廃墟の塔Ⅱ
無言のまま、ところどころ砕けてしまった石畳を歩く。左手はしっかりとクラウと繋いでいる。まだどこかからカラスの鳴き声が聞こえた。
早く着いて、早く、早く。そう思いながら歩いていたものの、塔の中に入ってもあまり状況は変わらなかった。やはり外ではカラスが鳴き声を上げているし、明かりが差すこともない。塔の中心にある魔法陣はと言うと、存在はしているものの光を発してはいなかった。四人で魔法陣を取り囲む。クラウの目には僅かな光がともっており、アレクは苛立ったように唇を噛み、フレアは溜め息を吐きたそうな表情で魔法陣を見詰めている。
「もう使われてないから、やっぱりオニキスには会えないのかな……」
「いや、分かんねぇ。ミユ、一回魔法陣の中に入ってみろ」
「うん、分かった」
心配そうなクラウに「大丈夫だよ」と声をかけ、深呼吸をしてから魔法陣の縁を踏む。ところが、魔法陣には何の変化も起きず、その場に立ち尽くすのみだった。
「駄目みたい……」
「オニキスは異世界の神だろ? もしかすると、オレらの動きに気づいてないだけかもしれねぇ」
「そうなのかなぁ」
「もー少し待ってみようぜ」
重苦しい空気が流れる。この場所の雰囲気のせいか、誰も話し出そうとはしない。いつまで待てば良いのだろう。吐きたくなる溜め息を我慢し、その場にしゃがみ込む。それに合わせてか、クラウも私の隣に来ると、座り込んであぐらをかいた。
「アレク、ホントにオニキスは来ると思う?」
「んなもん、使い魔とオニキスを信じるしかないだろ」
クラウの問いかけに、アレクはぶっきらぼうに返す。『信じるしかない』と言われては、反論なんて出来はしない。誰もが黙り込むしかなかった。
ところが、突如として闇を割くように、魔法陣がオーロラ色に輝き出したのだ。オニキスに会えるかもしれない。失望は希望へと変わっていく。慌ててクラウと二人で立ち上がった。
“気づくのが遅くなって済まない。クラウ、魔法陣から離れて”
聞き心地の良い男性の低い声が塔に響く。これがオニキスの声なのだろうか。
「ミユ、気をつけて」
強ばった表情のクラウが後退りする。力強く「うん」と頷いた時には、光が私の身長を越えていたので、クラウの目に映ったかは分からない。そのまま私の身体は光に呑まれていった。
そっと目を開けた──のは良いものの、まだ目を瞑っているのではないか。そんな錯覚を覚えた。四方八方が闇ばかりで、地に足を着いているのかも危うい。言い知れぬ恐怖に、身体が小刻みに震える。まるで心が闇に吸い込まれるかのような感覚だった。
「ミユ」
「きゃっ!」
突然の声に驚いてしまった。辺りを見回してみても、声の主はどこにもいない。
「オニキス?」
「そうだ」
「姿は見せてくれないの?」
オニキスは小さく息を詰める。
「俺のこの姿を見せたら……驚かせてしまいそうだからな。まあ、訳ありだ」
訳ありなら、仕方ないのだろうか。姿を見せてくれるだけでも、まだスティアの神様は親切だと思ってしまう。
「鳥だから?」
「鳥!? 俺が、か?」
オニキスは素っ頓狂な声を上げる。変なことは言っていない筈なのに、この反応は何なのだろう。
「違うの? スティアの神様は皆、鳥の姿してるから。オニキスもそうなのかなぁって」
「あいつら、そんなことして誤魔化してるのか」
オニキスは「はぁ……」と大きな溜め息を吐く。誤魔化すとはどういう意味なのだろう。首を傾げて訝る。
「……いや、余計なことを言ったな。なかったことにしてくれ」
有無を言わせぬ言い方だ。納得は出来ないけれど、相手は神だ。従うしかないのだろう。無理矢理小さく頷いてみせた。
「悪いな、ミユ。それで、おまえらは俺に何を聞きたいんだ?」
「私たちの名前の『デュ』の意味から教えて欲しいの」
「『デュ』の意味……か」
オニキスは「うーむ」と唸り声を上げ始めてしまった。嫌な間が開く。
「済まない、それは俺から教えることは出来ないな。あいつらが頑なに秘密にしたがってるものを、今は部外者の俺が話すことじゃない」
「そんな……」
せっかく、ここまで来たのだから、少しくらい教えてくれてもいいと思うのだ。「む〜……」と唸り声を上げる。
「あははは。ミユはやっぱり……いや、今のも忘れてくれ」
スティアの神様もそうだけれど、オニキスも秘密だらけだ。元はつくものの、仲間だから似た者同士なのかもしれない。
「聞きたいのはそれだけか? それなら塔にいる仲間の元に──」
「ちょっと待って! まだあるの!」
「何だ?」
「使い魔って、オニキスが創り出したんだよね?」
気になることは、一通り聞いておこう。拳を作り、どんな答えが来ても良いように備えてみる。
「そうだが………それがどうした?」
「どうして使い魔を創り出したの?」
オニキスは言葉を探し出すように沈黙してしまった。何かを考えた後、「うん」と意を決したらしい。
「これなら話しても良いだろう。分かった、教えるとしよう。話が長くなるが、良いか?」
コクリと頷いてみせる。きちんと他の三人にも伝えられるように、一字一句聞き逃さないようにしなくては。
「そうか、話すとしよう。遠い昔、俺とオパールがまだスティアの神をしていた頃の話だ。その頃にはもう、既に魔導師も存在していて、魔導師を守る者もいた……筈だった。まさか、裏であんな動きがあったなんてな」
オニキスは「ふぅ……」と、細い息を吐き出す。




