5袋 君のパワーは10万N《ニュートン》(鏡子の悲しい過去)
クレーン車の下敷きになって、助けを求めている鏡子には、悲しい過去があった。
◆中学時代の麻美鏡子はヤンキーだった。
それは、周りの子達よりも、いち早くバイクに乗る男性に憧れを持った結果が、偶然にも、そちらに向かってしまっただけの結果であった。
よって、外見と中身は違っていた。
内に秘めるものは何を隠そう、実はヒーローお宅なのであったのだ。
彼女は、その中でもバイクに乗って現れる「ご免ライダー」シリーズが大好きであった。
もちろん、ヤンキー仲間とは、その話題を共有することは出来ない。
恥ずかしくて口に出せないだけではない、きっと、そんなことを口走ったらバカにされて仲間外れにされてしまう。
気の弱い彼女はそう思い、ひたすらヒーロー好きを隠していた。
彼女は、偶に家に遊びに来る友達の手前、自分の部屋にグッズを置くことさえも出来なかったので、そのストレスは次第に貯まっていったのである。
ヤンキー仲間がトイレで煙を立てている中、彼女はトイレに隠れて変身ポーズを取るのが精一杯のレジスタンスであった(矛先は不明であるが・・・)。
ところが、彼女が中学を卒業して、高校生になる時に父親の転勤で引っ越すことが決まったのだ。
彼女はここが人生の転機だと思った。
当然の様に別れは辛い、仲間とは熱い別れになった。
しかし、それを差し引いても余りある喜びが待っているのである。
”ヤンキーを捨てて、ヒーローお宅に専念できる”のだ。
彼女には、喜びを胸の中に押し込め、仲間との熱い別れの時を演じ?いや、別れを惜しみ終わると、解放の時が待っていた。
「今日から、ヒーローと共に人生を歩むんだ~」
ヤンキーを捨てた彼女は、抑えきれない興奮を抱えて、援交親父達のヒロイン”花の女子高校生”に変身を遂げた。
「今度は、ヒーローお宅の友達を作るんだ」
そう思い、期待を膨らませ、入学式に挑んだその日である。
早速校門であからさまにヒーロー好きを披露している大胆な娘を発見した。
(いた~!)
彼女は、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時の気持ちが理解できた気がした。
彼女は、その娘の天真爛漫さと、純真無垢さ(後で大きな誤りだったことに気付く)の行動に惹かれ何とか近づこうと考えた。
すると、教室に入って驚いたことには、何と彼女は同じクラスであった。
その娘は、周りの娘達が全く知らない人ばかりにも関らず、入学早々”ヒーロー一人芝居”を演じては、良くも悪くも注目を浴びている。
カバンには、三つ葉葵の印籠を付け、消しゴムまでにもヒーローのキャラクターが描かれているのだ。
その娘は輝いていた。
少なくても、彼女にはそう映った。
その娘は、自分の表現を知っていた。
少なくても、彼女にはそう見えた。
日々、彼女を目で追う内に、次第にその子は彼女の憧れ(ヒーローお宅のカリスマ)になっていた。
その娘の名は伊藤真知と言った。
しかし、マチのオッピロゲな姿は、意志表現の下手な鏡子には雲の上の存在、とても敷居が高くて会話すら出来ないでいた。
ところが、1か月後、ついにチャンスは訪れた。
学校の購買で、偶然にも「最後の焼きそばパン」1個の争いをすることになったのだ。
偶然にも同じタイミングで購買に来てしまったのである。
焼きそばパンと言えば、鏡子のヤンキー仲間では特別な物であった。
言わば、食物界のヒーローである。
鏡子には、マチの眼の色から、マチにとっても昼食界のヒーローであることが容易に理解できた。
それは、同じものを愛するもの同士であるから分り合えるものである。
と、少なくても鏡子は信じていた。
鏡子はマチと同じヒーローを共有出来たことが嬉しかった。
ちょっと近づけた気がして来た。
その時、鏡子は良い考えが脳裏を掠めた。
ここで、マチにこの最後の焼きそばパンを譲れば、きっとヒーロー仲間になれるのではないか。そう思った。
焼きそばパンは明日でも食べることが出来る。しかし、マチとの”今日という日”は、二度と廻っては来ない。そう考えたのである。
内向的な鏡子ではあるがフルパワーの勇気を振り絞った。
そして、「マチに焼きそばパンは、譲るよ」そう言おうと硬い口元が僅かに動き始めたところであった。
そこに思わぬ邪魔が入ってしまった。
「公平にジャンケンで決めよう。そうしよう。後腐れなしでさ」
購買のおばちゃんの余計な一言が、鏡子の描いた世界平和の構想を邪魔をするのである。
「おばちゃん、それが一番公平だね。きっと”見て肛門様”もそう言うと思うの」
それにマチも乗ってしまったのだ。
自己表現の下手な鏡子は自然とその流れに乗ってしまうより他なかった。
しかし、鏡子はそれでもジャンケンに勝ちさえすれば、焼きそばパンを譲ることが出来る。万が一負けたとしても、気持ち良く笑顔で譲れば、話すきっかけ位にはなる。
そう考えた。
さして問題では無い。と思った。
これが甘かった。
二人が、ジャンケンの構えを取る。
マチは、「最初は」と言う。
鏡子は、「ジャンケン」と言う。
始まり方が違ったのだ。
鏡子も、微かにハモらなかったのには気付いたが、動き出した列車は止まらなかった。
マチは、「グー」と言い、当然拳を握る。
鏡子は、「ポン」と言い、手を開いた。
ここで、列車は急停止をした。
この勝負をどう捉えて良いか、審判の購買のおばちゃんにも分らない。
”ぴゅー”と、購買に木枯らしが吹いた。ような気がした。
が、ここでマチが切り出した。
口調はヒーローになり切っている。
「たかがジャンケンとは言え、ルールを決めなかったのお互いの落ち度は五分と五部。その中で麻美さん、あなたが勝ったのだから、あなたの勝ち。私は、メロンパンで我慢するよ。それがさだめと言うもの」
過程は違うが、鏡子の思惑通りにことは運んだ。
ここで焼きそばパンをマチに譲れば良いのである。
「いいんだ。伊藤さんが食べてよ。私は・・・、私は焼きそばパンでなければならないってことじゃないの」
鏡子は俯きながら、決まったと思った。
購買のおばちゃんも”美しい物を見た”と言う顔をしている。
鏡子は、一瞬痺れた。
しかし、マチに取っても、一度引き下がってから、しゃしゃり出て焼きそばパンを買うなんてことは、ヒーローとしての否、ヒロインとしてのプライドが許さない。
「これは、あなたのもの。私はメロンパンを食べる運命なの。メロンプリンセスもそう言っているわ」
愛おしそうに焼きそばパンを手に取り、鏡子に渡すのだった。
「いや、これはもう、あなたに譲ったものだから」
そう言って、マチに返す。
「うんん、有難うでも、・・・・」
「いやいや・・・」
「そんなことないわ・・・」
「・・・」
「・・・」
「いや、それは受け取れないの・・・」
きりが無かった。
余りにも終始ヒーローになり切った口調にイラっと来てしまった鏡子はついにヤンキー口調で、
「あんたのだよ。とっとと、買って戻りな。・・・その、いちいちヒーロー口調なのがうざいんだよ」
と、言ってしまった。
ついには喧嘩になり、あげくの果てには、マチが渡した焼きそばパンを鏡子が受け取らなかった為に床に落としてしまった。
それを、後から購買に来た他の娘に踏まれてしまったのである。
結局、焼きそばパンの代金は二人で折半することになってしまった。
それからと言うもの、鏡子にとってマチは可愛さ余って憎さ百倍。
あからさまにヒーローお宅に成れるマチを、妬む様になって行ったのである。
マチにとっても、鏡子は頑固で偏屈なアンチヒーロー女になってしまった。
こうして、二人の仲は修復できないものになったのである。
結局またもや、鏡子は学校でヒーロー好きを名乗れなくなってしまった。
それでも、鏡子は一人、家ではれっきとしたヒーローお宅としてフィギュアや、ポースターを飾り、マグカップまでも「ご免ライダー」シリーズのキャラクター物を愛用するようになった。
特に今回の「Sorry」のグッズは大好きだ。
そんなことがあって、マチのヒーロー一人芝居は、時々鏡子の嘲笑の対象になるのである。
◆昨日も・・・
今回の「ご免ライダー」の「Soory」の主役がかっこいいとか、変身ポーズが痺れるとかズキン(友達の瑞希)と話していた。
鏡子は何時ものように、「また、始まったよ、お子ちゃまのお遊びが・・・」と、マチが架空に憧れることを子供であると、否定してくるのである。
挙句には、”一生彼氏も出来ない”とか、”バージンのままお婆ちゃんになる”とか、教室中に聞こえる声で言っては、高笑いしてくるのである。
もう慣れっこになっているマチは、心で「この、やりマン女」と言うが、表向きはガン無視で、みんなに変身ポーズを披露していた。
マチは思うのである。
どうせ、相手は単品である。仲間がいる訳ではない。
少なくても学校では、私よりもよっぽど孤独である。
(世の中、数の多い方が勝つに決まっている!)これはマチの座右の銘だ。
たとえ喧嘩で負けても、マチの論理ではその後に部がある。
マチはそう睨んでいた。
マチには余裕があった。
マチは、
「ご免ライダー・変身・トォー」
と高さ20cmばかりの教壇からジャンプをする。
それをズキンが盛り立てる。
「ソーリー、助けて~」
そこから、始まる一人芝居に周りの娘達が、キャッキャと喜んでいる。
それが面白くない鏡子は、一人芝居でマチが通り掛かった時にサッと足を出した。
鏡子は、マチを転ばす気は、さらさらなかった。
ちょっとチョッカイを出しただけで足を引っこめるつもりだった。
いや、実際引っ込めた。
しかし、マチは、そ~っと転んで。派手にコケた。
彼女から手を?いや、足を出してくるのをマチはずっと待っていた。
もちろん。転んだのはシミュレーションである。
マチにとっては、鴨がねぎを背負って、ダシ昆布まで加えて、やって来た様なものである。
お返しとばかりに、軽く”アイアンスペシャルローリングキック”をお見舞いしてやった。
もちろん本人にではない、鏡子のカバンにだ。
一応ヒーローである。
「ざまあ味噌汁だ!」
マチは器用にも小声で叫んだ。
「うるさい2枚で980円の特売パンティーめ」
不器用な鏡子は、呟いた。
マチのキックの際に、鏡子はマチのパンティーが見えていた。
マチの履いていたのは、女子高生としては珍しい、高校の最寄りの駅前のスパー”正油ストアー”の衣料品売り場で、毎日特売で売っている素朴なパンティーであった。
なぜ知っているかは、鏡子も持っているからである。
鏡子は、内心、マチに怪我がなくて安心した。
張り合う元気をなくした、彼女は、そのままカバンを拾って家に帰って行った。
そして今日、鏡子は学校を休んだのだ。・・・。
学校を休みがちであるとは言え。
<つづく>