8
次の日には最初から百がいた。昨日の民家の庭先で非現実的な姿を晒して俺を待っていた。この百には目があった。
「よお」と百は言った。
百の体は畑仕事の途中の百姓にみえた。
「ここで俺が警察を呼んだら、あんたはどうするんだ」
異形の首が傾げて、腕を組んだ。
「あまり食い過ぎても胃もたれになりそうだからな」
異形ではあっても不死ではないし、急な物音に驚くと失神するというのに随分と余裕だなと思った。
「最近の警察は割とすぐに引き金を引くぜ」
「らしいな」俺の嫌味もどこ吹く風で百は言った。「知ってるか。この辺は携帯電話の電波が届かないんだ。走って警察を呼ぶつもりならハーフマラソンくらいの距離は覚悟した方がいい」
その距離ならばすでに俺の住む町に入る。冗談だろうが、近くに交番がないのは確かだ。
「質問がある」
「何だ」
「この辺りの住人はどこに行った。お前らが全員食ったのか」
「何の話だ。よく分からんな。夢でも見ているんじゃないか」
百は心底馬鹿にし切ったように言った。仕草はそうでも表情がないので腹は立たない。子供が悪い大人の真似をするようなものだ。
腹は立たないがこれ以上の情報が引き出せそうにもない。俺は癇癪玉を地面に叩きつけた。
「何の真似だ」百は屁の河童という塩梅で地面を見た。「もしかしてこんなもので勝てると思っ」
百が言い終わる前に体当たりをした。
ズボンのポケットから玩具の手錠を取り出し、倒れた百の両手に嵌めた。異形の顔はやたらと大きいので顎を押し上げると簡単に視界を制限できる。馬乗りになったままヒップバッグに用意した注射を首すじに差し込む。スピリタスが上手く血管に伝う感覚はあったが、筋肉注射になる可能性もあった。人間ならば死に至る可能性が高い方法だが、案の定、百は朦朧としただけであった。
どう見ても今の百の体は中年男性であった。早々に坊主からもらった丸薬を飲み込んだ。