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5袋 君のパワーは10万N《ニュートン》(マチに告ぐ直ちに変身せよ)

マチは、鏡子を救うべくマッチョンに変身するのであった。

◆だが、既にマチは走っている。

 溢れる思いを力に換えて、猛然と走っている。


 もちろん家に戻って”プロテインX”を服飲し、マッチョンに変身する為にだ。


 相手が、天敵であろうが、筋肉注射であろうが今のマチには関係ない。

(マチは、天敵と点滴を間違った)


 苦しんでいる姿を黙って見ていられる程、図太い神経はしていない。

 精々、シュミレーションで転んだ振りをして、相手に非を作るのが精一杯である(?)


 早くマッチョンに変身しなくては。

 早く鏡子を助けなくては・・・くやしいが鏡子の彼氏も一緒に・・・。


 マチの正義の心がアスファルトを蹴り、風を切る。

 マチの走り去った後には、つむじ風が舞い、草木がなびく。

 そして、花びらが舞い、犬が吠える。

 

 マチが全速力で、家に戻る中間点をやや過ぎた辺りであった。

 一生懸命走るマチを、物凄い勢いで追い抜く小さな影がある。


(えっ、誰だ?)


 背泳のバサロの様に影だけを見せて、いきなりマチの2m位先に浮かび上がってきた。


 誰だ!

 その影の正体は?

 正義の使者かそれとも、非なる者か。


 逆光の中、唖然とするマチに背を向けた姿が次第に顕になってきた。


 その姿は?


 何と!

 小さなマッチョンサポーター、美乳の菜茅であった。


 いつものおっとりとした態度からはとても考えられない、回転の速いフットワークと板バネの様な鋭いキックで、地上を駆け抜ける。


 マチも決して脚が遅い方ではない。

 それなのに、積んでいるエンジンが”おまえのとは違う”と言わんばかりの物凄い一気の加速で、マチを抜き去り、今、マチの目の前で勇猛に風を切り裂いている。


 普段のトロさが、演技ではないかと思えてしまう素早さである。


(くそ~なっちんめ、おっとり症候群だったか!)


 ここ2~30年前から未だに若い女性に根強く受け継がれている

 (おっとり = 可愛い)

 ”おっとり”をベースとしている症候群だ。


 何の躊躇いもなくおっとりを実践する”偽者おっとり人間大集合”かと思うと、マチは無性に騙されたと言う気持ちにショックを隠せない。


 社会で演技をして許されるのは、役者と営業マンだけだと思っているマチには、余りに身近過ぎる裏切りであった。


 それでも、(多分)懐が広いマチは、

(まーいいか、これから接し方を変えよう。素早い行動を要求してやろ~っと)

 そう思い、いとも簡単に自分を納得させることに成功した。


 実は、余計なことに血液を回している余裕は無かったのだ。とっても急いでいるのだ。



 そんなマチが、息をきらし自宅に到着した時には、おっとり症候群の菜茅は笑顔で出迎えてくれた。


「お帰りなさ~い」


 あれだけの全力疾走で、息も切らさずにおっとりとした口調を維持出来ていることが、マチの気にやや障った。

(くそ~、何って言う心肺能力なんだ!)

 

 イラッとした。

 その瞬間、頭が働いた。

(いつか、なっちんに”プロテインX”を治験してみよう。正義の為に!)


 そう思うと、マチの脳裏に”なっちょん”の姿が浮かび上がり不覚にも”ニンマリ”とした顔になってしまう。


 しかし、マチの嫉妬と企みとは裏腹に、菜茅はそんな難しいこと等は一切考えていない。

 本能に忠実だ。


「マッチンどうしたんですか。早くマッチョンに変身して下さい」 

 菜茅は既に才色兼備茶を用意している素早さを見せている。

 しかも程良く冷えているのである。


 これには、走った後のマチには堪らない。早く飲みたくなってしまう。

 それを受け取ると、自分の部屋に行き、真っ赤な財布から”プロテインX”を1袋取り出し、封を切る。


 毎回真一文字に切れる切り目は、今日も見事に美しい。

 マチは、それを、満足げに眺めると頷いた。


「うん、今日も縁起がいい」


 そして、“彩色兼備茶”300mLのペットボトルに内容物を入れると、シャッフルだ。

 泡立つ。


 が、そこでマチは気が付いた。

 今のところ何の熱い心もないのである。菜茅への嫉妬ぐらいでは変身出来るとは思えない。


 どうしよう、このままでは、マッチョンに変身出来ない。

 鏡子を救うことは出来ない!

 

 マッチン、危うしだ。

 いや、マチは危うくない。

 危ういのは鏡子である。

 

 この際、しょうがない。

 鏡子の日頃の行いに怒りを立て心を熱くするしかない。

 マチは鏡子相手であれば、何時でも何処でも幾らでも怒ることが出来る。


 助ける相手を怒ることに対して矛盾を感じながらも、日頃の素行の悪さに対しあれこれと回想を始めた。

 いや、あれこれは必要なかった。

 存在自体に腹が立つ。そう、あの”焼きそばパン事件”以来ず~っとだ。

「悪の鏡子を、悪の鏡子を正義の心で・・・」

 マチは怒りは瞬時に頂点に達した。すると、


「何で、鏡子を助けなければならないんだ!」


 マチは段々助けに行くのが面倒になって来た。

 しかし、程よく冷えた才色兼備茶の魔力には引き付けられる。


「マッチン」

 そこに菜茅が呼んだ。甘い声だ。

 心地よいおっとり口調。


 本当はマチも、おっとりが好きなのである。

 好きなのだが、周囲を気にし過ぎのマチの性格が邪魔をして、素直に表現することが出来ないのである。

 その為、実は俊敏であった菜茅がいとも簡単に”おっとり口調”を使いこなすのがショックなのであった。


 マチが鏡子への怒りも薄れ、気持ち良く笑顔で振り向く。

「ん?、な~・・・」

「・・・に」

 と、マチが口を閉じるよりも素早く、よ~く”プロテインX”がシャッフルされた才色兼備茶300mLペットボトルの口を、菜茅はマチの口に押し込んだ。

 

 そして、マチを押さえつけ顎を持ち上げると、程よく冷えた才色兼備茶の魔力には勝てやしない。


「ばっぢん、ごぼごぼ、や~べで~ゴボゴボ」

 と言いながらも、進んで喉を潤してしまう。


 普段、表面上隠していた菜茅のせっかちな性格が出てしまう。

 一気に飲ませようとしてしまう。

 

 華奢な体とは言え、4歳上の菜茅のパワーは侮れなかった。

 菜茅の容赦の無い行動に抵抗が出来ず、口元からお茶がこぼれ出す。

 マチは、結構な息苦しさを感じる。

 今度の怒りの矛先は菜茅である。


「あっ、マッチンごめんなさい」

 菜茅は、マチの様子に気づき慌てて手を放した。


「なっちんを正義の心で、成敗しなけ・・・」

 と、マチが真っ赤顔をして怒鳴った瞬間、身体も赤みを帯びて来た。


 途端!

 心の熱き正義感が血流に溶け込み、猛スピードで全身を駆け巡る。


「ま、まずい!」

 学習能力の無さに頭が痛くなってくる。

 が、しかし、今は、私服だ脱ぐのも簡単。


 あっという間に、2枚で980円パンティー1枚に。

 今の衣装の総額は490円だ。


 グwwォーン


 両肩、腕、胸が、そして、お尻とお腹に太腿が・・・。

 全身が心地よく締め付けられ、そして、ずしりとした重量感を感じる。

 

 体は心地よく軽い。


 ざ、ざーン。


 体中に漲るパワー。

 少々熱苦しいが、”絶快感”

 変 身!

 

 左手を斜め前45度に掲げ、指先までピント伸ばす。右手は肘から曲げ、左手と平行に。両足は軽く膝を曲げ、しっかり安定させたポーズを取る。  

 

 マッチョン推参 Oh、Yey! 

 \(・Δ・)/『横書きのみ対応』



 今日は衣類に被害がなし。

 いや、あった。490円が伸び切っている。

 これは必要経費で、菜茅に落としてもろう。

 マチはそう思った。


 菜茅は、既に何処から用意したのか青いポリバケツに、マチの脱いだ衣服を既に詰めていた。

 これまた何処で用意したのか、覆面型の毛糸の帽子を後ろから強引に被せてくる。


 工場のライン作業の様に素早い行動だ!


 続いて、毛糸のマフラーをふんどしの様にマチの腰に締めると、マチは引き締まった大臀筋を力強く叩かれた。

 

「パチン」と小気味良い音が部屋の中を響き渡る。

 関取がお腹をたたく音が、両国国技館に響き渡る様にだ。


 すると、その後には甘い頬ずりが待っていた。


 嫌味な位にすべすべな頬が、マッチョンに変身したマチの大腿二頭筋をまさぐる様に良く動く。


 すべすべな感触が、帰って悪寒が走る程に気色が悪い。

 気色悪さが燃料となり、青いポリバケツをぶら下げたマッチョンロケットが二階の窓から発射された。

 

 屋根伝いに現場に直行だ!


 - 約7.5秒後 - 


 現場に到着。


 改めて、マッチョン推参!!


 現場から最寄の民家の屋根でいつもの決めのポーズを取るが、あいにく誰も気付いていない。

 夜道で、転んだ時に照れ笑いをして後ろを振り向いた時に誰もいなかった時の様に恥ずかしい。(例えが長い)

 

 もしかしたら、本当は人気が無いのではないかと心配しながら、とぼとぼと遠慮がちに

 マッチョん、チョん、チョん。

 と、3歩で車の脇まで降りると、歓声が上がった。


 マチは、喜びにもう一度ポーズを取ろうと思ったがそんな状況ではない。


 体勢が悪く体に負担が掛かっている様だ。

 一刻の猶予もない状況だ。


 しかし、ここからどうするかだ。 

 取り敢えず青いポリバケツを地面に置くと、ドアを引き抜こうとしたが後から追いかけて来た”ナッチョン”いや、菜茅がマッチョンに静止を掛けた。


「マッチョン駄目~。もっと車が潰れるかもしれない。キリンさんの首を持ち上げて~」


 マチは、首を縦に振ると、分ったとばかりにクレーンの先を持ち上げに掛かった。


 数十センチ持ち上がれば、車を押し出すことが、出来るのだ。


 マチはクレーンの首の下に入ると、力一杯持ち上げにかかる。

 体がきしむ程に重い。


 マチは全力で持ち上げ様とした。

 だが、鋼鉄のキリンの首は、軽く揺れる程度でびくともしない。


 鏡子の苦しそうな声が耳に響いてくる。


 くそ~、マッチョンのパワーってこんな程度なのか、銃弾を弾き返した体はこの程度のものだったのか!


 マチの心には、自問の言葉が反響していた・・・。

 

 <つづく>

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