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僕の日常

僕は天才だ。

天才であるがゆえに償いきれない大きな罪を犯した。

そして最悪なのがその罪に対して罪悪感を感じていない。

僕が後悔しているのは、家族というものを軽視したことだ。

愛というものが存在すると事態は急に厄介になる。


────


僕は今、都会に住んでいる。

必要なものは歩ける範囲で揃ってしまう。

人に会わずに暮らすことはほぼ不可能だ。


僕はわざと人の多い場所を選んで住んでいる。

人は多ければ多いほど、僕を気にする人はいなくなる。

僕に何かが起きたとしても、誰かがどうにかしてくれるだろうとみんなは考えるだろう。

これだけたくさんの人がいるんだから、と。


そんなわけで僕は今日も目立たずに会社を往復した。

何事もなく家に帰れるとミッションクリアでもしたかのように気分がいい。


マンションの前に宅配業者のトラックをみつけると、僕は急にコンビニに行きたくなる。

そこで興味もない雑誌を手に取り、パラパラとめくる。

そして尿意もないのにトイレに行き、買うものは決まっているのに陳列棚を凝視する。


それでも10分はかからない。

そしてミネラルウォーターを買い、祈る気持ちでマンションの前を見る。

トラックはいなくなっている。

僕は心の中でガッツポーズをキメる。


事故のように急に現れる女神を僕は気合で避けている。

今のところ3度目の事故は起きていない。

僕さえ気をつければ未然に防ぐことは不可能ではないはずだ。


こんなにも僕を揺さぶることができるなんて、もしかしたら空気中に何か噴霧されたのではないだろうか?

僕は不安になった。


先ほどまでいただろう場所、マンションの宅配ボックスの前で僕は試薬を含ませた紙をパタパタとした。

宅配ボックスをきれいな試験紙で拭う。

監視カメラの位置はしっかりおさえている。

僕の不審な行為は映っていないはずだ。


僕は何事もなかったように部屋に戻った。

そして試薬を含ませた方の試験紙をチェックする。

特に毒物らしいものは検出できなかったようだ。

もちろんこんな簡単な試薬に反応しない物も多い。

明日の朝、早めに職場に行って調べることにしよう。

研究室には質量分析計がある。

僕は試験紙を密封してカバンに入れた。


────


早朝の研究室には誰もいなかった。

僕はすぐさま行動に移った。

昨日採取したブツを調べるのだ。

最新式の質量分析計はとても美しい。

僕がいくら天才であろうともこの機械の代わりはできない。


分析には少しの時間が必要だ。

僕はその間に久しぶりに研究室内をチェックした。

毎日のように通っているとはいえ、何者かが僕の正体を探ろうと何かを仕掛けているかもしれない。

今までは既存の監視カメラ以外には何もみつかっていない。

しかし今日は続々と怪しい機器が出てきたのである。


見るからに量販店で仕入れられた一般人向けの機器である。

隠しきれていないカメラにここにあるわけがない三角タップの中に盗聴器があった。

僕は手袋をしていたので持ち帰り指紋採取をしてみることにした。

手早く機器を集め紙袋に入れた。


質量分析計から終了の音が聞こえ、僕は急いで今の検査の記録を機械から抹消した。

結果は印刷されて出てくるのでその記録も削除した。


そろそろ早めに出社してくる人がいるだろう。

僕は照明を消してトイレに向かった。


────


出社記録はごまかせない。

いや、できることはできるのだが、監視カメラの映像も操作しないといけないので面倒である。

だから何か聞かれたら「腹の調子が悪くてスーパー急いで出社した」と言おうと思っている。


トイレの個室でさっきの結果を見た。

人間の皮脂であろうものや、砂埃などにみられる成分、洗剤に使われている成分なんかもみられたが特に異常はなかった。


しかしあのトラックが女神のものかはわからない。

まだ安心はできない。再検査が必要だ。


そうしていつも僕が出社する時間になった。

僕はトイレから出て何食わぬ顔で出社したのだった。


────


退社しようと準備していると、足元にある紙袋に気がついた。

僕は女神のことですっかりコレの存在を忘れていた。

僕は気づかれないようにそっと紙袋を持ち帰った。


家に帰ると僕はシャープの芯を粉々に潰し、機器にふりかけ、透明の梱包テープで指紋を採取した。

専用の器具よりもきれいに取れないがこれでも十分である。


そして僕はそれをスキャンしてデーターベースからその持ち主を探した。

指紋はヒットしなかった。

念のため、FBIのデーターベースでも調べたがそこでもヒットしなかった。


どうやらこの指紋の持ち主は前科者ではないらしい。

こんなにベタベタ指紋をつけるなんてありえない。

もしかしたら販売店でうっかりした店員がつけてしまったのかもしれない。


監視カメラの映像はどこか別にあるようだ。

このカメラにデータを記録する装置はついていない。

どちらも安物であり、遠隔での操作は無理だろう。


なぜこんなものを?

僕を試しているのか?

盗聴器も録音できないタイプだから近くで聞くしかない。

つまり犯人は社内にいる。

範囲からいって同じフロア、もしくは上下のどちらかだろう。


機器の製造番号を調べたところで大量生産された品であり、購入者はわからなかった。

仕方がない。

僕は会社をハッキングして監視カメラを調べることにした。

前回チェックしたのは3日前だ。

それ以降につけられたことになる。


早送りで調べるとすぐにその姿が目に入った。

変装もせず、モロ顔出しをして、手袋もつけずに、その男は機器を設置している。


なんてやつだ!!

ずさんすぎる仕事ぶりに僕は腹がたった。

せめて監視カメラに映らないようにすべきじゃないか。


その男は研究室にはいなかった。

僕は顔をスキャンして会社のデータベースから探した。


『営業部 田所明夫』という男だった。

年齢は48歳、既婚で子なし。

なぜ営業部の営業マンが研究室にカメラを仕掛けるのか。

もしかしてどこかの会社のスパイだろうか?

僕は田所明夫を調べた。

警察のおとり捜査班かもしれない。

愚鈍にみせかける作戦かもしれない。

こちらを油断させたいのかもしれない。

僕は天才だ。

そんなことで僕を騙せると思うなよ。


調べても田所明夫はただの普通の営業マンだった。

普通の男として経歴を詐称しているだけかもしれない。

僕は明日、実際の田所を調べることにした。


────


営業部は上のフロアにある。

僕は会社の前で田所を待ち伏せして同じエレベーターに乗り込んだ。

超小型の盗聴器をスーツのゴミを取ってあげるふりをして襟につけた。


僕は先に降り、ロッカールームに向かった。

耳にはレシーバーが入っていて盗聴した声が聞こえる。

全てはカバンの中のノートパソコンに録音される仕組みだ。


田所は同僚たちに普通に挨拶をして席についたようだ。

「僕は、なんてことを。」

田所はブツブツと独り言を言っている。

パソコンを立ち上げる音がした。

カチカチとキーボードを叩く音が聞こえた。


僕は白衣に着替えていつものように研究室に向かった。

彼はこのクリーンルームの様子を記録していた。

なんのために?


僕は何が欲しかったのかとまわりを見渡した。

高価な機器が並んでいる。

これらを売り飛ばすのは効率的ではないだろう。

ではやはり人か?

それとも研究を盗もうと?


しかしあの程度のカメラでは人の判別くらいしかできないだろう。

手元に何かを持っていたとしてもそれが何なのか正確には判断がつかないと思う。

僕が怪しい行動を取らないか監視していたのか?


ずさんな仕事で機器をみつけさせ、僕を油断させようとしたのか?

それならばもっと見つかりにくい所に真の機器が設置されているかもしれない。


僕は怪しまれないように部屋の隅々をチェックした。

物をわざと落としたり、くしゃみをして変な角度を向いたり。

「日置くん、風邪かね?無理せず休みなさいよ。」

上司は嫌なものでも見るように僕を見た。

変な菌でも撒き散らされたくないのだろう。


どんなに探してもみつからなかった。

僕の考え過ぎか。

僕は白衣を脱いで机に戻った。

こちらの机が並ぶ方にはカメラがなかった。

犯人はあのクリーンルームを狙っている。

田所はといえば、まだパソコンをいじっているようだった。


昼になり、田所は動いた。

なんと僕のいるフロマまでやって来たのである。

直接対決か?

僕は身構えた。やるならかかってこい。


しかし田所は女性に手を振った。

田所さんだ。

僕はハッとした。

同じ名前、夫婦?!仲間?!!

僕は二人を凝視してしまった。

仲良さそうに話をしている二人。

僕を油断させて二人で襲い掛かってくるつもりか?!


僕は表情を変えないよう注意して二人の様子を探った。

二人はそのままエレベーターに乗り込み、下に降りて行った。

『早く行かないとAランチが売り切れちゃうわ。』

『俺はBにしようと思ってるから大丈夫。』

なんだ?暗号か??

AだのBだの何のことだろう。


そして二人は騒がしいところでエレベーターを降りた。

まさか、食堂に?!


『最近帰りが遅いだろう?』

『あぁ、研究がうまく進んでなくてね。もう少し!って思ってるうちに時間だけが過ぎちゃって。ごめんなさいね。』

『いや、いいんだよ。浮気でもしてるんじゃないかって疑ったりしたけどね。』

『何言ってるのよ!そんなわけないでしょう。』

『うん。君が研究している姿ってすごくセクシーだよ。』

『やだ、何言ってるのよ。見たこともないくせに。』

『ふふふ。君と結婚できて僕は幸せだよ。愛しているよ、明子。』

『どうしたの、急に?私も幸せよ。愛しているわ、明夫。』



僕は何を聞かされているんだ。


僕はそっと耳からレシーバーを取った。

ノートパソコンを出して盗聴器の電源をオフにした。


後で盗聴器を回収しに行こう。


────

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