白昼の悪夢Ⅲ
準備も出来ないまま、クラウの部屋の前に来てしまった。息を切らしながら、ノックを三回する。
「クラ──」
「入ってくんな!」
ドアの向こう側から、アレクの怒声が響く。まずはこちらの状況を説明しないと、中には入れてくれないだろう。
「私、地の神様に会ってきたの! それで、クラウの中の闇を光に変える方法を教えてもらったの!」
「嘘じゃないだろうな」
「ホントだよ!」
こんな時に、嘘を吐いてどうするのだろう。必死にドアを睨みつけてみる。
「その方法、ミユやクラウが危ねぇ目に遭う……なんてことはねぇだろーな」
何故、フレアもアレクも私が聞いて欲しくないことを聞いてくるのだろう。
「うん」
一言だけ口にし、頷いた。
鈍い音を立ててドアが開く。険しい黄色の瞳が覗いた。
「……入れ」
唇を噛み締め、部屋に踏み入れる。視線を感じながらアレクの横を通り過ぎると、ベッドの上にクラウの姿を見つけた。こちらに背を向けていて、震えているようでもある。
「クラウ!」
「ミユ……」
その声は弱々しい。
一向にこちらを見ようとしないクラウ目がけて駆け出していた。両手でその身体を包み込む。
「俺……ミユに合わせる顔がない。どんな顔してミユを見たらいいか分からないんだ」
クラウは身体を震わせ、嗚咽を漏らす。
「この手が、ミユを殺そうとした! 俺の、この手が……!」
感情に任せて泣き声を上げる彼が痛々しくて堪らない。気がつけば、私も泣いていた。
「心の闇とか、そんなの関係ない! 俺、なんてことを!」
「もう大丈夫だよ。一人で苦しまないで」
「えっ?」
今度は私が『大丈夫』の魔法をかけてあげる番だ。抱き締めたまま、クラウの胸に手を当てた。背中越しにも眩い光がほとばしっているのが伝わってくる。
「温かい」
ぽつりとクラウが呟いた。私の手に温かくて大きな手が触れる。
照れのせいなのか、寿命がすり減ったせいなのかは分からない。鼓動が若干速まった。
「オマエ、今のは何だ?」
「一日に一回、クラウの中にある心の闇を払えるんだって。これで、今日は胸が痛くなることも、倒れることもないよ」
「じゃあ、なんで水の神はそのことを言わなかったんだ?」
「この方法は、一時凌ぎなだけらしいの」
この頃になって、鼓動はようやく正常に戻っていく。
「根本的な解決にはなってねぇってことだな」
「うん」
残念ながら、今はそういう返答になってしまうだろう。しかし、アレクはふと表情を緩めた。
「オマエらのそんな顔を見てたら、フレアに会いたくなっちまった。とりあえず、安心ってことで良いんだな?」
「うん」
「んじゃ、また後で様子見に来る。それまで思う存分、イチャイチャしてろ」
これもアレクの不器用な思い遣りなのだろう。そう思うと、不思議と怒りは沸いてこない。
アレクは背を向けたままで手を振り、静かにドアを閉める。久しぶりにクラウと二人だけの空間が出来上がった。クラウはゆっくりと振り向き、私を正面から抱き直す。その胸に顔を埋めると、穏やかな鼓動音と体温に、同時に触れられた。まるで陽だまりの中にいるようだ。
「あんなことがあったから、もうミユとは一生会えないだろうって覚悟してた。何より、嫌われただろうし、怖がられるだろうって。自分を殺そうとした相手を許せる筈がないって。カノンがそうだったじゃん? だから、ミユも……」
「クラウのことを嫌うなんて、怖がるなんて、私は絶対にそんなことはしないよ」
「ありがとう」
私を抱く手に力が入る。
「それにしても、神様に教えてもらった方法って、何で一時凌ぎなんだろう。力が枯れちゃうとか……そんな理由なのかな」
口が滑りそうになるのを必死に抑えた。私一人の命だけでは闇を葬れないなんて、寿命を縮めるなんて、口が裂けても言えない。
「う〜ん、分かんないけど……そんな理由なのかなぁ……」
「ミユもはっきりしてないんだね」
上手くはぐらかせたようだ。いつまでも上手く嘘が吐けるとは限らない。今のうちに話題を変えてしまおう。
そうだ、私は王に言われたではないか。世界の根幹に関わることを。みんなに共有する前に、まずはクラウに伝えてみよう。
「私ね、エメラルドの王様に会ってきたの」
「うん。それはフレアから聞いてる」
「それで、王様に言われたの。『愚かな行い』の内容と、他にも色々」
「うん」
クラウが生唾をごくりと呑む音が聞こえた。
「王族の『愚かな行い』は、人の負の感情を星の中央に追いやること。その追いやられた闇が耐え切れなくなって」
「『影』が誕生した」
「そういうことなんだと思う」
クラウは「なるほどね……」と呟き、思考を巡らせているようだ。間を置き、他の情報も開示していく。
「あと、王様は神様には会えないんだって」
「どうして?」
「それは分かんないけど……その時に聞かれたの。『デュ』の名の意味を忘れたのかって」
「『デュ』の名の意味?」
抱かれながら、小さく頷いてみせる。
「俺も分からないな……。でも、カイルたちなら知ってるのかも」
「使い魔が?」
「ほら、使い魔は何千年も、何万年も生きてるからさ」
そうか、その手があった。何か知っていそうな使い魔たちに、直接聞いてみれば良いのだ。
「話してくれるかなぁ」
「聞いてみなきゃ分からない。でも、聞く価値はあると思う」
見上げてみると、ようやくクラウは私を見てくれた。目は腫れているけれど、儚く微笑んでいてくれる。
次の行動は決まった。あとはアレクとフレアにも意見を求めるだけだろう。動き出さなくては、現状は変わらないのだから。




