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宵闇にまぎれた人影は心なしか小さい。
境内に舞い降りると即座に切子は言った。
「待ちかねた」
「坊主は?」と宗右衛門は問いかける。
「死にそうになったから私の体に取り込んだ」そう言って切子は首筋の刺青を指差した。「だが、ほぼ相打ちに出来たから、最後は私がとどめを刺した」
境内の至る所に百の屍があたった。一際大きい屍はたぶん虎もどきのものだろうと式は当たりをつけた。
「この場合はどうなるの」式は初めて見る切子の姿に、婆ちゃんを若くして凛々しくした姿であると感動を覚えながら訊いた。そもそも生き残った者が女王の婿になるのだから、女性であるとルールの落とし所が不明になる。
「食われるのさ、女王に」切子は何の感情も込めずに言った。「そして交配によらず単為生殖で増える。前回、他の世界で蠱毒の壺を成功させた女王もそうだった。だが、あまり多くは出来ない。有性生殖の方が爆発的に増える」
「食われるのは雄であっても同じなんだ」と隣で宗右衛門が説明した。「出産は分裂より体力を使うらしい」
「知ってたの」式は宗右衛門の表情を覗き込みながら言った。「食べられちゃうんだよ、婆ちゃんに」
宗右衛門は困ったように笑って頷いた。
「私は子を成し、その瞬間にこの世界は終わりを告げる」甘夏は言った。
「何を言っているの」式は見知ったはずの身内から初めて”世界“という言葉を聞いて動揺を隠せずに言った。
「たくさん生まれるから、たぶん人類だけではなく他の生物も食べ尽くされる。これまでの百は単為生殖しかできなかった。蠱毒の壺を行うほど、百が増えなかったからね。百の歴史上二度目にしてやっと蠱毒の壺を成功できた。一度目は他の世界で成功したがその世界は滅んだ」
甘夏の羽は常に薄い光を放っている。その光はまるで蛍のようで儚げであったが、式は途端にその光を恐ろしく感じた。
「じゃあ、私のしてきた事って」
ごめんね、と甘夏は呟いた。「あなたもまた私の受胎のためだけに生きてきたの」
甘夏は宗右衛門に振り返り、両手を広げて言った。
「さあ、やっと私たちは結ばれるの」
次の瞬間、甘夏の背中から刃物が突き出した。下ろした両の羽に血が伝わり地面まで流れた。