謁見Ⅱ
料理が出揃ったためか、オズはテーブルを見て何度か頷いた。
「さあ、召し上がってくれ。いつも食べている味だとは思うが、ここまで豪華な食事はそんなに出ないのではないか?」
まるで、私の作法――ううん、ここに来る覚悟を試しているかのような口ぶりだ。テーブルマナーはアリアに叩き込まれた。失敗などしないだろう。
大丈夫、落ち着けば出来る筈だよ。そうクラウが言ってくれているところを想像し、自分を奮起させる。
「いただきます」
言いながら、両手を合わせた。オズはきょとんとした表情をしたけれど、これは日本の作法だ。通させてもらおう。
ナイフとフォークを手に取り、前菜のロールキャベツに切れ込みを入れる。私の動きを確認したのか、オズもナイフに手を伸ばした。食事の合間に、言葉を交わし合う。
「これを『愚かな行い』と呼ぶかどうかは分からないが」
オズは「うーむ」と唸り、再び口を開いた。
「この国……いや、この世界に争いや戦争が起きないのは何故か、考えたことはあるか?」
急に言われても、すぐには回答出来ない。日本も戦争が長い間なかったし、平和ボケをしていたのかもしれない。
唯一、答えられたのはこれだけだった。
「この世界の人々が、平和を愛しているから、じゃないですか?」
オズは首を横に振る。
「それもあるかもしれないが、我々王にはある役目がある。それは……」
私から視線を外し、一呼吸置く。それも一瞬のことで、すぐに瞳は私の目を捉えた。
「民の負の感情……国や他人に対する怒りや不満、それらを排除し、この星の中心へと押しやることだ。そうすることで、平和を維持している」
「星の中心に押しやられた負の感情が溜まりに溜まって、『影』を誕生させた……」
まるで、闇が意思を持っているかのように集まり、圧縮され、形を成した。そういうことなのだろうか。
「そう考えるのが妥当だろう」
衝撃の事実に言葉を失う。ルイスがこの世界を憎むのは当然だったのだ。いらないものとして誕生してしまったのだから。
「じゃあ、その行為を止めることは出来ないんですか? これ以上続けても、余計に危険が増すだけです!」
「いや、それは無理だ。下手をすれば、我々王族の立場が危うくなってしまう。勿論、ミユたち魔導師もただでは済まないだろう」
「そんな……」
これ以上、どうすることも出来ないのだろうか。クラウの影化を止められないのだろうか。あの優しい笑顔が闇に沈むなんて考えられない。考えたくもない。ずっと彼の「大丈夫」という言葉に癒されていたい。それだけなのに。
がくりと肩を落とし、俯くしかなかった。
「申し訳ない。力になれなくて」
「いえ……」
オズが悪い訳ではない。こういった世界形成にしてしまった最初の人物が悪いのだ。そう、自分に言い聞かせる。
「ミユがここへ来たと言うことは、他の魔導師たちも王の元へ行ったのか?」
「はい、風の魔導師が」
「そうか。他の王の返答も、あまり期待しない方が良い。我々一人一人が答えられる問題ではないからな。それよりも」
何かを閃いたのだろうか。オズは、はっと顔を上げて私を見詰めた。
「私たちよりも創造主に話を聞いた方が良いかもしれない。ミユたち魔導師になら出来るだろう?」
「もう行ってきたんです。水の神様には拒絶されただけで、処遇は待て、と」
「そうか……」
名案が尽きたと言わんばかりに、オズは首を横に振る。
「オズ陛下は、神様には会えないんですか?」
「陛下呼びは止めてくれないか? 居心地が悪いからな」
何故、居心地が悪いのだろう。国民には陛下呼びをされている筈なのに。疑問に思いながらも、口にはしなかった。
「すみません。それで、神様には?」
「ああ。残念ながら会えはしないのだ」
同等の権力を持っている筈の王が、私たちとは違って神には会えない。一体、何故――。
考え込んでいると、オズの温和な表情はしかめっ面に変わった。
「ミユたちは忘れてしまったのか? 『デュ』の名を持つ意味を」
「『デュ』の名を持つ意味? ただ、魔導師を表す称号なんじゃないですか?」
私の質問に、オズは首を横に振る。
「代々、王位継承者にだけ、口頭で伝えられているが……知らないのか。ミユたちはそんなことまで忘れてしまったのか?」
魔導師を表す称号――それ以外に何の意味があると言うのだろう。首を傾げてみたところで、答えは浮かんでこない。
「済まない。混乱させてしまったようだね。君たち魔導師が思い出すべきことだから、私は口出しできないが……私たちが神とは会えない理由はそこにある」
デュの名があるからこそ、神に会える。そう捉えて良いのだろうか。ただの称号ではない何かがあると思っても良いのだろうか。オズの瞳は私の心を窺っているようでもある。彼は一呼吸置き、口を開く。
「そうだ。ミユが住んでいた異世界の話でも聞かせてもらえないか?」
何事もなかったように、オズは話を進める。待って欲しい。私には分からないことだらけなのだ。それなのに、話題が移ってしまうなんて。流してしまっても良い話題なのだろうか。頭の中は混乱したままなのだけれど、問い質してみた所で期待通りの答えは返ってこないだろう。




