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『魔獣狩り』の男

 どうやら三人は目当ての品にありつけたようだ。コーヒーグラスを囲いながら、勉強会(と呼ぶにはいささか砕けすぎた内容の会話だろう)が始まった。


「えーっと、まず、人類は自然界に存在するエネルギーを『魔法』、『科学』、それと『気力』っていう、三つの要素から取り込んで利用し始めた。ユーディア大陸を含めた周辺諸大陸では科学よりも魔法が台頭し、科学は現在では一部の魔導具にその基礎技術を残す程度となった。紀元前の英雄達は気力を身に付け、多くの民を圧倒的な力によって従えたとされる。だが気力は発現するまでに長期間の修行を有し、なおかつ本人の精神力をエネルギーに転換するため非効率とされ、やがて伝承が失われていき、現代では断絶状態となった。はぁ。」


 ルミナリアは息継ぎをして続ける。


「魔戒歴68年に行われた禁忌の実験『始原典礼』によって大陸中央部に出現した大魔石塔から供給される莫大な魔力によって、ユーディア大陸に産まれたものは全員が先天的に魔法を得るようになり…。」


「それまだ5ページのところじゃない。がんばれー。」


「あのさー、こんなの覚えて何になるわけ?歴史どころかお話の世界に足突っ込んじゃってるレベルじゃん。この『気力』なんてもんに至っては本当にあったかどうかも分かってないんでしょ?」


「今じゃないけど、いつか役に立つかもしれない。それが勉強なんだよルミちゃん。」


――――――


「はぁー疲れたー。今日はこんなもんでいいよねー。」


  慣れない活字との格闘を終え、ルミナリアは気怠げな伸びをする。


「やっぱ勉強なんてするもんじゃないわー。頭が爆発しちゃったらどーすんのって…。あっ、また『魔獣狩り』が出たんだって。しかもバラヌの街の外れって、ここから20キロも離れてないよ。」


 ルミナリアは携帯型結晶端末『ヴィット』を覗きながら呟く。掌に収まるサイズのカードのような形をしたそれは、元来「音を遠方に伝達する魔法」を軍用の通信機として魔導具に応用したものだが、より複雑な情報や映像なども伝達する機能が備わり、現代人の生活には欠かせないアイテムとなっている。微弱な魔力さえあれば、誰でも起動できるのだ。


「厄災級の魔獣を一人で狩ってるって噂のあれでしょ?本当ならすごいけど、そう易々と厄災級なんて出てくるわけじゃないし、第一、誰だかも分かってないんでしょ?」


 ミコトはあくまでも冷静に、いや、ほとんど信じていないといった様子で、本日3つ目のミルクレープを頬張りながら呟く。


「でもバッチリ写真にも写ってるんだって。ほらこれ。」


 ヴィットの画面には、倒された魔獣の傍らに佇む人影が拡大して写し出された。灰色のローブを被った背の高い青年らしき人物である。遠方から写したものであるため、画像が荒すぎて顔までは見えない。隠し撮りのようだ。


「この人が近くに来たってことは、魔獣がディアクルスの近くにも来るかもしれない、ってことですよねえ・・・。」


 シャロンは少し怯えた感じでストローを吸う。


「それこそこの『魔獣狩り』さんがなんとかしてくれるんじゃないの。それに、ウチら腐ってもディアクルスの生徒なんだよ?こんなすっとろいデカブツなんてウチらがかかれば魔法で一発だって!」


「『腐っても』って、赤点ばっかのアンタと私たち一緒なわけぇ~?」


「えっ、ああ、あの、あはは違うんだってミコ。言葉のあやっていうかなんて言うか!そう!なんでも言い合える仲っていうか、それほど深い友情でつながれた仲間っていうか~。」


「もういっぺん言ってみろー!誰のおかげで勉強会やることになったんじゃー!」


「やめて!ひいい、許して!グリグリだけはやめてえええ。」


「・・・。」


ニュース記事に目を通しながら、シャロンは何かを疑問に思ったようだ。


「でも不思議ですよねえ。この人が魔獣をやっつけたあと、一切魔法の痕跡が残ってないんだって。厄災級の魔獣をやっつけるには相当の魔力がいるから、現場に残留魔力が残されててもいいはずなんですが。」


「一点特化で急所を狙う魔法とか、魔獣の体内に直接影響を及ぼすタイプの魔法とかってこと?」


話題が移り、ルミナリアはやっとミコトによるこめかみのグリグリ攻撃から解放された。


「いいえ、魔獣の体内からも一切の魔力が検知できなかったそうです。それにこのサイズの魔獣を狩れるくらいの魔導士なら、王立軍にスカウトされてるか、とっくに世間に名が知れ渡っているはずです。」


 一切の魔力の痕跡が無い、つまりその人物は魔法を用いずに、しかし何らかの方法で確かに厄災級を倒したのだ。




 魔法を使わない、いや使えない人物。この大陸において、普通は該当するはずも無かろうが、ミコトは知っている。脳裏に、再びあの少年の顔が、声が浮かび上がる。


(魔法が使えなくたって、ぼくがいつかミコトを守ってやるんだからな!)


「リュウガ・・・。まさかね。」


 二人にも聞こえないほどの声を口の中で呟いたあと、小さく首を振る。あり得ないことだ。自分の馬鹿げた想像を払うように、ふっと息をついた。




「にしてもすげーヤツもいるもんだなあ。ソイツ、さっき勉強した『気力』なんて使えたりするんじゃね?」


「自作自演という線もありますが、こんなのを手懐けられる物好きはまずいないでしょうし、魔獣には常に魔力を与え続けなければいけないですからねぇ。自然界の魔力均衡が乱れて、こんなのが出てくるようになってしまったかと。」


 結論など出るはずもなく、話題は自然とドラマや映画、アイドルの話などに移っていった・・・。


――――――


「んじゃお会計・・・って、ミコそれ何人分食べたの?」


 ミコトの正面には、うず高く積まれたケーキやお菓子の皿。


「おっ、お菓子は別腹だからいいの!それにほら、いっぱい食べないと大きくなれないって言うじゃない!」


 ミコトはやや羨望の眼差しといった感じでルミナリアを見上げる。


「ん~どこが大きくなりたいのミコちゃん~。ここ!それともここ?」


「ひゃっ!やめて!ああっそこ弱いからぁ~!」


「うりゃうりゃ~。ちっちゃいネコちゃんみたいでとってもかわいいでしゅね~。」


 涙目になるほど、ミコトの体をあちこちくすぐり回す。立派なセクハラ行為である・・・。


「ふふっ、どんなミコトちゃんも素敵ですよ・・・。あっ、お会計は一人ずつで。」


「えっ。」


 シャロンの声に、てっきり割り勘になると思っていたミコトはその場で凍り付いた・・・。


――――――


 3人はその場で別れ、カフェを後にした。


 ミコトはメイドの待つ自宅へ、シャロンは学院内の寮へ、ルミナリアはアパートメントへとそれぞれの帰路をたどって行く。


「この道はちょっと怖いですけど、近道ならやむを得ませんね。」


 シャロンは学院への近道である、ディアクルスの歓楽街を通り抜けることにした。酒場や賭博場、夜職の店舗が立ち並ぶその地区は、お世辞にも治安が良いとは言えない。だが彼女は幾度もこの道を利用し、トラブルに巻き込まれる経験も無かった。普段と変わらず、今日も大丈夫と思ったのだろう。


(怖いお兄さんたちと、なるべく目を合わせないように・・・。)


 シャロンは失礼の無いよう、細心の注意を払いながら道をゆく。この手の場所にたむろするような輩の思考を読むことは難しく、どこにスイッチがあって急に難癖を付けてくるか分からないのだ。シャロンのような優等生で思慮深い人間からしたら、およそ理解の及ばない連中だろう。


 道の向こうから5人組の男がやってくる。体格は良いが、服の隙間からタトゥーをちらつかせ、ジャラジャラしたゴールドを見せびらかすように全身に身に着けている。


 息をひそめて歩く。20メートル、10メートル、5メートル。すれ違う瞬間、


(えっ、なんでこっちに寄ってきて・・・)


 ドンッ。


「うわっ、いってーな!どこ見て歩いてんだ姉ちゃんよお!あーこりゃ骨折れちまったかもなあ・・・。」


「わっ、私そんな、ちょっと肩が当たっただけですし、それにお兄さんの方からこっちに寄ってきて・・・」


「アニキに重傷負わせといて謝罪も無いどころか言い訳だぁ?いい度胸してんじゃねえか姉ちゃんよ!」


これまたガラの悪い取り巻きの男が囃し立てる。


「本当なら今すぐ慰謝料たんまり請求したいところだが、俺はそんなに薄情な男じゃないんでね。どうだい姉ちゃん、あのお店なんかでバイトすればすーぐに俺の慰謝料くらいは稼げるぜ?」


 男の目線の先はいかにもと言った感じの夜の店である。こうして通行人を脅し、有り金をごっそり持っていくのが手口だ。


(どうしよう・・・。逃げないと・・・。助けてって、周りの人に知らせないと・・・。)


 恐怖で頭が真っ白になる。彼女の魔法の実力なら、男たちを退治することは十分可能であろう。だが、今の彼女は魔法どころか、その場から一歩動くことさえ出来ない。


(私ってばいつもこうだ・・・。勉強だけしかしてなくて、肝心なときには何も出来なくて、みんなの足を引っ張ってばっかりで、臆病者で・・・。)


「返事がおせーぞ姉ちゃん!アニキが待ちくたびれてるだろうが!」


「こんな言葉知ってるかい?沈黙は肯定って言ってね。悪いようにはしないからさ・・・。」


 男はシャロンの腕を掴み強引に連れ去ろうとする。

 しかし、シャロンに触れる寸前、横から別の手がそれを掴んだ。


「だっ、誰だオメエは!」


「俺は確かに見た。この人は真っすぐ道を歩いてきた。わざとぶつかったのはお前達だろう?」


 声の主は、灰色をしたボロボロのローブをまとった、背の高い人物であった。フードで顔はよく見えないが、声の感じからしてまだ青年といった風である。


「ああ?何だテメエ?汚え身なりで俺に触ってんじゃねえぞ!」


「女の前だからってカッコつけてんのかあ?」


「やっちまいましょうぜアニキ!」


 男達は刃物を取り出し、一斉にこちらへ襲いかかってくる。


「そんな!私に構わず逃げて!」


「危ないですよ。下がっててください!」


 ローブの男は、襲い掛かるナイフを手で弾き、がら空きになった胴に拳を叩き込む。後ろから隙を狙う男の顎に、振り向きざまに回し蹴りを喰らわせる。


 一瞬だった。


 ローブの男に傷一つ与えられず、5人は気を失い地面に這いつくばっていた。


「あの!ありがとうございます!なんてお礼したらいいのか・・・。」


「見送りましょうか?」


「はっはい!」



 シャロンは歓楽街を抜け、学院のそばまでやってきた。


「本当にありがとうございます!ここまで来ればもう大丈夫なので。あの、お礼がしたいので、お名前だけでも・・・。」


「それじゃ、気を付けて。」


 お辞儀から顔を上げたシャロンの目前からは、ローブの男は幻のように姿を消していた。


 

 申し訳なさと感謝の気持ちが入り混じった心を抱えながら、シャロンは寮の自室に戻り、ルーティンとなっている自宅学習に取り組む。しかし何かが引っかかって集中できない。


(あの人、どこかで・・・。そういえば。)


 先ほどのカフェでの会話を思いだす。ヴィットを起動し、ニュース記事を確かめる。

 『魔獣狩り』の青年。画像は荒かったものの、ローブの色や背格好などは見覚えがある。


「あの人、こうやって誰かを助けたくて闘ってるのかな・・・。次に会ったら、ちゃんとお礼できるように・・・。」


 決意を固め、シャロンはようやく本腰を入れて勉強を開始した。

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