第七章 一二二〇年、春 ウル・カスル(其の一)
第七章 一二二〇年、春 ウル・カスル(其の一)
実篤たちの乗った交易船は西へ向けて順調に航行していた。去年の秋に博多を旅立ってから五カ月近くになる。
実篤と若者五人はすっかり打ち解けていた。五人はいずれも佐々木経久に仕える武将の子息だ。五人とも幼少の頃から実家を離れ、領内や諸国の武将の家に預けられ修業に励んでいたという。
実篤も十七歳から五年間、太宰府を離れて安芸の佐伯家に仕えた。最初の一年間は佐伯家に受け入れてもらうため、昼夜を問わず多大な努力を払った。もちろん、忍耐も必要だった。
だから、実篤には五人の苦労が理解出来た。五人は幼少の頃から他の武将の家に預けられていた。その苦労は相当のものだっただろう。
そうした苦労を積み重ねてきたせいか、五人は共通して頭が良かった。それは、記憶力や算術力が優れているというだけの話ではない。自らの置かれた環境を理解し、自らが最善の行動は何かと常に考えていた。
五人にはさらに共通点がある。幼少の頃より他の武将の家に出されて実家と疎遠になっているのに加え、それぞれの家ではそれぞれが三男もしくは四男であり、それぞれの家の家督はすでに長男が譲り受けていた。
どうしてそのような共通点があるのか、実篤はすぐに理解した。つまり、それぞれの家にとって、五人は日本へ帰って来なくても構わない。
五人ともそのことに気付いているだろうか?いや、きっと気付いている。だからこそ、と実篤も決意していた。五人は何としても無事に日本へ連れて帰る、と。
五人の内、実篤が最も目を付けているのが左衛門だ。身体が大きく、武術全般に秀でている。特に、槍術については相当な腕前だ。手合せした実篤も本気を出さねば勝てない程だった。向こう見ずな部分はあるが、左衛門は他の四人を引っ張る存在でもあった。いずれ、エルサレムへの陸路で苦難に遭った時に左衛門は頼りになるだろうと実篤は考えていた。
彦助と小栗はかつて同じ武将の家に仕えていた。そのため二人は仲が良かった。二人は武術全般を習得しているが、雅楽や和歌といった文芸にも詳しい。二人が横笛を吹くと、寸分の狂いもなく美しい音色を奏でた。ただ、二人の性格は異なる。彦助が明るく開放的であるのに対して、小栗は無口で何を考えているのか分からない部分がある。それに、この旅が始まる直前まで、小栗は佐々木経久の家に仕えていた。
小柄な菊千代は弓術に優れている。五人の中では一番負けん気が強い。交易船では時間は余るくらいあり、菊千代は身体の大きな左衛門とよく相撲を取っていた。勝つのは稀だったが、何度負けても懲りずに左衛門に勝負を挑んでいた。
小太郎は神社にも仕えていたので、五人の中では最も信心深い。だからと言って戦いで躊躇する性格ではない。勇猛といえば言葉は良いが、火が付けば周りからは消しようもない勇猛さだ。小太郎には戦いに飲まれて自分を見失う若さがあると実篤は感じていた。
五人は、当初は実篤に対して過剰と思える敬意を持って接していた。目上の者に対して敬意を払うのは当然だが、どう考えても度が過ぎていた。
しばらくしてその理由が分かった。実篤は安芸の山賊を退治した英雄だ、と五人は佐々木経久から教えられていた。つまり、五人は実篤に憧れを抱いていた。実篤は何とも面映ゆい気持ちだった。これでは、五人の前で不平や不満など言えない。常に彼らの規範となる行動をしなければならない。
実篤は自らの気を引き締めると同時に、五人の気も引き締めなければならないと考えた。エルサレムへの陸路で殺傷沙汰など起こしたくない。とは言え、イスラムと十字軍の戦いの話を聞けば、何処かで戦いに巻き込まれる懸念は拭えない。戦いになれば、相手が誰であれ排除しなければならない。憧れなどという浮ついた気持ちでは戦いには勝てない。
そこで、実篤は自分の経験を五人に話して聞かせた。安芸の山奥で山賊と戦った血みどろの日々の話だ。
「習得した武術を存分に使おう、武功を立てよう、山賊ごときに負けるはずがない。私はそう考えていた。最初の戦いはいきなり始まった。沢の近くに野営していた明け方にいきなり襲われた。敵味方が入り乱れ、戦いが始まった」
実篤は五人を見渡しながらゆっくりと話した。
「乱戦になれば相手との間合いなど考える余裕はない。飛び掛かって来る相手を斬り続けるしかない。私はなんとか一人を倒した。目の前で、そいつは口や喉から血を吹き出して死んだよ。その最後を見た私は動けなくなってしまった」
五人は実篤の話をじっと聞いている。
「怖かったのは二度目の戦いだ。今度は自分が殺されると私は怯えてきっていた。怯えると身体は動かない。身体が動かない私を味方が援護してくれた。味方が危うくなり、私はようやく身体が動かせた。辛うじて味方を救えた。それから三度、四度と斬り合いをして私は気付いた。死にたくないと思っていると身体は動かない。けれども、味方を助けるためにと思えば身体は動き、存分に戦える。存分に戦えば自分の命も守れる」
数多くの実戦を経験した実篤の言葉には重みがあった。五人は一刻でも早く戦いたいと考えていた。鍛えた武術を実戦で試したいと望んでいた。それが、実篤の話を聞き少し変わった。戦いを怖れる訳ではないが、無用な戦いは避けたいと考えるようになった。
その後、実篤は意外な言葉を五人に伝えた。今後、自分の指示に何の疑問も抱かずに従ってはならないように注意した。
「私の判断が正しいとは限らない。お前たちに疑問があれば遠慮なく言ってくれ。そうした疑問が生き残るためにきっと必要になる」
五人は戸惑った。年上の判断に疑問を述べるなど非礼極まりないからだ。
もちろん、実篤にも五人の戸惑いは理解出来る。それでも、一つの判断の誤りが味方の無用な死を招く。山賊と戦っていた時、実篤はそうした失敗を数多く経験していた。
神出鬼没に戦いを仕掛ける山賊に合戦の兵法は通用しない。しかし、年配の武士には兵法に固執する者が多くいた。その結果、山賊の奇策に嵌り、味方は次々と死んでいった。このままでは駄目だと実篤は考え、疑問があれば迷わず意見を言うようにした。当然ながら、無礼な奴、生意気な奴と何度も殴打された。それでも、戦いに勝ち、皆が生き残れるのであれば実篤は躊躇しなかった。実篤は戸惑う五人にそう教え聞かせた。
交易船は順調に進んでいたが、船の上では出来ることが限られている。持て余す時間を若い五人は雑談で過ごした。話題はいつも決まっていた。
「永遠の命など本当にあるのか?」
永遠の命に最も懐疑的なのは小太郎だ。神社に仕えていただけに、輪廻転生、因果応報といった他の四人に馴染みのない言葉を小太郎は使った。
「永遠の命っていうのは、つまり不老不死だろ?」菊千代が言った。
「死なないだけで老けはするはずだ。老けなきゃ化け物だ」彦助が言った。
終わりの無い議論というか、不毛の議論を繰り返すのはこの三人だ。左衛門は三人の会話をにやにやしながら聞いている。小栗はまったく興味がなさそうに無視している。
「永遠にあるのは真理だけ。命あるものはいずれ死ぬ、それが真理だ」小太郎はいつもそう言って話を締め括った。
そもそも、十七歳、十八歳の若さで生や死について話せというのが無理だ。生きる意味も死ぬ意味も、この若さでは考えられない。永遠に生きる意味など想像もつかない。
それでも、船の上では時間が有り余っている。不毛の議論だろうが、答のない議論だろうが、何か話し合っていないと時間は潰せなかった。
もちろん、実篤は五人にやるべきことは指示していた。朝方と夕方、天候が許す限り実篤たちは交易船の甲板に並んで剣術の鍛練を行った。それを日課とした。精神を鍛え、身体能力を衰えさせないためだ。
剣術の鍛錬は、いつの間にか船員たちの楽しみにもなっていた。身体を鋼のように鍛えた日本人が横一列に並び、背筋を伸ばし、精神を集中させ、掛け声とともに日本刀を振り抜く。その姿は船員たちに荘厳な印象を与えた。
波の静かな夜には舞いを踊った。小栗と彦助が奏でる横笛に合わせ、小太郎が太鼓のように船体の木枠を上手に叩いた。囃子に合わせ、菊千代と左衛門が舞った。わらびと茶々が隣でその舞いを真似て踊った。
菊千代と左衛門の舞いは実篤から見ても優雅だった。サイードや非番の船員も異国の舞いを飽きもせず見ていた。
実篤たちは船員の手伝いもした。手伝いたいと実篤から相談を受けたサイードだが、最初は認めなかった。作業の邪魔になるだろうし、荒くれ者の船員に意地悪をされるだけだからだ。それに、素人が下手に手伝えば船を壊される恐れがある。
ある日、天候が突然に急変した。暴風雨に巻き込まれ、帆柱を折らないように急いで四つの帆を畳まねばならなくなった。あまりにも急を要したため、サイードは実篤たちにも手伝ってくれと頼んだ、すると、実篤たちは器用に帆を外して畳んだ。
サイードから見ればやっと合格できる程度ではあったが、とても初めてとは思えない動作だった。どこで覚えたのかとサイードが実篤に尋ねると、船員の日頃の動きを真似しただけだと実篤は答えた。
実際には、実篤たちの動作は帆の仕組みを理解していなければ出来ないものだった。それからは、船員を怠けさせない程度にサイードは実篤たちに手伝いを許した。
サイードは実篤たちが次第に気に入っていた。礼儀正しく、慎ましく、物静かでありながらも芯は強い。異なる文化や風習にも実篤たちは尊敬の念を持って接した。荒くれの船員と大きな揉め事もなく船旅を続けていた。これまでサイードの交易船に乗った異国の客人は、サイードや船員に高圧的な態度を取り続けるか、惨めなほど船室に引きこもったままか、そのどちらかでしかなかった。
サイードのお気に入りはわらびと茶々だ。二人は実篤たち以上に礼儀正しく、慎ましかった。父母が恋しくて仕方ないだろうが、泣き言や不平不満は言わなかった。甲板から見える魚や鳥、遠くに見える島々に興味を示し、いつも船員に尋ねていた。
以前に数人の船員が、お前たちなど父母はもう忘れていると意地悪をして揶揄った。茶々は傷つき、父母へ会えない寂しさから泣き始めた。わらびは茶々を慰めた。わらびは船員たちに向かって、ごめんなさい、今はそっとしておいてくださいと丁寧に謝った。
その後、意地悪を言った船員たちは他の船員に激しく責められ、他の船員に首を掴まれてわらびと茶々に詫びたらしい。
詫びた?あの荒くれ者たちが子どもに詫びただと?サイードは驚くしかなかった。
ある夜、わらびと自分の会話に茶々が入らなくなっていると実篤は気付いた。茶々は黙って星を見続けているのだろうと実篤は思い、気に留めなかった。
ところが、茶々はことりと横たわるように静かに倒れてしまった。実篤はすぐさま茶々を抱き起した。茶々は苦しそうに呻いている。茶々の額に手を当てるとひどい熱だ。茶々の変調に気付けなかった自分の不注意を実篤は悔やんだ。
小太郎には神社の神主から教わった医術の覚えがある。小太郎は茶々の容態を診た。風邪のようにも思えるが、咳や関節の痛みなどは見られない。おそらく長期間の船旅による疲労、食事も硬いパンばかりの栄養の偏りはではないかと小太郎は診立てた。
「早く上陸し、乾いた布団で寝かせ、水分と食べ物をしっかりと取らせるべきです」小太郎は実篤に進言した。その晩は小太郎が茶々をずっと看病した。
茶々は運が良かった。翌日、交易船はグワダルに寄港した。グワダルでは四日間、荷卸しや荷積みのために停泊する予定だ。
実篤は茶々の衰弱をサイードに相談した。さっそく、サイードは親しくしているグワダルの港湾役人に頼み込んだ。港湾役人は、交易商人や各国の使節が利用する高級な宿泊所の一部屋を確保してくれた。
宿泊所で茶々は久しぶりに身体を洗い、清潔な布団に入った。茶々は翡翠の玉を持っていたいと実篤にお願いした。実篤は茶々の枕元に玉を置いた。翡翠の玉を手に取り、安心したように茶々は夕方までぐっすりと眠った。わらびも、久し振りに身体を洗いさっぱりとしていた。
その間、小栗と小太郎は市場へ行って食べ物を調達していた。香辛料が少なく、味付けは薄く、なおかつ栄養のある料理を買うように実篤から言われていた。野菜と肉を細かく刻み煮込んだ料理を小栗が見つけた。屋台の女に味見させてもらうと、香辛料は少なく、ちょうど良さそうな味だった。
小栗と小太郎が買ってきた料理を茶々はゆっくりと食べた。まだ熱があり、身体もだるそうだったが、茶々は喜んで食べていた。わらびもおいしそうにたくさん食べた。食後、茶々は翡翠の玉を触ってしばらく遊んでいた。そのうち茶々は眠いと言って布団に横になり、すぐにかわいい寝息を立てて眠ってしまった。その後、わらびも茶々の横に眠った。
茶々の容態が心配なので、その夜は実篤が泊まった。実篤は小栗も一緒に泊めた。実篤は五人を順番に宿泊所に寝泊まりさせるつもりだった。茶々の看病もあるが、五人にも陸上でしっかりと休息を取らせるためだ。どこまでも広がる美しい海と輝く青い空の下、五人が虚ろな目で黙り込む姿が増えていた。若い五人にも気分転換は必要だった。
その夜、自分と一緒に小栗を泊めたのには別の理由もあった。小栗が何かの悩みを抱えているように見えていたからだ。
小栗は物静かだが、それだけに何を考えているのか良く分からない。一方で、口数の少ない小栗がサイードと頻繁に話し合っているのを実篤は知っている。
何を話しているのかと実篤が聞くと、いろいろな国の成り立ちや制度について教えてもらっています、と小栗は答えた。サイードに聞いても同じ答だった。サイードは、小栗は交易船にも興味があるらしいとも教えてくれた。聞けば、交易船の建造方法や帆の仕組み、操船の仕方について、小栗は主要な船員によく聞いているらしかった。小栗はいったい何を考えているのだろうか。
ところが、小栗と話し合おうと思っていた実篤が不覚にも早々に眠ってしまった。自覚はなかったが、実篤にも疲労は相当溜まっていた。
実篤など気にもせず、小栗は一人で茶々の看病をしていた。額や掌に浮いた汗を丁寧に拭き取った。時折、小栗は茶々の枕元にある翡翠の玉をじっと見つめていた。
大宰府に来るまで、小栗はわらびと茶々の不思議な能力など信じていなかった。陰陽師の双子だから、少し変わった特技があるくらいにしか思っていなかった。それは小栗だけでなく、他の四人も同じだった。
ある日、わらびが菊千代や彦助と魚釣りに行った。しばらくして、家に残った茶々が、菊千代さんが猪を弓で仕留めたよ、と実篤に言った。すると、実篤は猪の肉を処理する準備を始めた。
小栗たちはその様子を怪訝に思った。菊千代たちは魚釣りに行ったはずだ。茶々の話は信じられないし、茶々の話を信じる実篤が不思議でならなかった。
間もなく、わらびと一緒に、血抜きして木の棒に吊るした猪を菊千代と彦助が担いで帰ってきた。小栗たちは心底驚いた。菊千代や彦助に何があったのか尋ねると、川辺に猪が迷い出て菊千代が弓で仕留めたと二人は答えた。
こうしたことが何回も続いた。わらびと茶々が翡翠の玉を輝かせるのも間近に見た。こうなると、わらびと茶々の不思議な能力を認めざるを得ない。
左衛門や小太郎は、わらびと茶々の不思議な能力により帝様のために永遠の命を何としても持ち帰ろうと意気込んでいた。小栗自身にもそうした気持ちはある。同時に、この子たちと翡翠の玉があれば自分の望みは叶うに違いないと考えるようになっていた。いつか、小梅の無念をきっと晴らせられると考えていた。
やがて、小栗も床の上で寝入ってしまった。小栗も疲れが溜まっていた。
実篤が目覚めるともう朝になっていた。小栗は先に起きて何かしている。何をしているのか、実篤は小栗に尋ねた。
「水は味気ないでしょうから、柑橘系の果物の果汁を飲み水に混ぜているのです」と小栗は答えた。
実篤は茶々の額に手を当てた。まだ少し熱い、それでも寝息は落ち着いており、苦しそうにもしていない。実篤はほっと安心した。
やがて茶々が目覚めた。喉が渇いたと茶々が言うと、小栗は果汁を混ぜた水を茶々に飲ませた。一口飲んだ茶々はおいしいと言い、目を丸くしてごくごく飲んだ。その後に起きたわらびもおいしいと言ってごくごくと飲んだ。そんなにおいしいのかと実篤も少し分けてもらった。甘みと酸味が爽やかでとても美味だ。
「これは美味いぞ、お前が考えたのか?」実篤は小栗に聞いた。小栗は少し照れながら小さく頷いていた。
二日目の夜は彦助と菊千代が宿泊所に泊まった。夕食も終わり、茶々とわらびが寝入ったのを確認し、彦助と菊千代は床に敷いた布の上に横たわった。
揺れない床で寝るのは臨安以来だ。もう三カ月近く前になる。二人は揺れない床に違和感を覚え、しばらくは寝付けられなかった。
「なあ、永遠の命ってどうやって持ち帰るのかな?」眠れない彦助が言った。
「知らないよ。でも、我らは命を懸けてこの子たちを守り、帝様に永遠の命を持ち帰る。それが務めだ」菊千代が答えた。
「そうだな、無事に務めを果たせばそれぞれの家の名誉にもなる」
彦助はそう言ったが、なぜか菊千代は何も答えなかった。やがて、二人は深い眠りに落ちていった。
真夜中、彦助は何かの気配を感じて目を覚ました。何だろう、まだ眠気の残る中、彦助は開いた窓辺の辺りが緑色の輝きに包まれているのを見た。
彦助は目を凝らした。窓辺にはわらびと茶々が並んで立ち、二人が重ねた手の中では翡翠の玉が弱く輝いている。わらびと茶々は黙ったまま夜空を眺めている。茶々はしっかりと床に立っている。体調は良くなっているようだ。
隣に寝ていた菊千代も気配に気付いて目を覚ました。菊千代はわらびと茶々を見て声を掛けようとした。彦助は菊千代の肘をつつき、口元に人差し指を立てて首を横に振った。彦助と菊千代は横たわったまま成り行きを見守った。
翡翠の玉の緑色の輝きは不規則に増減している。彦助と菊千代も、わらびと茶々が玉を輝かせたのを以前にも間近で見ている。しかし、その時の玉の輝きは一定だった。
時々、わらびと茶々は顔を見合わせている。わらびが首を傾げている。玉の輝きの増減を見ている内、彦助は何をしているのか分かったような気がした。強くなったり弱くなったりする玉の輝きは、まるで会話をしているかのようだ。
しばらくすると玉の輝きはすっと消えた。茶々は枕元に翡翠の玉を置き布団に入った。わらびも布団に入り二人はすぐに寝入ってしまった。
二人が眠ったのを確認し、彦助と菊千代は顔を見合わせた。
「何をしていたのかな?」菊千代は尋ねた。
「誰かと心を交わし合っていたかのように見えたぞ」
菊千代も頷いた。「ああ、そんな風に見えた。あの子たちは離れていても話し合える。同じような能力を持つ者が他にもいて、話をしていたのかもしれんな」
翌朝、実篤が部屋を訪れてきた。わらびと茶々はまだ眠っていた。実篤は茶々の額にそっと手を当てた。倒れた時の高熱も引き、顔色もいい。実篤は安心した。
彦助は実篤を部屋から連れ出し、昨晩の出来事を話した。実篤は、玉が輝いたのかと彦助に問い直した。彦助が間違いないと答えると実篤はしばらく考え込んだ。
「昨晩の出来事について、お前たちはわらびと茶々に尋ねたか?」
「いいえ、二人ともあの後はずっと寝たままです。それに、迂闊に聞くべきではないと思いました」
「そうだな、それが賢明な判断だ」そう言い、実篤は再び考え込み始めた。
実篤の様子に彦助は戸惑った。何か予期せぬ事態が起きているのだろうか?そう言えば、ボンペイを離れてから実篤様は何かと考え込む様子が多くなった。それは、彦助だけでなく他の四人も気が付いている。
太宰府で初めて出会ってから、実篤は問題が起きても迅速に対処した。ではこうしよう、こうすれば良いと答を出してすぐに実行してきた。それに実篤は面子に拘らなかった。自分の判断が間違いであれば素直に間違いを認め、次の策をすぐに考えられた。これまで彦助たちが出会った武士の中で、実篤は極めて稀な存在だ。




