな風に考えているのだろう。伏せられた瞳から察せられた。
「分かった」
それだけを言うと、私たちに背を向ける。
「明日、パーティーのやり直しだな。今日の料理は……まあ、仕方がねぇ」
まさか、あんなに豪勢な料理を捨てるつもりなのだろうか。あまりに勿体ない。
「あの料理、まだ食べれるよね? 私、ちゃんといただくよ」
「でも冷めきっちまってるぞ?」
「それなら温め直せば良いでしょ?」
変なことは言っていないと思う。それなのに、アレクは頭を掻いて口をへの字に曲げた。
「四人一緒に食事……は無理だな。クラウとミユはここで食べろ。オレとフレアは会議室にいる。何かあったら、ぜってぇ来るんだぞ」
「分かった」
アレクは片手をヒラヒラと振り、ゆったりと廊下へ歩き出した。
「ミユ、クラウ、またあとでね」
「うん」
フレアもまた、私たちを気にかけてくれ、笑顔でアレクを追うのだった。
残された私たちは、ベッドの上に並んで座る。
「寝てなくても大丈夫? 身体、辛くない?」
「うん。辛くないよ。大丈夫」
柔らかな声の『大丈夫』が、また癒し魔法のように私の心に染みた。