6袋 背中からこんにちわ(白黒ショー)
白いスーツの男が現れる。更にその後ろに・・・。
◆さて、あのカップルは
カップルのメッカとまで呼ばれる亀之頭公園がある。
毎日多くのカップルが、人目を憚らず自由を弄んでいる。
その背中を押すのは、多くの草木と、絶妙な配置に設置されたベンチにあるのかもしれない。
互いをうまい具合に隔て、個室感覚を醸し出しているのだ。空が見え、爽やかな空気も感じ、なによりて無料ときている。
先程、池に掛かる橋の真ん中で”奇怪な声”を聞いてしまったカップルも、やはりそのベンチの一つで心身共に隙間ない接触に勤しんでいる。
二人の性なる熱は自家発電を続け、今や臨界点も近い。
腰に回した男性の左手は、恣意的に重力を重んじ次第に下方に落ちて行き、女性もまた重力を自然の恩恵と受け止め、腰を浮かせ許容状態にある。
それでも、一応言葉だけは淑女を装うのが世の慣習と決まっている。
「ダ~メッ、こんなとこで♡」
「みんな、やってるから大丈夫だよ」
「また、変な声が聞こえたらどうするの♡」
「結局、何も起こらなかったじゃん。なんか高くて声も明るかったしさ」
「でも、もう一つの低い方の声は気味悪かったよ。小さくて余りよく聞こえなかったけど」
「低い声?そんな声したっけ?」
「したよー」
「じゃあ、ハモってたんだ。全然聞こえなかったけど」
会話を適当に流しながら男性の唇は女性の右耳を甘噛みし、右手は胸の辺りをソフトに攻撃をしている。
「あん、もう。ふざけてたら、罰があたるって~」
淑女を装っている間に心に芽生えた「怖いことが起こったらどうしよう」と思う心配と、男性からの心地よい攻撃との狭間で、思考が纏まらない。
チヤラそうに見える女子高生ではあるが、見かけに寄らず信心深いようだ。
でも問題はない。人間の煩悩は、過去の記憶からの学習よりも現時点の非常に心地よい感覚の方を優先してしまうからだ。
女性の不安は次第に流され、薄まり、消えて行く。
「大丈夫だよ、いいだろって」
女性の膝の上にあった男性の右手が、スカートを中指に掛け、膝から奥へと進行して行く。
「あっ、あぁぁん」
女性は男性の問に答えない。答えが出せない。
それは合意とばかりに、男性の両手は縦横無尽に。
そして、男性は女性の体を抱き寄せ、二人の体はベンチに沈んで行く。本能のままに。
さあ、ここからと言う時である。
「しょーしょーう(少々)、よろしーでーすかー」
丁重な言い回しで、背後から声が掛けられた。その声には明らかに外国人訛りが感じられる。
「ヘッ?!」
今度は理性が本能を上回る。恐怖と恥ずかしさの狭間で、本能が理性を目覚めさせたのだ。
男性の趣味なのか、いつの間にか上になっていた女性の肩がビクッと動き、彼女は生唾を飲み込む。
慌てて女性と重なる顔をずらし、視界を確保する仰向けの男性。
彼は夜空と共に見上げる。そこに・・・。
それは、流れる程に汗を掻いた少し太めの白いスーツ姿の外国人であった。
男性の上でうつ伏せになっていた女性も慌てて振り向くものだから、二人はもつれたままベンチから転げ落ちる格好となってしまう。
「な、なんだ、お前は」
驚きながらも、得体のしれないモノで無かったことに少し安心し、虚勢を張る。
「すみませーん、ちょぅっとお時間、よろしいでーしょうか?」
「ふざけんな、てめえー」
「あんた、誰よ!」
そう言いながら、ベンチから落ちた男女は状態を起こし衣類を整える。
「あっち、行けよ」
白いスーツの男を睨み付ける男女。
それに困り顔を向ける白いスーツの男。
「あ~しかしですねー、あなーた様方に、とてーも危ない影が見えてしまいましてー、このままでーは、未来永劫に”あるモノ”に付き纏われることになるかもしれませーん」
「何言ってんだ、お前」
「多分ですがー、その池に掛かーる、橋の~上で、奇妙ーな声をお聞きになったのではないですかー」
それには、男女共もちろん覚えがある。ついさっきのことなのだ。特に女性は、低い気味の悪い声も聞いている。
「それは聞こえたが・・・」
怒りも不気味さに打ち消され、意気消沈してしまう。互いに目を見合わせる男女。
なぜのこの白いスーツの男がそんなことを知っているのか?
怒っていた気持ちは、一瞬にして先程の恐怖体験に戻ってしまう。
「やはーりですかー。それは、とてーも危険でーす。
噂、聞いたことありませーんか?」
男女は目を合わせ、立ち上がる。以前から都市伝説的な話が多くある橋である。内容はともかくも幾つかの話を聞いた覚えはある。
「その池は、”あーくまー”の抜け道になっていまーす。恐らくぅ、最近のことと思いまーすが、魔界とこの世界が、その池を媒介として繋がってしまったのでしょう。
あっ、遅れました、すみません。私はこう言う者でーす」
そう言って、白いスーツの男が二人に名刺を渡す。
そして、さらに説明を続けようとしたところである。
「ギャッ」
気持ちだけは精一杯で、声にならなない声で叫ぶと、男性の腕に掴まっていた女性は地面に腰を落としてしまった。
男性と、白いスーツの男が驚いて女性を見ると、女性の目は、開いた瞳孔で白いスーツの男の少し後ろを見つめたまま、固まっている。
「どうしたんだよ?」
「あ、あっ、あれ、あれ」
男性の問いかけに顎をガクガクさせて、震え始めて言葉が覚束ない。
「どうされたのでーすか?」
「ず、ず、ず、ずぶ濡れの、ずぶ濡れの・・・浮いてる」
体格の良い白いスーツの男が腰を抜かした女性に手を差し伸べようと近づくと、同時に女性の視界は白いスーツの男で遮られる。
それで、怯えていた女性は我に返る。
女性は地面に落としたバッグを拾うと、すかさず踵を返す。そして、もの凄い力で男性の腕を掴むと、走り出そうとする。
「ど、どうしたんだよ」
その凄い力に圧倒された男性は、女性に引かれるままその場を後にするしかない。
「ちょっと、いきなりどうしたんだよ」
物凄い勢いで駆け去る男女。
残された白いスーツ男は暫く走り去る男女の背中を視線で追っていたが、不思議そうに首を傾げると、スーツの内ポケットからスマホを取り出し通話を始める。
「あー、すみません。またー、あーわててー入り口の方へ走って行かれてしーまいましたー。
後をおねがいしまーす」
◆一方マチとナチは
そう言われれば、マチもそんな気がする。
肉眼と、赤外線双眼鏡との両方で、何度も交互に確認してみる。
脚は有る。
背格好は少し大柄だが十分に人の範疇だ。
身なりも整っているし、体の動きも自然である。
人だ。人間だ。生きた人間である。
それ意外に取る方が圧倒的に難しい。
それどころか、場所さえ間違わなきゃ、礼儀正しい人に見えるかもしれない。
「確かに・人・かも」
息を落ち着けてマチはナチの考えに同意した。
「特にぃ着ているものやぁ髪の毛も濡れてる感じはしないですしぃ、正体も~見るからに明らかです。噂はきっと、話に尾ひれが付いたのかも知れませんですね」
ナチはカシャカシャと赤外線カメラで写真を撮りまくる。もちろんカメラには、望遠レンズも装着済み。
更に別角度から映像で確認しようと、ナチは赤外線カメラはマチに任せ、替ってコントローラであるスマホを手にした。
「ドローンちゃん、発っ進!」
ドローンを飛ばすナチ。ドローンは小さな赤いLEDを点滅させながら垂直に上がって行き、上空からまさに今起こっている現場へと静かに接近する。
公園の木々よりも少し高く上がっただけのドローンでも、極小さなLEDはよっぽど気にしていなければ見つけるのは難しい。更に最新鋭の消音ドローンは、それ程大きな音を出さない。公園傍の大通りを行き交う車の音と相まってしまえば何の音かの判断は難しくなる。
まして、カップルの男女も白いスーツの男も、各々の行動に精一杯気を注いでいる状態だ。
周りに気を配れるような秘密部隊ではない限り、その存在には気づきはしないだろう。
「マッチン、ドローンちゃんからの映像がぁこのスマホに映るようになってるんですよぅ。操作はぁ、こっちのスマホでと。現代のテクノロジーって凄いですねー」
と敢えて年寄り臭いことを言い、マチの突っ込みを期待するナチだが、突っ込みどころか同意も否定も返って来ない。
「んっ?」
おかしいなぁと思いマチの方を向くと、マチの様子が明らかにおかしい。
震えた手で持つ双眼鏡を覗き、口を開けたまま固まっている。
橋の上で奇妙な声を聞いた時以上に明らかに動揺しているように見える。
「マッチン・・・?」
呼んで見るが返事がない。
「マッチン、マッチン・・・、どうしたんですかぁ?」
ナチは繰り返し呼びながらマチの顔の前で手を振り、生気をを確認してみる。
すると、やっとマチが我に返って片言な言葉が返って来た。
「う、う、う、うし、うし」
「牛?」
「う、う、う、うし、うしろ」
「牛ろ?もーもーの??」
マチは首を振り、一息吐くと、
「う、うしじゃない。その白い、白い男の後ろを見て」
やっと、ナチの理解の範疇の言葉が返って来た。
目の良いナチはドローンの運転の傍ら、目を凝らして白いスーツの男の後ろを見てみる。も、数メートル離れたところにイチョウの木が微風で微かに揺れて見えるだけである。
「あれはー、イチョウの木ですねぇ」
「木じゃなくて、ま、ま、前、その前に、・・・あ、あくま、濡れてるぅ」
でもマチにはもう一つ、白いスーツの男と、イチョウの木の間に別なものが見えていた。
一見、黒いスーツを着こなした紳士にも見えるが全身がずぶ濡れ状態である。そして、その風貌は顔は輪郭に沿って毛深く、明らかに大きな牙が口からはみ出ている。
シルクハットのような帽子を被っているが、その両脇から帽子の高さ程に尖った耳が伸びている。さらに尻尾が左右に踊っている。
ベンチが邪魔ではっきりと確認出来ないが、背丈と腰の位置のバランスから、4~50センチ程浮き上がっているのは間違いない。
マチの様子がおかしい。おかしいが、今はマチにばかり構っている分けにはいかない。ナチはドローンの運転もしなければならない。
既に上空からの映像が届く頃には、カップルは立ち去って、その場にはいなかったが、白いスーツの男は電話を終えその場を立ち去るところである。去られてしまっては、彼の正体を知る手掛かりを失ってしまう。
マチのことも心配であったが、取り敢えず傍に居るマチに肩を寄せて、ドローンで白いスーツの男を追うことを選択した。
白いスーツの男は、公園の正面出入り口や、他に2カ所ある出入り口では無く、公園の柵が壊れて外れている所を抜けて、裏通りへと抜けて行く。
ナチはそれをドローンで追うも、やがて、ナチの処からは、ドローンの姿が殆ど見えなくなってしまった。
そうなれば、後はドローンに備えているカメラのみで追うしかない。ナチはカメラの映像を頼りにドローンの角度を巧みに変えて男の行先の撮影を試みる。
何とか見えたのは、路上駐車している車の周りで数人が白いスーツの男を迎えている姿であった。
車の車種やナンバー、白いスーツの男を迎える人の性別年齢等は分からない。しかし、ワゴン車であることは確認出来た。
ナチはその様子を見て、この一連の噂を作り上げたのは、今映像に映っている奴らなのであろうと考えた。
きっと、池に掛かる橋やベンチの様子を監視カメラで撮影し、ターゲットのカップルを絞り込み、それをワゴン車で確認。恐らくは橋でのあの奇妙な声をワゴン車から飛ばしているのだろうと思われる。更に、白いスーツの男の行動である。
単なるイタズラにしては、大掛かり過ぎである。
「特定団体の仕業の可能性もありそうですね。
目的は何なのでしょうか・・・」
ナチはそう呟いて、モニタから目を離し、暫く放って置いたままのマチに目を配る。マチの表情はなんと、未だに固まったままである。
「あっ~!ごめんなさぁい、マッチン大丈夫ですかー!」
口をあわあわと小刻みに動かし、顔は青ざめている。
ナチはドローンを素早く戻して、危険と感じたナチはマチの頬を叩く。
「マッチン、マッチン、大丈夫ですかぁ?」
ナチがマチの頬を軽く叩きくと、マチは踊った目で池の方を指さした。
「あ、あ、あっち行った」
「何が行ったんですかぁ?」
「あ、あくま。黒いあくまみたいなのが・・・」
何を言ってるんだろうとも思ったが、こんな時は何があってもおかしくない。
「ちょっと、待ってて下さいね」
「やだ!」
「直ぐ戻りますから」
「やだっ!!」
すがるマチを白状にも力づくで引きはがし、ナチは赤外線ビデオカメラを持って池の見えるところまで移動する。本当は池の畔まで行きたかったが、マチの姿が見えないところまで行く分けにはいかない。
ナチは、そこから池の様子をビデオに収めることにした。特に、池の畔に波紋が広がるところがあり、そこから岸伝いに流れるモノがあったようにも感じられる。
ナチは、特にそこを重点的に撮影する。ついでに、遅いとは思ったが、流れの先にドローンを飛ばし上空からの撮影も試みた。
<つづく>