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常軌を逸脱し始めているのはわかっていた。だが俺は丸薬の作用で会える甘夏に夢中になっていた。試しにコールガールを呼んで丸薬を試して見たが幻覚は起きなかった。おそらく百に対してだけ作用を及ぼすものである。
二匹目を倒したその日の内に俺は狩りの準備を整えた。恐ろしく頭が回る感覚がある。今まで見た百の体はどれも人間の体を流用したものである。単純に人間を拘束する方法にアレンジを加えることにした。まず、癇癪玉がいつまでも通用するとは思えなかったので、酩酊させることにした。といって相手の口に酒を注ぎ込むのは現実的ではない。古くからある物語には酒で異形のものを酔わせる手法が多々あるが、どれも相手の趣向に合わせただけで実現不可能に思えた。
注射でアルコールを注入するとどうなるか調べると、結構な確率で死に至ると知った。坊主は確か、死んでいようが生きていようが花を摘み取って食べれば良いと言っていた。ならば死んでいる方が楽である。だが、切り刻んだり、五体不満足な状態にして食事するのはさすがに躊躇われる。
他にもいくつか道具を揃えた。相手からは目立たないようにヒップバッグに入れて、片手で取り出せるように配置し、何度も取り出す練習をした。
警察を呼んだらたぶん百は現れない。それどころか、あの廃村にたどり着けるか疑問である。村に入る手前の集落に立ち寄り、家のインターフォンを鳴らす。家の造りは古いが、要所に現代的な機器が取り付けられているので、少なくとも新たな百が出迎えることはなさそうだと当たりをつけた。
現れたのは若い女だった。ラフな格好で現れた女は、怪訝な目つきで俺をみた。
「何か」
「この先の山間を抜けた先にある集落についてお訊きしてもよろしいですか」
「山の向こうにはいかないから知らない」
「では、何か噂のようなものはお聞き及びではありませんか」
女は腕を組んで思案顔を浮かべた。
「たぶん、ただの噂だと思うけれど、昔はよく神隠しがあったとか」
その神隠しにより、最終的に村人全員がいなくなったとかいう話だった。
「それはいつ頃の話ですか」
「祖母に聞いた話なんで、何十年も前の話だと思います。でも実際はただ人が減って廃村になっただけだと母が言っていました」
現実的な解釈があるおかげで信憑性があった。ゆえにこれ以上は新しい情報は求められないと思い、辞去しようとする刹那に女は言った。
「でも数年前に学生の集団が乗り込んできた時があってーー、おそらく長期休暇を利用してキャンプの真似事をするためだと思います。廃村だからと無断で家屋に寝泊まりするつもりだったんでしょう。オカルト的な興味もあったのかもしれません」
「どうなりましたか」
「山を越えない限り、あの村は行き止りです。一本道しかありません。でも村を出て行く姿は誰も見ていません」
「行方不明ですか。ならば家族から捜索願いが出されたらすぐにでも」
「いえ、捜索隊は来ませんでした」女は遮るように言った。「近所の人も、きっとあえて山越えをしたんだろうということで話がつきました」
話は以上です、と女は言った。
俺は礼を言って、謝礼として五千円札を相手に渡した。女は露骨に嬉しそうにして、何か訊きたいことがあればまた寄ってくれと言った。
このような過程を経て、俺は百姓姿の百に対面した。