ディアクルスの放課後
幼馴染と交わした、遠い日の約束。
「ぼっ、ぼくが、絶対に、いつか、ミコトを守ってやるからな!」
「はいはーい、いつかあたしが困ってるときはソッコーで助けに来てねー、リュウガくーん。」
「そっ、そんな・・・。からかうなよ!ぼくは本気だって!魔法が使えなくたって、いつか立派になって・・・。約束だからな!これは!男の約束だ!!」
あれが別れ際の最後の会話だったっけ。もう10年くらい経つのかな。
焦土と化したゼダリの街。
空を覆いつくす程の巨大な龍型魔獣。
一人立ち向かう少女は絶望した。
黒曜石の如き妖しい光を放つその鱗に、通じなかった。渾身の魔法が。灼熱の炎が。全ての力が。
万象を喰らい尽くすその顎から、ミコトの眼前に放たれる閃光。
―――助けて、リュウガ―――
1
王立ディアクルス教導学院。特に優れた魔導士を育成するこの学院には、ルーツ王国内のみならず、ユーディア大陸中から生徒がやって来る。
学力、魔法の実技共に王国内ではトップクラスを誇る学院は、王都ディアクルスの一角を占めるほどの広大な敷地を持ち、遠方からやってきた生徒が暮らす寮や、運動場、魔法決闘場、魔力を高めるための修行を行う森林地帯や魔導石の調査、精錬を行う研究機関などが一体となった最高級の設備を備える。
石造りの聖堂を思わせるような建築様式の学舎には100年を超える歴史がある。コケや蔦などがところどころに見られる、一見するとただの古びた学舎だが、内部は最新の建築に修繕が繰り返され、生徒が学習する最適な環境が整えられている。
夕刻4時、学院のベルが鳴る。放課の合図だ。
三々五々、生徒たちは校門を出て歩き出す。王立の進学校とは言えど、やはり生徒たちの意識は年相応のようで、余暇にはディアクルスの市街に娯楽や買い物のために繰り出すのだ。
楸美命も一般生徒の例に漏れず、友人二人を連れだって街に繰り出す。彼女も己の持つ魔法に磨きをかけるため辺境の村からはるばる学院にやってきた生徒の一人だ。17歳の少女としてはあまりにも小柄と言うべきだろうか。顔にはあどけなさを残し、深紅に燃えるような美しい髪はツインテールに整えてある。その髪型とあまりに平坦な体型も相まって、より幼さを際立たせている。中等部か、いや下手したら初等部の女の子に間違えられそうである。というか、普段着でいると実際に間違えられたことは多々ある。
「マジ!今回のテストこそちゃんと勉強するから!ノート貸してミコ!」
「ルミナリアってばもしかしてまた赤点?まったく、ちょっとは自分で頑張ってみなさいよ。」
「そこをなんとかー、ミコトちゃん、いやミコトさん、ミコト様ぁ!」
「どんだけおだててもだめなものはだーめ。」
傍らの一人の少女、ルミナリアと呼ばれた彼女は、金髪をサイドテールに結び、化粧、ネイル共にばっちりキメており、学院指定のスカートの丈を学則違反ギリギリまで短くした、いかにもギャルといった様相をしている。さらに、ミコトとは比べ物にならないほどの高身長、まさに完璧と言うべき抜群のスタイル。だが、学業の方は完璧とはいかず、少々手こずっているらしい。
「シャロっち~今の聞いた~?ちょっとミコ厳しすぎない?シャロっちならノート貸してくれるよね!」
「ちょっとルミ、いくらシャロンが優しいからって。」
「ルミちゃん、勉強っていうのは、何度も間違って、自分で正解を導き出せるようになってこそ、意味があるものなんだよ。」
「ハイ。」
「確かにノートを貸してあげれば、ルミちゃんはきっと次のテストでそれなりの点を取れるはずです。でもそれは勉強って言えるの?本当に、ルミちゃんに知識が身に着くの?」
「イイエ。」
「信じてたよ、ルミちゃんなら分かってくれるって。ほら、ミコちゃんと一緒に勉強会だよ。結果が全てじゃないんだからね。本当に大事なのは・・・」
このおっとりとした喋り方の少女はシャロンである。ミディアムロングの黒髪を三つ編みハーフアップでまとめ、黒縁の大きなラウンド型メガネを付けた、いかにも真面目な優等生といった格好だ。身長はというとミコトよりもさらに一回り小さいが、その体型、とりわけ胸は、身長に見合わないほどのグラマラスさである。
「さっすがシャロン。言いたい事全部言ってくれるんだから。ほーら、これで二対一ね!」
「ミコもシャロっちも厳しすぎるって~。ウチらの仲じゃん?困ってる哀れな友達を助けると思ってさー。あっそーだ、シャロっち、今度購買のかめパンおごってあげるから、1個で一教科ずつ貸すってのはどう?」
「か、かめさんメロンパン・・・。これはやむを得ません。まずは魔法理論の歴史から・・・。」
「簡単に買収されすぎでしょ・・・。」
呆れかえるミコト。
ふと遠方の雑踏に目をやる。
一人一人の顔までは見えない。だからこそ、浮かんできた疑念はぬぐえない。
(リュウガ・・・、じゃないよね。そうだよね。きっとあんな顔じゃないもん。それに、いくらあたしがここにいるからって、わざわざ探しになんて・・・。)
「ミコ、おーい。ミコったら。」
「ふえっ⁈」
「ミコったらボーっとしちゃって。もしかして、またあの『幼馴染くん』のこと考えてたんじゃないのぉ~?会いに来てくれるかなー、迎えに来てくれるかなーなんて思っちゃったりして。」
「なんだかロマンチックだねぇ。二人の距離は遠くても、どれだけ月日が経ってても、お互いを思う気持ちが通じ合えば――なんてね。」
「ちょっ、ちょっと、そんなんじゃないんだから!約束は約束だけど、あたしとリュウガは、本当に同い年の友達みたいなのだけだったし!それに、アイツ男のくせに頼りなくて、なよなよで、へなちょこで、あたしがいないと何にもできない弱虫で、守ってやるとか言ってたくせに・・・。それに・・・。」
「そーゆー気持ちが好きってことなの!」
「うんうん。」
「それに・・・。」
か細い声を絞り出す。
「その・・・、いろいろあって。今でもちゃんと生きてるか分からなくって。」
それなりの期間付き合ってきたはずの友人から初めて聞く事実に、ルミナリアとシャロンは何かを察した。今まで言わなかったこと。そして詳細を語らないこと。それ以上踏み込むのはまずいと。そして、からかったことに対する後悔が押し寄せる。
しばし訪れる沈黙。だが、この空気を作り出した責任がまるで自分にあるかのように、ミコトが堰を切ったように話し出す。
「あははーごめんね・・・。暗い話しちゃって。そんな顔しないでって!ほら、早く行かないと、カルムカフェの新しいフラッペ売り切れちゃうって!」
「やっべ、駄弁り過ぎた!ダッシュだシャロっち!」
「ふっ、二人は先行ってて!後で追いつくからぁ――・・・。」
辛気臭い雰囲気はそこに置き去りにするように、三人はカフェへの道を各々の出せる全力で駆け出した。