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月影  作者: ショオン
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 僕は生まれつき目が見えない。病気なのか、それともなにかの呪いなのか。詳しいことはなにもわからない。けれど、ただ一つだけわかることがある。月の光だけが、僕の世界を照らしてくれる。そのことだけを僕は知っていた。


 窓から差し込む月光を頼りに、ベッドのそばにある時計を確認する。読み方は最近覚えた。夜の九時、夜遊びに行くには丁度いい時間だ。音を立てぬように窓を開け、慣れた足取りで外へ出る。夏の暑さと湿気が鬱陶しく肌に纏わり付いた。


 見慣れた景色が今日はいつも以上にはっきりとした輪郭で目に映る。どうやら今日は満月らしい。月の光でしか世界を映すことができない僕にとって、その日の月の有無は死活問題だ。新月の夜なんかは怖くて、外出なんてとてもできない。満ちた月に感謝しながら僕は街へと足を進める。時折、雲が月を隠したが、今日の月は雲越しでも歩くのに十分な視界を確保できるほど強い光を注いでくれた。


 夜はまだ始まったばかりであり、街にはまだ多くの人がいた。人々とすれ違うたびに思う。この人達は僕と見てる世界が違うんだ。日が沈む前の世界を知っていて、窓の無い部屋でも夜を明るく過ごせる。そしてそれを当たり前だと思っていて、何の感謝もしていない。羨ましく思うと同時に、そうはなりたくないとも思った。     


 目的もなく街をフラフラと彷徨っていると中古で機械の部品を売っている店の壁に友人が寄りかかっているのを見つけた。どうやら向こうも僕に気づいたらしい。


「お、ヒカルじゃん。今日も俺をデートに誘いに来たのか?」


彼、もしくは彼女はそうやって、いつもの揶揄うような口調で僕に声をかける。半年前、初めて会った時からずっとこの調子だ。


「デートって言い方は嫌だけどだいたいそんな感じ。」


「オッケー。じゃ、今日も一緒に遊びましょ〜。」


よっ、と小さく反動をつけて壁から離れ、そのまま僕の隣に並ぶ。


 博野アキ。僕と同じ十三歳。僕がアキについて知ってるのはそれだけだ。僕はアキの性別も知らない。どうして毎夜街で遊んでいるのか、普段昼間はなにをしてるのか。疑問には思うけど、聞き出そうとは思わない。夜の街では深入りや詮索は野暮なのだ。奇怪な目を持つ僕と友人になってくれたアキに僕はそんなまねはしたくない。


「実はね、今日はヒカルと一緒にしたいことがあってヒカルのこと待ってたんだ。」


アキは話す時、体を大きく動かしながら身振り手振りを使って話す。そのため、腰のあたりまである長い黒髪がわっさわっさと動く。正直、話に集中できない。


「……したいことって?」


「それはまだ内緒。この辺は人通りがあるし、まだ夜が浅いからね。しばらく遊んでから話すよ。」


アキはキャップを深く被って、ニヤッと笑った。


 二人で夜の街を歩く。僕の都合で店の中には入ることができないので出店を中心に回っていく形だ。


「見ろヒカル!!ドーナツの出店がある!!前までなかったよな!!」


「ほんとだ。いつできたんだろうね。」


「店長!!チョコかかってるやつ三つと蜂蜜のやつ二つ!!ヒカルはどうする?」


ドーナツが入ったボックスの中を見ようとするが、どうも位置があまり良くない。店のひさしの陰になっているせいで中を見ることはかなわなかった。


「あー…店長!!蜂蜜のやつもう一個追加で!!」


アキは店員さんからドーナツの袋を受け取ると手際よく会計を済ませる。


「さぁヒカル!!このドーナツを食らいな!!このドーナツは今日の俺の頼み事の報酬ってわけだ!!先払いの方が嬉しいだろ!!」


ドーナツの袋を突き出しながら凄まじく気取ったポーズをするアキ。


「肝心の頼み事の内容をまだ聞いてないし、受けるとも言ってないだろ。」


「どーせ今日も暇で俺を探してたんだろ?なら頼みの一個くらいいいじゃんよ。」


「内容を教えてくれよ…」


信じられないことにアキの五つもあったドーナツはあっという間に消えていた。僕はまだ一口目だというのに。


「ヒカルも大変だよな。月の光でなきゃなんにも見えないなんてよ。」


軽い感じでアキは言う。僕にはその軽さが心地良かった。


 ふと、思い出すのは小学校に通っていた頃のことだ。僕は両親や先生達に月の光だけは見ることができるというのを内緒にしていたので、全盲の生徒として小学校に通っていた。


 同級生はみんな優しかった。いじめられるなんてことは無く、むしろみんな僕のことを気にかけてくれた。だけど、その優しさが僕には重かった。なにも返すことができないのに、みんなの善意を受け取ることが、僕には、すごく、辛かった。


次第に学校を休むようになると、毎日先生が家に来るようになった。誰かにいじめられたのか、なにか辛いことがあったのか。先生の問いに僕は答えることができなった。だって、そんなものはなに一つなかったんだから。あったのは、溺れるくらいの善意と僕のちっぽけな虚栄心だけだった。


 気づけば僕はアキに連れられて、町外れの廃工場群へとやってきていた。夜遊びの中、肝試しだったり、宝探しといった調子で何度かアキと来たことがある場所だった。


「さて、ワタクシの体内時計によれば現在は夜の十一時!!良い子の多くが眠る時間だ。」


「ここなら人気も無いし、そろそろアキの頼みごとを教えてくれてもいいんじゃない。」


「まぁまぁそんなに焦るなよヒカル君」


ふざけるアキだが、どうやら少し緊張してるらしい。夏の暑さだけでは説明できないほどアキは汗をかいていた。


「……あー暑っ」


そう言うとアキはおもむろに着ていたタンクトップを脱ぎ捨てた。


「なっ!?なにしてんだよアキ!?」


アキは笑う。楽しそうに。だけど、その笑顔はどこか引きつっていて、緊張を無理やり羞恥と笑いで押し流そうとするような、そんな笑顔だった。


「なぁに、ヒカルくん?もしかして照れてるの?」


「……お前、全部わざとだろ。」


器用なことに、アキは丁度自分の鎖骨から下が影で見えなくなる位置に立っていた。最初から見せる気などなく、僕をからかおうとしたただけらしい。


「アハハ…ねぇ、ヒカルは、僕がどっちか気にならないの?」


「気にならない…わけじゃないよ。でも…そんなの関係なく僕とアキは友達だろ…」


「ふーん…」


アキの手が下へと伸び、衣擦れの音が聞こえる。自分でも信じられないくらい顔が熱くなったのがわかった。


「アキ!!いい加減にしろよ!!僕が見えないからって悪ふざけがすぎるよ!!」


生まれてから初めてなんじゃ無いかと思うほど大きな声が出た。こんな風に誰かを怒鳴るなんて初めてだ。




「俺はさ、ずっと考えてたんだよ。俺が男だって言ったらヒカルは俺に構ってくれなくなるのかな、俺が女だって言ったら今の関係が崩れるのかな…ってさ…」


「こんな見た目と喋り方じゃどっちかなんてわかんないだろ」


「夜の街じゃ、性別とか性的嗜好とか、皆んなそういうのばっか気にするんだ…」


「だから、どっちかわかんない俺は誰も彼もから煙たがられた…」


「ヒカル、お前は俺にどっちであって欲しいんだ?」


「もし、お前の期待してた方じゃなかったら」


「お前も俺を、見てくれなくなるか…?」




 アキは、僕を見ていた。真っ直ぐな目で、僕を見ていた。アキにあってから半年、今まで見せたことのないアキの一面を、アキの弱さを、僕は見ていた。


 大きく息を吸い込む。廃工場特有の鉄の匂いと夏のぬるい空気が肺に満ちる。そして僕は叫んだ。




「関係ないって!!言っただろ!!」




目を見開くアキを無視して僕は続ける。




「アキは僕の友達で、それに男か女かなんて関係ないよ!!僕はアキがアキだから好きだし、夜はいつだってアキのそばでアキを見続けたい!!」




 距離を詰める。そのままアキを掴み、影の中へ二人で入る。なにも見えない影の中、腕の中にアキを感じる。僕はただ、それだけを意識した。




「ヒカル…」


「なに?」


「もう一個だけ聞いてもいい?」


「いいよ」




突然、金属の冷たい感触が肌に触れる。




「ヒカルは、僕と一緒に死ねる?」 


 

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