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4袋 正義の不審者(具体的に憂いあり)

銀行強盗 対 マッチョン その結末は?


◆銀行強盗一味は、表口のシャッターを全て締め、周りが異変に気付く前に素早くお金を盗み通用口から逃げる予定でいた。

 通用口には、逃走用の車を待機させている。

 シャッターが閉まり始めるのを合図として10分以内に、現金を盗み逃走する計画であった。

 10分以内であれば、警報さえ押されなければ、警察は間に合わないと踏んでいたからである。

 全ての警報を押されないような手筈を整えていた。


 一味が、行動を開始し、シャッターを閉めたのは、15時50分の閉店10分前である。

 閉店が10分早かったことで、不思議がる人はいても、警察に通報はしないと踏んでいたのである。


 ところが、内部の音を聞かれないようにと、犯人一味の一人がATM側の入口も閉めてしまった。

 そこに、偶々私服警官がお金をおろしに来たのである。

 21時まで営業しているはずのATMが閉まっていることに腹を立て、いや、不審に思い通用口に回ったところで、中の異様さに気がついたのである。

 

 そして今、犯人一味は、銀行の中に立て篭もり状態である。


◆マチ(マッチョン)は、静かにゆっくりとトイレの入り口のドアを開け、外の様子を伺った。

 廊下には、誰もいない。

 しかし、犯人一味の荒々しい声がマチの耳にも響いてくる。


 外も騒がしくなって来た。

 白黒のツートンの車が何台も止まり、拡声器で、なにやら叫んでいる。


 マッチョンでいられるのは、最大15分である。

 悠長に考えている暇はない、まずは、ホール入口まで行こうと、マチはトイレを出た。

 白い毛糸のマフラーを腰から靡かせ、左手には青いポリバケツをぶら下げた状態で、廊下を駆けた。

 駆け抜けてしまった。


 銀行の窓口が並ぶホールまでの廊下は短かった。ほんの数メートルである。

 マチは、その距離をマッチョンのパワーで駆けたものだから、気がついた時にはホールの中央付近まで飛び出していた。


「行き過ぎた~」

 と、叫びたいところを必至に言葉を飲み込んだ。

 マチは、左右をキョロキョロと見回す。


 ホールの片隅に20数人のお客さんと行員が、手首を縛られ押しやられている。

 その前には、先の長い鉄砲(ライフル銃)を持った男1と、ナイフを持った女の二人が見張っている。

 その前には、恐らくお金がびっしりと詰められているだろう、パンパンの大きな黒い鞄が二つある。

 さらに、窓際には、人質を縦に外の様子を伺う男が二人。一人は、やはりライフル銃を持っている。


 風の様にホールに飛び出した半裸のマッチョ男(本当は女性だが)を見て、犯人一味は驚きで犯人同士で互いの顔を見合せている。

 直ぐに言葉も出ない。


 捕らえられている行員や、お客さん達も唖然として口をポカッと開けて固まっている。


(まずい、これ、どうしよう~)

 と思った時には、既に遅い。


 マチに2丁のライフル銃が向けられている。

 しかし、幾ら犯人でもそんな簡単に人を撃つことは出来ない。

 ライフル銃を持った犯人二人が、互いに牽制しあっている。


 そこに、危険と感じたマチは、顔だけを手に持つ青いポリバケツに隠し、横からそっと覗く。

 その、奇妙な様子に犯人一味も唖然とし時間が止まる。

 

 - 数秒の沈黙 -


「誰だ、お前は!」

 我に帰った犯人一味の一人が、声を発した。


 誰だと言われたマチは、反射的にテレビのヒーロー番組で、颯爽と登場するヒーローのシーンが頭を過った。

 ここから先は、ヒーローお宅としての本領を発揮する。

 毎日の様に自分の部屋で一人芝居をしている。その成果を披露する時なのだ。


 マチのヒーローデビュー公演が始まった。

 極力男らしい太い声で御託を並べる。


「一つ、ひとより力持ち。二つ、不束者ふつつかものでございます。三つ、身から出た錆びだよね。」


 マチは、歌舞伎役者の様にポーズを取り、さらに続ける。


「他人の金で裕福な生活をしようなんて、何て了見だ!真面目に働け、この悪党共め!、悪を戒め、弱気を助けるご存じマッチョン推参」


 マチは、左手に青いポリバケツを持ったまま斜め前45度に掲げ、指先までピント伸ばす。右手は肘から曲げ、左手と平行に。両足は軽く膝を曲げ、しっかり安定させたポーズを決めた。


 (決まった!)そして、


「トォー」


 跳んだ。


 マチが、人質を見張っている男女の前に向って飛ぶと、マチも驚く見事な跳躍力で、一っ跳びで図った様に犯人の真前へ。


 犯人も驚いたが、マチが一番驚いた。


「キャッ」と黄色い声を思わず上げてしまった。

(やっば~、聞かれてしまったかナ?聞かれていない訳がないよね~)とそろっと、周りを見回すと、とにかくみんな固まったままである。


 マチは、その瞬間咄嗟に猿の真似をして、誤魔化していた。

「キャッツキャ、キャッツキャ」

 と暴れ出す。


 そして、呆気にとられている男のライフル銃の先を掴むと、意外と柔らかそうである。

 ちょっと捻ってみた。

 すると、いとも簡単にUの字に曲がる。

 感触が気持ち良い。


 それで、マチは一気に気分が良くなり、ヒーロー”マッチョン”になり切る。

 Uの字に曲がったライフル銃を床に投げ捨て、男の両腕を掴み、もう一人の女の方に放り投げた。

 女は、ナイフを落とし、二人は抱き合うように床に転げる。

 マチは、それを見てちょっと感じたが、左右に首を振り直ぐに思い直す。


 すかさず、マチは、数人の縛られている手首の紐を、親指と人差し指の2本指で摘まむと、紐はいとも簡単に擦り切れる。


 マチは、男女二人の首根っこをネコの様に摘み上げ、後は両手の自由になった人質達に任せる。


 残りは、窓際にいる二人だ。人質一人にライフル銃を向けて、マチの方を伺う。

 それでも、マチが二人の男に一歩一歩近付くと、今度は、マチに猟銃を向けて来た。

 が、気分の高揚しているマチは、ヒーローになり切っている。

 それに、付きつけられている猟銃に対し、今一現実感が無かった。

 

 迂闊であった。

 安易であった。


「バン」「バン」


 調子に乗ったマチに対し向けられた銃口は、大きな音を立てて火を噴いた。

 銃弾は、マチの胸に向って飛んで来た。


 危ない!


 しかし、マッチョンに変身したマチには、銃弾が蝶々が羽を広げ、ひらりと飛んでくる様に優雅に見える。

 マチは、銃弾を右手の親指と人差し指の2本の指で挟み取った。

 その摘み取った銃弾をマチが眺めていると、もう一つ放たれた銃弾がマチの左乳首のやや下を襲ってきた。


 危し、マッチョン!


 声を出す暇も無かった。

 銃弾は確実に胸を捕らえた。


 確かに捕らえたのだ。


 捕らえたのだが、その銃弾は、マチの胸に少し食い込んだが、大胸筋に弾き返され、ぽとりと床に落ちた。

 マチは床に落ちた銃弾を眺める。

 犯人も眺める。

 そして、そこにいる全て人が眺める。


 マチは、銃弾の当たった左胸を恐る恐る見てみた。

 左乳首の3cm程下が、ちょっと赤くはなっているだけである。


 しかし、それを見たマチは、怒りに震えた。

 マチは、胸には自信がない。そう、微かに膨らんでいるだけだからである。だが、乳首には自信を持っている。

 小さく、奇麗な球状。それでいて滑らかで、薄いピンク色である。


 当然、乳首は筋肉では無い。

 当たれば、木端微塵にあんるはずである。

 そう思うと、マチの怒りは頂点に達した。


 後は、あっと言うまの出来事だった。

 解放された人質の活躍もあって、あっと言う間に犯人達は、お縄になっていまった。


 ホール内は、歓喜の渦に包まれた。

 マッチョンコールの嵐の中、マチはカウンターに飛び乗り様々なポーズを取る。


 上腕二頭筋を強調する”ダブルバイセップスフロント”。魅力ある逆三角形のシルエット。


 身体の厚みを強調する”サイドチェスト”


 背中の筋肉と、”マッチョン”と浮き出た文字を強調する”ダブルバイセップス・バック”背中の筋肉の凸凹が小腸の様にうねって見える。

 マッチョンの文字も読みずらい。


 etc.


 祭りの様な騒ぎの中、中の様子を勘違いした、警察が正面のシャッターを壊し、窓ガラスを割り、遅ればせながら突入して来た。

 そして、どう見ても歓喜の輪の中心でヒーローとして扱われているマチを、外見から不審人物と思い、数人の警察が襲いかかろうとする。

 中の様子から、犯人と間違えた訳ではない。

 不審者としての判断である。

 

「マッチョン逃げて」

 異様な雰囲気を感じ取った女性行員が、叫んだ。

 マッチョンを後ろに背負って守ろうとする行員とお客さん達。

 それを突き破ろうと進む警察。

 既に縄で縛られている犯人を全く無視をした変な構図が出来上がった。

 

 そのもみ合いの中、マチは警察の頭を跳び越え、外に脱出した。

 マッチョンの残り時間は、もうそんなに無いのである。


 警察は踵を返して追いかけてくる。

 マチは、逃げる。青いポリバケツを左手に持ったまま、


「なんで~」


 マッチョンが真剣に走ると、自動車並に速い。

 三段跳びの様な歩幅で、車道を走る。


 マチの行く先に見慣れたグレーの地味な軽自動車が止まっている。

(ラッキー、なっちんの車だ!)


 バックミラー越しにマッチョンが走って来るのを見つけたなっちんは、

 急発進で、飛び出した。


「何で、何で、行っちゃうの~」

 マチの希望を根絶するかの様な、なっちんの行動。


 そんなことはないのだ。なっちんは考えていた。

 ここで、マッチョンを乗せると後が厄介である。

 なっちんは、窓から大声で叫ぶ。


「マッチン、次の道を右に曲がって裏通りを左に曲がって~」


 急発信すしたグレーの軽自動車は、黄色信号を突き破り、一方通行を逆行をし、目的地へ急ぐ。

 マチも軽やかな脚で警察から逃げる。

 そして、マチが左折した先にグレーの軽自動車の後部ドアが口を開けて待っている。

 マチは、そこに飛び込んだ!

 なっちんは、血走った目で急発進する。

 一方通行で、足踏みをするパトカーを残し、グレーの軽自動車は夕暮れの街を駆け抜けて行った。


◆夕方のワイドショーの実況リポートが、偶々銀行の近くに来ていた。

 リポータが、銀行強盗に気付いたおかげで、この一部始終を銀行の窓越しに遠巻きながらぼんやりと生中継していたのである。

 なっちんは、それを見ていたのだ。

 テレビの画面からマッチョンの様な影を一瞬捉えたなっちんは、居ても立ってもいられず、車を飛ばして待機していたのである。

 

 <つづく>

 

 

 

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