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広がる不安Ⅰ

 祝福の花火が上がる中で、不安ばかりが広がる。

 今しがた生還を果たしたばかりの私の前世からの恋人――クラウの胸に黒い靄が出現しているのだ。その胸には、呪いかのような六芒星と文字らしきものが描かれた謎の円形の痣も刻印されている。

 彼は顔をしかめて胸に手を当てた。その指の隙間から、更なる靄が吹き出す。

 震える手でクラウの胸のボタンを開け、その痣の状態を確認した。

 黒かった痣が鮮やかな紫に変色している。どうすれば良いのだろう。混乱しきった頭では、思考が追いつかない。


「うっ……!」


 クラウは更に苦しそうな声を上げ、椅子から転げ落ちてしまった。戦いを生き抜いた仲間であるアレクとフレアも駆け寄ってきてくれたけれど、苦渋に満ちた表情をするばかりだ。クラウの金の髪を撫でながら、うろたえる。


「どうすれば良いの!? ねえ、どうしよう!」


「……大丈夫、だから。ミユ、大丈――」


 私を落ち着かせようとした言葉なのだろうか。言い切る前に、クラウの青い瞳は瞼に覆われてしまった。

 何度も私を支えてくれた、彼の『大丈夫』の魔法が解けた瞬間だった。


「いやあぁぁっ!」


 私に死を与え、転生までもを阻止する『呪い』を解くために、死ぬ覚悟までして生還してくれたのに。こんな別れ方はあんまりではないだろうか。溢れんばかりの涙が頬を伝う。

 クラウに縋りつき、身体を揺さぶってみる。それなのに、反応はない。


「ミユ、駄目だよ! 動かさないで!」


 フレアの声に、びくりと肩が震える。

 彼女はクラウの手首を取り、その赤い瞳は時計の針を見詰めた。


「大丈夫、脈は安定してる」


「心臓発作じゃねぇってことだな」


「うん」


「やっぱ、呪い、なのか?」


 アレクも忌々しいものでも見るかのように、黄色の瞳を痣へと向けた。出ていた筈の靄は、空気に溶けてしまったかのように消えている。痣の色も黒く戻っていた。まるで、何もなかったかのように――。

 フレアはクラウの顔へと視線を向け、声を荒らげる。


「こんなとこに寝かせておけないよ」


「あぁ」


 アレクはクラウを背負い、クラウの部屋へと向かう。その後ろをフレアと一緒に、涙を零しながら追った。

 ベッドの中で浮かべる穏やかな寝顔は、私を安心させるどころか、恐怖心を掻き乱してくる。先程は『痣のせいで死ぬことはない』と言ってくれたのに。このまま目覚めなかったらどうしよう。

 アレクはポンポンと私の肩を叩き、クラウを見下ろす。


「こうなったのは、誰でもねぇコイツが決めたことだ。オレはコイツが生きてるだけでも奇跡だと思ってる。勿論、オマエが生きてることもな」


「でも、だからって、こんなこと!」


「あぁ、オレも納得しちゃいねぇ」


 アレクは薄茶の長い前髪を掻き上げ、苦虫を噛み潰したような表情をし、「チッ」と舌打ちをした。


「今はクラウの回復力を信じるしかないよ」


 フレアも潤む瞳でクラウを見詰める。そんな彼女へ、アレクは慈しみの眼差しを向けた。

 数分も経たずに、彼の瞼はゆっくりと開いた。天井を捉えていた視線は、私たちの方へと向く。


「クラウ、良かった……!」


「ミユ……。俺、なんでベッドにいるんだろう」


 掛けられていたタオルを手に持ち、起き上がろうとする。


「駄目だよ! まだ寝てなくちゃ」


 私の声に反応し、クラウの身体からは力が抜けていった。

 アレクは溜め息を吐き、腰に手を当てる。


「オマエ、その痣に心当たりねぇのか?」


「あるよ」


「えっ?」


 クラウが即答するので、驚いてしまった。しかし、振り返って考えてみると分かる。初めて自身の痣を見た時、クラウは「こういうことか」と呟いていた。

 何を知っているのだろう。


「ミユ、大丈夫だよ」


 私の僅かな表情の変化に気づいたのだろう。クラウの優しい声が部屋に響く。


「この痣は……」


 言いながら、右手を胸に当てる。


「この痣は『人の心の闇』を刻んだものらしいんだ」


「心の……闇?」


 聞き返すと、クラウはこくりと頷く。


「オパールっていう異世界の神様に刻まれたんだ。俺が生死の境を彷徨ってる時にね」


「異世界の神様?」


 異世界とは地球のことだろうか。でも、少なくとも私はオパールなんていう神様の名前は聞いたことがない。

 しかも、生死の境を彷徨っている時なんて、夢の中のような話だ。信用は出来るのか分からずに、首を傾げた。

 混乱のさなかにいる中で、クラウは更に続ける。


「まだ二回、胸が傷んだだけだから、確信は持てないけど……。この痣は多分、俺の怒りとか、不安とか、悲しみとか、『負』の感情に反応してると思うんだ。また、アレクに俺を怒らせてもらったら証明は出来るんだろうけど、痛いのは嫌だから」


 苦笑いをし、私たち三人を見比べる。


「この痣を見たら、この世界の……スティアの神様が黙ってないだろうってさ」


「じゃあ、神のところに行ったら、全部白黒ハッキリすんのか?」


「多分ね」


「次の目標は……決まりだな」


 クラウとアレクは頷き合い、私とフレアを見る。まるで、私たちの意見などないかのように。


「目標が決まったのは良いけど、ちゃんと休んでから、だからね?」


 反発するかのように、フレアはウェーブのかかった黒髪を耳にかけながら声を張る。


「そんな暇はないよ。俺がまた『負の感情』を抱いたら、また倒れるかもしれないんだ。明日にでも、神様に会いに行くべきだと思う」


「それは私も賛成出来ないよ」


 流石に、自分の身体のことも考えて欲しい。倒れるかもしれないのなら、その不安材料を取っ払ってしまえば良いだけなのだから。

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