夜明けと再会
リュウガの右の瞳が青白い閃光を放った瞬間、空気が張り詰めたと感じられるほどの凄まじい殺気が周囲を包んだ。
そして、銀色の鈍い光を纏った右腕が変貌していく・・・。皮膚は金属質の様相を呈した黒色となり、表面にはエネルギーの奔流のようなターコイズブルーのラインがいくつも刻まれている。爪や肘にはクリスタル状の突起が形成されている。
さながら、人間の体の部位が戦闘にのみ特化し進化したようであると言うべきか。
(これがリュウガの魔装なの・・・?でもどうして?魔力が一切感じられない・・・。)
怒り狂った魔獣の拳による打擲を、驚異的な跳躍で躱す。
「確かにとんでもねえ奴だな。けどなあ・・・!」
続けざまに口腔から放たれた光弾の連撃を、全て右腕で弾き飛ばす。
「これ以上騒いでもらっちゃ困るんでね!」
魔獣の懐に飛び込み、振りかぶって正拳突きを喰らわせる。衝撃は胴体の中心を正確に射貫いた。
何万倍もの質量差があるにも関わらず、魔獣の体は再び後方へと吹き飛ばされる!
怯む間もなく、再び額の水晶体に悍ましい魔力が蓄えられていく。だが、その機会をリュウガは見逃さなかった。
助走を付け、脚の筋肉に込めた力をバネのように一気に放出し飛び上がる。魔獣の背丈をも超える、おおよそ人間業とは思えない身体能力だ。
魔獣は口腔から最大火力で光線を放つ!否、それよりも一瞬早く――
「星龍穿真拳ッッ!!!」
額の水晶に渾身の拳を打ち込んだ。超硬質化したリュウガの右腕から伝わる、全膂力を込めた穿孔の一撃は、魔獣の額から体内の中心を一直線に伝わり、そして・・・
ガッ、ガアアアアッ・・・!
断末魔と共に、体が中心から四方に散るような大爆発を起こした。拳の衝撃と、行き場を失った体内のエネルギーの逆流には耐えられるはずもなかった。
(嘘・・・、あの魔獣をたった一人で・・・?あのリュウガが?)
子犬程度の温厚な魔獣に恐れおののき、袖を掴んで泣きべそをかいていた思い出の中の幼馴染の姿とは似ても似つかない目の前の光景に理解が追い付かない様子で、ミコトは爆風の余波からその場に体をとどまらせることに必死でいた。砂煙の向こうから、リュウガが走って向かってくるのが見えた。
「ミコトー!無事かー!」
「リュウガー!」
「派手にやりすぎちまったな・・・。まさか厄災級を探ってたら、こんな所でミコトに会えるなんてよ。何があるかわかんねえもんだ―」
言い終わるより早く、
「リュウガ!どこ行ってたの!今まで何してたの!ずっと・・・、ずっと心配で、パパもママもマノンもみんな待ってて、毎日あんたのこと考えちゃって・・・、」
飛びついてきたミコトを、変質を解除した両の腕でリュウガは優しく抱き留めた。
「もう、会えないかと思って。」
「ごめんなミコト、これじゃあ、約束守りに来たってのに、男として失格になっちまうな。」
「ううん、ありがとう、リュウガ。」
――――――
瓦礫の町を朝日が照らす。朝を迎えたようだ。
「はあ、ちょっと本を買いに出かけただけってのに、変な夢でも見てるみたい・・・」
「でもこうやって俺は目の前にいるだろ?ってその足の傷・・・、立てるか?」
「なによこのくらい・・・っ。」
無理して体を起こそうとするが、ケガが原因というよりも、驚いたせいで腰が抜けてしまったのだろう。立ち上がることすらままならない。
「無理すんな。ほらよっ。」
リュウガは造作にもないといったように、ミコトの体を持ち上げ抱きかかえた。
「ちょ、ちょっといきなり!アタシは一人で大丈夫だからっ!」
「ケガしてる女の子を歩かせる男がどこにいるってんだよ。それにここから帰るのはけっこう距離あるんじゃねえのか?」
「それはそうだけど・・・。」
ミコトの戸惑いの原因は別にあった。
(こ、これってお姫様抱っこじゃない!アタシ今リュウガにお姫様抱っこされて・・・!)
「それじゃあ行くぞ!」
ミコトの真意に気付くはずもなく、リュウガは歩き出そうとすると・・・、
「ひゃあん!」
急にミコトが悲鳴を上げた。
「どうした?どこか他にケガでもあるのか?!」
ミコトは顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべてさえいる。
「そうじゃなくて・・・!どっ、どこ触ってんのよーっ!」
リュウガが自分の右手に目を向けると・・・、その掌はミコトの胸をがっしりと掴んでいた・・・。
「わっ悪い!いやほんとに悪気とか無くって!あの頃と何にも変わってねえからつい・・・――――」
「変わってないってどういうことよーーーっ!!!」
ミコトの渾身の平手打ちは、瓦礫と静寂に包まれた街に響き渡った・・・。
――――――――
「そういえば、リュウガはどうしてここに居たの?」
背負われたミコトは、リュウガの顔を後ろからのぞき込むようにして訊ねた。
「いやあ、話すと長くなるんだけどよ。一つは最近どうも調子乗ってるああいうバケモンを懲らしめることだな。」
掌の形に綺麗に腫れあがった頬を気にして、少しモゴモゴとした口調でリュウガは答えた。
「もう一つは?」
「そうだな・・・、差し詰め『俺よりすげえやつに会いに行く』ってとこだな・・・。」
「ぷっ、何よそれ!漫画の主人公でも気取ってるつもりなの?」
「うるせえ!俺はこう見えていつだって本気だぜ!大マジだって!すげえやついっぱいいるんだろ?ミコトが行ってる『学院』ってとこには。」
「それはもうアタシなんかじゃ敵わない友達とか先輩だって大勢いるわよ。でもリュウガが入学する頃にはアタシはもうとっくに卒業してるわね。今から必死になって勉強したってポンコツリュウガには覚えられると思えないし、魔法の実技試験だってあるのよ?」
「何事もやってみなきゃ分かんねえさ、とにかく俺はすげえ魔法使いとバッチバチに戦って、最強の自分を目指す、ただそれだけだ。」
「はいはい、夢は大きい方が人生楽しいもんねー。ま、合格するまでうちに置いてあげてもいいわよ。」
「なっ、それって・・・。」
リュウガの目が途端にキラキラと光り出す。
「つまりよ、雨風しのげる屋根の下で、またふかふかのベッドで寝れるってことか?!」
「な、何よ大げさね。そのくらい当ったり前じゃない。リュウガが帰ってきたって知ったら、きっとマノンだって喜んでご飯を作ってくれるわよ。」
「マノンさんもいるのか!俺なんもお返し出来てねえんだ!うおおおおおっ急いで帰るぞ!」
「ちょっと、そっち逆方向だってばぁー!」
朝焼けの中を、2人は家路へと歩みを速めた・・・。
――――――――
ディアクルス市内、ほんの数刻前、決して遠くはない地で起こった惨劇の様相を少しも感じさせないまま、街は普段通りの経済活動を続けている。少し違う点と言ったら、主要道の各地点に警備兵が配置され検問を行っているくらいだろうか。
地域一帯に張られた強力な魔法結界は魔獣を跳ね除ける防御性だけでなく、内側から発せられる魔力を隠蔽する効力もある。主要な交易都市でもあるディアクルスは、そもそもが外敵に狙われることのない城壁のような都市となっているのだ。
ミコトの「誰かに見られたら困るから」という要望のために、裏道を抜け、ずいぶんと遠回りをして、10の刻を回った頃に2人は帰るべき場所にありつけた。
広大な屋敷が立ち並ぶ閑静な道を進むと、一つの屋敷の門の前に、メイド服を着た人物が落ち着かない様子で辺りを見渡していた。
「ミコトお嬢様・・・、まだお帰りになられないのですか・・・。リュウガお坊ちゃまも、ミコトお嬢様も、私の前からいなくなってしまうなんて・・・。」
「『私はもうどうやって生きていけばいいのでしょうか・・・。』なーんて思ってるんじゃない?」
「お嬢様?!」
マノンがはっと顔を上げると、
「マノンさん、長い間心配かけちまって、本当に申し訳ねえ。って言っても、俺のこと覚えてるわけないよな・・・。背丈も声もずいぶん変わっちまったし。えーと、その、俺は・・・。」
リュウガが言葉を続けるより早く、
「リュウガお坊ちゃま!!」
マノンは駆け寄り、リュウガの体を思いっきり抱きしめる。
「本当に、本当によかった・・・!私はこの日まで生きていられて、お嬢様とお坊ちゃまのメイドでいて、本当に幸せです・・・!お嬢様もお坊ちゃまも、よくぞご無事でいられました・・・!」
涙を流しながら、通行人の目も憚らず、少しも腕の力を緩めようとはしない。
「アタシたちがそんな簡単にどうにかなっちゃうわけないでしょ。ほーんと、いつまで経っても心配性なんだから。」
リュウガに背負われたまま、ミコトが軽口をたたく。
「マノンさん、なんで俺のことすぐに分かって・・・。」
「お坊ちゃまのことを忘れたときなんか、片時もありませんよ。お坊ちゃまは私たちの大切な家族なんですから。ずっと、ずっとお帰りをお待ちしておりました・・・。」
「ありがとう、マノンさん。俺もやっと面と向かって言えるよ。」
屋敷の玄関のドアを開き、3人は中へと踏み入れる。初めて踏み入れる場所。そして何よりも懐かしい3人の居場所。
「ただいま。」




