6袋 背中からこんにちわ(安心してください乾いてますよ)
「亀之頭公園」で謎の声を聞くマチとナチ。さらに、その後謎の白い・・・。
◆池の真ん中に掛かる橋
肩を密着させたカップルは、池の中央に掛かる橋へと向っている。
それと歩調を合わせて、マチとナチの二人もその橋の対岸へと向う。橋の中央で、そのカップルとすれ違う為に。
池の周囲の遊歩道に沿って設置された外灯の間隔は狭い。そのため、池は大きく対岸までの距離はあるが、カップルの位置は分かり易い。
「ねぇ、ナッチン、私達があのカップルと一緒に橋を渡っちゃったら何にも起こらないんじゃないの」
マチの心配も至極当然。マチの聞いた噂によると、噂に聞く”謎の声”を聴くシツエーションは、決まって一組のカップルが橋を渡る時なのだ。
「そうなんですけど~、でも、少なくてもあのカップルの近くでなきゃ声は聞こえないですからぁ、ここは行ってみるしかありませんしぃ」
夜の池に掛かる橋である。偶然、一組のカップルしか橋を渡っていない時に起こったのかもしれない。そうであれば、二組が橋の上に居ても起こらないとは言えない。
幸いにもマチとナチの二人も身長の差から見ると、男女のカップルの様に見える。なので、二つのカップルが橋の中央を通り過ぎた時、つまり橋の中央が両カップルの背後となる時に、この噂の”謎の声”が起こることも考えられる。
普段のおっとりとした喋りに、ゆったりとした行動とは全く違って、今のナチは時々マチにも見せる、”要所で見せる狡猾〈こうかつ〉さ”を見せている。
いつもは、そんなナチの都合の良い変わり身に苛立ちを覚えるマチなのであるが、今日に限っては頼もしく感じてしまう。
「そっかー、そうかもね」
二人は予定通りに、カップルとは対岸から橋を渡ることに決めた。
池に掛かる木製の橋はお洒落さを意識しているのか?はたまた、水上で二人の時間が長くとれるようにとの配慮なのか?理由は定かではないが、水面から1m程上をジグザグ状に設計されている。
そんな造りなものだから、もし橋の真ん中で異変が起こった時には非常に逃げにくい。幽霊的なモノが不得手なマチにとっては厄介なことこの上ない。
さて、どう橋を渡ろうか?
マチは考える。
何か起こった時マッチョンに変身すれば、怖いものが無い(と過信している)。だが、橋の上は、360度遮るものが無いのである。誰に見られているか分からないのだ。
であれば、マッチョンに変身することは憚られてしまう。
やはり、逸早く逃げる為の何かしらの手立てを考えなければならないのだ。
手っ取り早いのは、背丈が自分の肩程しかないナチを盾にして進もことである。しかし、それは正義を愛する者の行動として、如何せん気が惹けない訳では無い。
マチは更に考える。
(でも、更に逃げる時も盾に出来る)と。
おー、利点は1つから2つに倍増。
マチにとって、今は”正義”の看板を立てている場合では無かったのだ。思考は、そう転換する。
マチは”断腸の思い”と言うことにして、何気なくナチの後ろに回る。
幸いにして、都合よくもナチは全く動じていない。
今日のナチは小さな巨人。頼もしい。
カップルが橋を始めたのを確認したマチとナチの二人は、ナチを先頭に一呼吸遅れて橋を渡り出すこととなった。
マチは心持ち身を屈めて、ナチの腕を掴む。そして、後ろを付いて行った。
昨日、本日の計画を立てていた時は、満たされない欲望を満足させることばかり考えていて、デメリットを深く考えていなかったのだ。
いざ事を起こす時がやって来て、マチは”正義の追求”を望んだ自分の愚かさを恨んでしまう。
幾ら、実際には”謎の声”など錯覚だとは思っていても・・・。
池に流れ込むのは小川が一本だけである。今は風も吹いていない。外灯に照らされる水面は微動だにせず穏やかである。
噂の”謎の声”も、今であれば多少離れていても聞きやすい状況にある。
しかし、幽霊的なものに弱いマチにとって、この好都合な条件は、非常に不都合だ。
きっと、マチ一人であれば、既にこの偵察活動は中止していたであろう。だが、反してナチは全く意に介していない。
(こいつ、ぜった~い おかしい)
マチはナチを横目で見ながら、心の中でそう呟く。
マチとナチの二人はゆっくりと橋を進むも、対岸から渡り始めたカップルのいちゃいちゃした足取りは腹が立つほど遅い。
試しに速く歩く様に念を込めてみるも、力を込めた眉間が疲れるだけ。
否応なしにマチとナチの二人は先に橋の中央まで来てしまい、時間を稼ぐ必要が出来てしまった。
しかし、ここでカップルが来るのを漠然と待ってしまっては、カップルから見れば不自然な行動過ぎる。危うくは不信感から引き返してしまうかもしれない。
そこで、ナチはマチにもたれ掛かり密着する。こちらも”カップルだよと言う”アピールだ。
ナチはカップルを演じながらも、周囲を探る様にに瞳だけを動かしすことは怠らない。ナチにとっては、カップルを演じることは、橋を反対側から渡るカップルに不自然さを感じさせないだけでは無くもう一つ意味を持っているからである。
ナチの密着に引き気味のマチを宥めつつ、少し時間を稼いだマチとナチはタイミングを見計らって、またゆっくりを橋を渡り出す。
カップルとすれ違ったのは、橋の中心部を5メートルほど過ぎたジグザグ状に伸びる橋の一つ目の角となった。
ナチとマチの二人はそこで脚を止める。
そして、再度ナチはマチにもたれ掛かる。
ナチとしては、マッチョンに変身してからのマチにもたれ掛かりたいところだが、まあ、妄想を抱けばこれでも悪くは無い。ナチには余裕がある。
ナチは中途半端に欲望を満たしつつも、背中にアンテナを立てたつもりで全ての音を聞き取ろ為の集中は欠かしていない。もちろん、それは腰の引けたマチも一緒のはず。
ナチはカウントを取りながら進み、カップルが橋の真ん中に到達したであろうタイミングで、マチに目配せをした。
どんな音も聞き逃さないし、絶対に現れたモノを見逃しなしない。少なくてもナチはそんな気持ちで。
そして、ナチは目を凝らし、マチは半目で振り向いた。
その時である・・・。
◆重なる声
『こ・ん・に・ち・はー』
マチとナチの二人の耳に明瞭な一言が届いた。
天ぷらを食した後のお吸い物くらいにあっさりしている。噂通りのこの状況には似つかない明るい声だ。
それでも、あるべきではない声が聞こえて来たのだから、普通は背筋には寒いものが走り、脚がガクガクと震えても不思議ではない。
事実、マチは普通の状態に加え、顔も青ざめている。
反して目の前のナチの瞳には、夜空の星が三角形に輝いてた。
「マッチン、聞きましたぁ?」
ワクワクした声で囁くナチ。
それに、首を縦に振るマチ。
「橋の真ん中あたりで、聞こえましたねっ。そこに戻りましょう」
それに、高速で首を横に振るマチ。
当然、普通人のマチは戻りたくない。
このまま進行方向に進み、橋を渡り切ること以外に選択肢を持たないマチは、新たな選択肢の出現に驚きの表情を隠せない。
当の橋の中央に居たはずのカップルも、素早い速さで橋を駆け抜けようとしているのだ。
きっと、カップルも同じ声を聞いたに違いないとマチは想像する。
マチが懇願の表情を向けてもナチは頑として橋を渡り切ろうとはしない。マチの腕を持って高校時代に陸上部で鍛えた腓腹筋に力を込める。
こんな時は、心の強い方の意見が通ってしまう。
一人になるのが怖いマチは、否応なくナチの意志以外の選択肢は、全て脳から強制消去となる。
ものの数秒で二人は、橋の中央に引き返した。
「マッチンはぁ、左右の欄干の中央辺りで、さり気なく私を目で追って下さいね~」
ナチの選択した行動は、怪現象に興味のある女性と、それを見守る男性と言うカップルの演出である。
橋の中央は横幅が広くなっており、人溜まりが取れるようになっている。
マチはナチの意図も分からないまま、震えながらナチの指示に従う。
ナチは橋の中央で、欄干に沿って移動しながら池の中を覗き込む。
そして、そのまま暫く池を眺めた後、反対側の欄干に移動し、同じように池を覗き込む。
あたかも池の中に何かを捜す様に。
でも、ナチの本命は池の中では無い。橋の中央に近い場所だ。
必ず”噂の声”が背後から聞こえてくると言うのを信じれば、橋の欄干側とは考えにくい。
声が聞こえた時の自分の位置によっては、後ろと言うより池の方から聞こえて来ることがあっても良いはずである。
ナチはその欄干から欄干へ移動を移動場所を替えながら繰り返した。
そして、4度目の移動。
「ありましたよ~」
小さな声がマチに向けられた。
「な、な、な、なにが・・・」
震える声で応えるマチ。
「多分、スピーカーですぅ。声はここからですよー、き~っと。
ただですね、コードが無いんです。電池式なんてあるんですね」
「どうしてわかったの?」
「金属探知機ですぅ」
ナチは、マチの元へ行って手に持っているトートバッグの中を何げなくマチに見せる。ナチの目的は、欄干間の移動時にあったのだ。
「金属があるってことしか分かりませんが~、恐らくぅスピーカーがあるのでしょうね~」
「じゃあ、イタズラ?」
マチはナチの視線を辿る。
「声が大きいですぅ。きっとぉ、何処からかこちらを覗いているか、或いは盗聴しているはずですからっ。マッチンのお得意な(エヘッ)」
お茶目に謎の笑いを見せるナチ。
「えっ?」
マチは盗聴を得意だと言われて、思わず怯んでしまう。
「ははは、冗談ですよ~」
本当に冗談なのかと半信半疑のマチであるが、マチには絶対にバレていない自信がある。
動揺した顔を作り直して、ナチに小声で問う
「でっ、で、どうするの」
「まだぁ、単に怖い現象に興味があるカップルぅを演じて下さいねぇ」
(なんだー、カップルを演じていたのかよ)と思うマチだが、ナチの全ての行動を思い起こすと、初めから誰かの意図的な行動を暴くことを目的としているのは明白だ。
やはり、本来のナチは賢くて(&ずるくて)、いつものおっとりとした行動は演技なのだとマチは確信する。
怪奇現象でないと分かると、がぜんマチも元気が出る。自分も、そのスピーカーの場所を確認してやろうと、補修カ所を探そうとすると、
「何も気づいていないフリをして下さ~い。マッチンの50cmくらい右後ろにぃ橋板の補修カ所がありますから。顔を向けずに視線だけで見て下さいねぇ」
マチが確認すると、補修カ所の周囲には全く痛みを感じさせないのに、なぜかそこだけ補修がされて、新しい板が張られている。
「これかー。
で、どうするの?」
「スピーカーはぁ、このままにしておきましょう。取り除いてしまっちゃうとぉ、気付いたことがバレてぇ、次から違う方法を取られてしまいまーす」
なるほどと、マチは頷く。
「じゃあ、これからどうする?」
「取り敢えずぅ、さっきのカップルを覗き・・・じゃなかったぁ観察に行きましょうー」
実はナチも他人の行為を学習することに興味があったが、優先順位を間違えたりしない。
もちろん真相解明が1番で、今後の成長のための学習は2番である。
「もう、帰ったかもよ」
「いやン、絶対に居ますよぅ。結構”好き”そうでしたからー」
謎の微笑を浮かべるナチ。
「(好き・・・?)う、うん、わかった。調査ってことね」
マチはもっともらしく相槌を打った。
ナチの言っている意味を理解出来なかったマチだが、何となくここは見栄を張るべきタイミングと思い、分かった振りをする。
見失ったターゲットのカップルを探し出すと、向かった方向もチェックしていたナチはいとも簡単に彼らを見つけ出した。
おまけに、迷うことなく二人を覗くのに打ってつけの場所にまっしぐら。
ターゲットのカップルは、橋で聞いた謎の声が影響したのか、池からは少し離れたベンチに陣取っていた。
マチとナチはそこから30メートルほど離れたところにある大きなブナの木に隠れてカップルを観察する。カップルとの間には高さ3メートル起伏があるので、隠れるには都合が良い。
「ねえ、ナッチン、どうしてスピーカーがあるってわかったの?」
「ほぅら、聞こえた声の高音部が少し割れてたんですけどぉ、気付きませんでしたぁ~?
それと全体的に声がこもっていたでしょ。だから、きっとスピーカーからだなあと思ったんです。
一応、私もさっきの声は録音しましたから、後でもう一度聞いてみましょう」
「えっ、さっきの怖い声、また聴くの?」
「え~っ、怖い?そうでしたかぁ、私はわりと明るいなぁと思ったんですけどぅ・・・」
「いやいや、その声とは別に低い声で・・・」
「そんな声、しましたっけぇ?」
二人がそんな話をしながら、ターゲットのカップルを覗いていると、つい先ほどの橋の上での恐怖体験も忘れて、熱く燃え上がって来る様子が手に取る様に分かる。
昨夜のマチの欲していた状況が、まさに起こりつつある。
なのにマチは、いつの間にか橋の上で聞こえた”謎の声”に思考を奪われていて、公園に来た理由の発端である”刺激の補給”と言う当初の目的はすっかり忘れてしまっていた。
謎の声が作られたものと知って強気になったマチは、いつの間にかヒーローが大好きな”正義の塊”となっていたのだ。
「ナッチン、あの二人盛り上がって来たみたいけど、そろそろかな」
「そうですねぇ、多分そろそろ出る頃と思いま~す」
少し離れた街頭が唯一の灯りの為、あまりはっきりとは確認出来ない。ナチは赤外線双眼鏡をバッグから取り出し、マチに渡した。
「それでぇ、監視して下さ~い」
「了解!」
ナチが用意してくれた赤外線双眼鏡で制服を確認して
「うん、間違いない。ありゃうちの学校の生徒だは」
などとマチが独り言を言ってる間に、ナチは背負っていたミリタリーバッグを降ろし、次の準備に取り掛かる。
マチが楽しそうに監視している間に、ナチの準備は手際よく着々と進んで行く。
そんなナチがゴソゴソと何かをしていることにやっと気付いたマチは、監視の傍らナチの方に横目を向けた。
すると、ベンチの前には飛べそうなモノが発進準備完了状態にある。
「えっ、なに、それ?」
知らぬ間に見知らぬものが現れていて驚くマチ。
「じゃーん!小型静音ドローンで~す。超小型無線赤外線ビデオカメラを取り付けてますよぅ」
さらに、ナチの手にも見たことのないカメラらしきものが。
「手に持っているのは?」
「これもぉ赤外線ビデオカメラでーす。フラッシュは使えませんからぁ。私はこれで撮影しながら観察しまーす」
「あっ、そう、それはいいかも」
マチは、ナチが大きなミリタリーバッグを背負っていた理由を知って感心しきり。そんな間に
「準備完了でーす。後は、怪物さんのお出待ちですぅ」
ナチはすべての準備を完了した。
再びマチと一緒にカップルの監視を始めるナチ。そして、数分後、
「あっ、ああああ~あい。で、でたでたでた出た~。
ナ、ナッチン、れた、れた、でました」
マチが先にカップルに近づく影を発見し、ナチの袖を強く引っ張る。そのパワーによろけながら、ナチも少し遅れて発見。
「マッチン、よく見て下さぁい。
白っぽーいスーツを着た外人さんみたいですよぉ」
ナチは、肉眼と赤外線ビデオカメラの両方を交互に見ながらそう判断した。
「えっ?」
「安心して下さい、ずぶ濡れの怪物さんでは無いですねぇ(エヘッ)。
乾いてる普通の人です。服の中はもしかしたら部分的にしっとりしているかもしれませんがぁ・・・なんてぇ(ウフッ)」
「そ、そうかも・・・普通の人かも」
マチはナチのお茶目な言葉にも気づかずに赤外線双眼鏡を覗き続けるのであった。
<つづく>