僕が歩むべき道
僕は天才だ。
映像で物事を記憶できる能力がある。
1度見たものは忘れない。
僕の頭の中には膨大なデータが詰まっている。
どうすれば法律に触れて逮捕されるか、そのシュミレーションは飽きるほどにした。
逮捕されないためにありとあらゆる角度で判断して1つの行動をとっている。
1番大事なのは僕が天才であるということを知られてはいけないということだ。
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僕は某有名大学の薬学部を卒業後、ある大手の製薬会社に入社した。
希望だった新薬開発部門に所属でき、順風満帆な生活を送っていた。
しかしある日突然、この地球が瀕死であることに気がついた。
もちろんすぐに爆発して滅亡するだなんて思っていない。
人間の寿命から見れば地球はなんてこともない。
変化があるようにも見えない。
だけど地球からすれば急激に滅亡へと向かっているということに人類はどうやら気がついていない。
地球が誕生して約46億年。
きっと地球は47億年目に突入できないだろう。
僕はそんな壮大なスケールで地球を心配することになった。
稚拙な僕は試行錯誤しながら今思えばそんなことするべきではない悪い事をたくさんした。
もちろんそれについては反省をした。
人に有用な新薬を開発することで少しでも罪を償いたいとは思っている。
そんなこんなで僕は28歳になった。
開発部門ではまだまだ新人の扱いである。
僕が天才であるということは会社の人にも教えていない。
もちろん気がつかれないように、僕は自分の手柄をうまくみんなに分散させている。
一人の成功ではなくチームの成功になるように陰ながら調整していた。
人間関係は良好。
僕は可もなく不可もない立ち位置をキープしていた。
僕の精神が破綻していることに気がつく者はまだいない。
特に僕と個人的につき合いたいと思わせるような趣味は一切持たなかった。
一緒にスポーツ観戦だとか考えるだけでも吐き気がする。
女性とのつき合いも同じだった。
僕とつき合うメリットなど、どこにもないと思わせるのが重要だった。
清潔感だけは心がけ、女性の目に止まらないような地味な服装を心がけ、眼鏡をかけた。
ありがたいことに、この会社には僕くらいの地位の人間を狙うような人はいない。
営業のような花形の職種がいてくれるおかげだ。
こうして僕は地味な、趣味もない、ほとんど特徴もない、人の記憶に残りにくい人間として生きることに成功している。
しかしある種の仕事についている人には僕が特別なように感じでしまっているかもしれない。
それは荷物の配達員だ。
僕は生きていく上でのほとんどをネットオーダーに頼っている。
マンションにある宅配ボックスには僕のものがない日はない。
一時期マンションに苦情が出てしまい、僕は仕方がなく物置を開放してそこに宅配ボックスを置いた。
馴染みの宅配業者の人はまっすぐそちらに行ってくれるようになった。
僕専用なので小さいものなら入れ放題である。
コンビニやスーパーもできるだけ常連客にならないように分散して行くようにしている。
とにかく僕という人間を覚えられないように日々努力していたのである。
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珍しく僕が定時に上がった日に事件は起きた。
僕はいつものようにマンションの宅配ボックスと物置の宅配ボックスをチェックしていた。
たくさんの荷物を物置に置いているエコバックに入れていると後ろから声をかけられた。
「日置様ですか?」
僕は驚いて振り返るとそこには宅配業者の格好をした女性が荷物を持って立っていた。
僕は「はい。」と言ったのか言えてなかったのかわからない。
どうしてかと言うと、僕はその女性から目が離せなかったからである。
「いつもご利用ありがとうございます!」
そう言って彼女は僕に伝票を向けた。
僕は反射的にサインをして荷物を受け取った。
彼女は一礼してすぐに去って行った。
僕は時が止まったかのように動くことができなかった。
しばらくして他の住人が通り、僕は我を取り戻した。
たくさんの荷物を抱えて逃げるように部屋に入った。
5階建てのマンションの1階の角の部屋を僕は借りている。
裏口から近く、何かあってもすぐに外に出られる。
裏口と言っても誰でも出入りできるものではなく、表と同じように鍵がないと入れないし、インターホンもないので住人以外は使えない。
僕は荷物を玄関に置くとすぐに部屋のクローゼットに向かった。
そして奥に置かれたダンボール箱から1冊の外国語で描かれた絵本を取り出した。
この本を見るのは何年ぶりだろうか。
フランス語で描かれたその絵本は主人公の男の子が世界を救うという物語だった。
その主人公を助ける女神がいるのだが、僕はその女神が大好きだった。
挿絵を見てまた時が止まった。
そこにはさっきの女性そっくりの女神がいたのである。
世界には美しい人がたくさんいるが、僕はこの女神のような人に出会ったことはない。
僕の心臓は破裂しそうだった。
僕の女神が僕に荷物を届けてくれたのである。
僕は特別な荷物ではないかと急いでダンボール箱を開封した。
しかし中に入っていたのはトイレのクリーナーシートと冷蔵庫の脱臭剤だった。
僕は女神にこんなものを運ばせてしまったことを後悔した。
改めて伝票を見る。
担当者のところには『神崎真』と書かれていた。
僕はずっと男性だと思っていた。
何度も見たことのある名前だ。
僕はしばらくそのまま思考停止してしまった。
天才である僕が、こんなにも心を乱されてしまうなんて。
もしかしたら僕を狙う闇の団体から送られた刺客かもしれない。
僕を油断させて誘拐したり殺してしまおうなんて考えているかもしれない。
僕は天才なのに、女神が目の前に現れたことに対する結論を出せなかった。
気がつくと窓の外は明るくなっていた。
結局はただの偶然だろうという説が濃厚であると推測した。
僕は疲れきっていたがシャワーを浴びて出社の準備をした。
休むわけにはいかない。
休むと会社で目立ってしまう。
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出社してからも僕の頭には女神がいた。
宅配業者の制服を着て、神々しく宙に浮いているのである。
僕は寝不足で頭がおかしくなってしまったのではないかと思った。
途中で買ってきたエナジードリンクをがぶ飲みして頬を叩き気合を入れた。
「日置がそんなことしてるなんて珍しいな?たまにはサボりながらやってもいいんだぞ。」
上司は眠そうな僕の肩を叩きそう言った。
僕としたことが上司の目を引いてしまった。
そこからはアクビもせずに仕事に集中した。
あっという間に定時になり、僕は同僚たちに混ざり目立たないように退社した。
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もう一度女神に会いたかった。
僕は物置の前で待つことにした。
しかしやってきたのはやる気のない顔をしたひょろひょろの若い男だった。
僕は声をかけられる前にすぐに部屋に入った。
毎日来るわけではなさそうだ。
僕は急いで今までの荷物の配送記録を調べた。
神崎真の名前があるのは月火金曜日に集中していた。
それも日中が多く、昨日の時間はかなりレアケースであるとわかった。
そして僕はあることに気がついてしまった。
これはストーカー行為ではないかと。
彼女の予定を確かめて待ち伏せするようなことは立派なストーカーのすることだ。
僕は天才だから、名前という情報さえあれば彼女の生年月日から生まれ故郷、マイナンバーまでありとあらゆる情報を調べることが可能だろう。
しかし、たとえ大好きだった女神にそっくりな女性が目の前に現れたとしても、そんなことをしていいはずがない。
僕は深呼吸をした。
天才である僕がこんなに心を乱していいわけがない。
落ち着くんだ。
このままでは犯罪者になってしまう。
僕は科学的根拠に基づいた、心を落ち着かせる効果のあるアロマオイルを完璧に調合し、加湿器に垂らした。
目を閉じて深呼吸をした。
植物由来の優しい香りが部屋に充満した。
寝不足だった僕はソファでそのまま眠ってしまった。
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自分のくしゃみで目が覚めた。
時間は朝の5時過ぎである。
僕はスーツを脱ぎ、パジャマに着替えて7時まで二度寝をすることにした。
睡眠を十分に取ったからであろう、僕の精神は以前の状態を取り戻した。
いつものように7時に起きてシャワーを浴び、新聞を読みながらコーヒーを飲んで家を出る。
完璧だった。
僕の野望を悟られないための目立たない生活は完璧にそのペースを取り戻した。
今日は上司も話しかけてこない。
話しかける理由を与えてはいけない。
同僚も忙しそうにしている。
暇な時間を作っておしゃべりの時間を与えてはいけない。
適度に仕事が分配されるように細心の注意を払う。
そしてやっと僕の心に余裕ができた。
さあ、世界を救うために、僕ができることを考えようか。
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