第三章 一二一九年、秋 太宰府(其の五)
第三章 一二一九年、秋 太宰府(其の五)
十一月半ば、ジャンク船は南宋の臨安に無事に到着した。臨安では西へ向かう新たな船に乗り換える予定だ。
実篤たちを畠山嘉次という朝廷の役人が出迎えた。畠山嘉次は臨安に駐在しており、朝廷と南宋の交易に係わる仕事を担っていた。
畠山嘉次は、実篤たちが乗り換える予定の船がまだ臨安に戻っていないと伝えた。これではどうしようもない。その船が戻ってくるまで、実篤たちは畠山嘉次の家に泊まらせてもらった。
畠山嘉次は、実篤たちがエルサレムへ向かうと知らされていた。その目的については何も知らされていない。朝廷からの指示はいつもそういうものだ。内容を知る必要はない、手筈を整えれば良いという訳だ。畠山嘉次も、実篤たちにエルサレム行きの目的を聞こうとはしなかった。
実篤が見たところ、畠山嘉次の年齢は三十代前半だ。京や近江にも近い摂津の出身だった。臨安にはもう九年間住んでいるという。
日本語で話すのが嬉しいのか、畠山嘉次はいろいろと教えてくれた。
「最初の数年、いつ日本に帰れるだろうかという思いで過ごしていました。なのに、いつまで経っても帰国の命令はない。やがて、摂津の思い出も薄れました。地元の女性と結婚し、今では二人の男の子の子どもがいます」
近江守護の五人は、知る限りの摂津の近況を畠山嘉次に話した。畠山嘉次はその話を聞いて大いに喜んだ。喜びながら、望郷の念に涙を流した。
「四百年前、日本から大陸へ渡った遣唐使はこの臨安にも上陸したそうです」畠山嘉次は実篤たちに説明した。
祖先の菅原道真も、もしかしたら遣唐使としてこの港に上陸していたかもしれない。実篤は、臨安の町並みに懐かしさのような思いをなぜか感じた。
南宋は、一一二七年に滅亡した宋(北宋)から逃れた皇族たちが再建した王朝だ。揚子江沿いに広がる肥沃な大地には田畑が続き、豊かな実りをもたらしていた。
臨安は揚子江の河口付近、広大な入り江の北岸にある。臨安は海路、陸路の交通の要衝であり、古くから人と物資の行き交う場所として繁栄していた。当時、臨安の人口は百万人に達していた。
臨安の町を歩いた実篤たちは驚いた。多くの人が通りを行きかい、多くの店先には米、麦、野菜、果物、肉、魚といった食料が豊富に並んでいる。日用品や雑貨を扱う店も多い。実篤たちは臨安の豊かさを実感した。ここに比べれば、博多の町など寂れた寒村に思えた。
畠山嘉次の家は集宝街と呼ばれる通りの一角にあった。集宝街にはイスラムやヨーロッパの交易商人が数多く住んでいる。わらびと茶々は、南蛮人の目が青く、髪の毛が金色になびいているのに大騒ぎした。
この集宝街で、実篤たちは思いもかけなかった光景を目にした。イスラム教のモスクとキリスト教の教会が隣接していた。イスラムとヨーロッパの交易商人は平和に暮らしていた。
「実篤様、イスラム教徒とキリスト教徒は敵同士ではなかったのですか?」小太郎が実篤に問い掛けた。実篤も同じ疑問を抱いた。
臨安に着いて三日目、畠山嘉次の紹介でアレッサンドロというベネチアの交易商人と会う機会が持てた。アレッサンドロの家は集宝街の中心にあり、祖父の代から臨安で交易を営んでいた。
十一月とはいえ陽射しが眩しい午後、実篤は畠山嘉次とアレッサンドロの家を訪ねた。開放的な造りの家で、大きく開かれた窓が室内を明るく照らしている。室内には様々な色や形の皿や壺が飾られている。日本人が漆塗りの茶器を愛でるのと一緒だろうか、実篤はふと思った。
アレッサンドロは頑丈そうな木彫りの椅子に座り、お茶を飲んでいた。やや長い茶色の髪に日焼けした顔、思ったより華奢な身体だ。アレッサンドロは三十歳過ぎと聞いていたが、長く伸びた髭のせいでそれ以上に老けて見えた。人当たりが良さそうに微笑んでいるが、その目は明らかに実篤を値踏みしていた。
畠山嘉次の通訳を介し、実篤は会ってくれた礼を述べた。自分たちは日本とイスラム諸国との交易開拓の先遣隊としてバクダッドまで行くと説明した。その上で、イスラム諸国との交易において、イスラムと十字軍の戦いが大きな障害になるのではないかと危惧している、と伝えた。
「エルサレムを巡り、イスラム教徒とキリスト教徒は百二十年間も戦っていると聞いています。それは本当でしょうか?」
アレッサンドロはしばらく考えてから話し始めた。「本当です。キリスト教徒とイスラム教徒は戦っています。私の祖先が生まれたメッシナからも、何万人という十字軍が地中海を渡りました」
実篤には、アレッサンドロが何か躊躇しているように見えた。「戦いが始まる以前、エルサレムはイスラム教徒が長らく支配していました。それでも、キリスト教徒がエルサレムへ巡礼で訪れても、イスラム教徒は拒まなかったそうです。まあ、まったく争いがなかった訳ではないでしょうが。十字軍がイスラム諸国へ侵攻するまでは、イスラム教徒とキリスト教徒は平和に暮らしていたのです」
「では、なぜ十字軍はイスラム諸国へ侵攻したのでしょうか?」実篤はアレッサンドロに尋ねた。
ふーん、アレッサンドロは首を傾げた。「聖地エルサレムをイスラム教徒から取り戻すためです。ローマ教皇の呼び掛けで十字軍の遠征は始まりました。しかし、私にもよく分からないのです。十字軍はエルサレムだけを目標にしている訳ではありません。それこそ、地中海沿岸から東ローマ帝国まで広範囲に侵攻しているのです」
それはアレッサンドロの本心であり、困惑でもあった。交易商人にとって戦争くらい商売に邪魔で迷惑な出来事はないからだ。メッシナと臨安の間を陸路で往来するにはイスラム諸国を通過する。ところが、十字軍に対する憎悪が拡がり、ヨーロッパ人だけで通過するのは今では自殺行為となっている。だから、アレッサンドロは臨安に住むイスラム教徒の交易商人と一緒にイスラム諸国を通過するようにしている。
「一緒に交易商隊を組めば人数も多くなり、盗賊にも狙われにくい。宗教は異なっても、同じ商売をしているのですからお互い様というものです」
イスラム諸国を通過する際の注意点を実篤はアレッサンドロに聞いた。
「祈りの時間を邪魔しない、ベールを被った女性に声を掛けない、イスラム教で禁じられている酒や肉を目の前で飲み食いしない、それくらいですかな」アレッサンドロは自分の体験を思い出すように言った。「交易については各国の重さや容積の単位を覚え、正確に換算出来るようにしておくといい。通訳には報酬を十分に支払ってください。報酬を十分に与えれば、通訳はイスラムの交易商人と誠実に交渉してくれます」
アレッサンドロは実篤の顔をしばし見てから付け加えた。「あなたたち日本人は童顔だ。できれば髭を生やしなさい。そうすれば、彼らから対等に接してもらえるでしょう」
童顔と言われた実篤はむっとした。そんな実篤をアレッサンドロは興味深そうに見ている。おそらく、イスラム諸国へ赴く日本人の本当の目的を探っている。実篤はそう感じた。言葉は通じなくても、アレッサンドロの仕草や表情で分かる。
話し合いは終わり、実篤はお礼として銀貨を五枚手渡した。畠山嘉次からそう指示されていた。少し話をするだけでそれ程の報酬をなぜ支払うのか、実篤には理解出来なかった。それに対して、有益な情報に対する対価を支払うのは異国では当然の行いだと畠山嘉次は答えた。
予想外に報酬が多かったのか、アレッサンドロの目が初めて微笑んだ。
「そうそう、もう一つお話があります。子どもが一緒だと聞きましたが、本当ですか?」報酬に気を良くしたのか、別れる際にアレッサンドロが実篤を引き留めた。
知られているとは思ったが、実篤としてはこの話題を避けたかった。イスラム諸国との交易開拓に子どもをどうして連れて行くのか、そう問われたらどう答えようかと思っていた。
「本当ですが、それがどうかしましたか?」
戸惑い気味に聞き返す実篤を気遣ってか、アレッサンドロは他意の無い証しのように両手を胸の前で大きく拡げた。
「子どもがなぜいるのか、などと野暮な質問はしませんよ。実は、バクダッドから戻ったイスラムの交易商人から奇妙な噂を聞いたのです」
「奇妙な噂ですか?」
「はい。昨年、二十人程のバタン王国の王室近衛兵が、数人の子どもを連れてバクダッドに到着したそうです。旅の目的は秘密でした」アレッサンドロは実篤と畠山嘉次を見ながら話し始めた。
「ところが、全員が宿泊先で遺体になって発見されました。前夜には、室内から緑色の光が瞬き、何人もの悲鳴が聞こえたそうです」
えっ、と実篤は思わず声が出そうになった。「殺されたのですか?」
「ええ、どの遺体も身体が引き裂かれてひどい有様だったとか。バグダッドは治安が良くて人殺しは少ない。それなのに、近衛兵と子どもは無残にも殺されたのです」アレッサンドロは顔をしかめた。
実篤は息が止まりそうだった。まさか、その子どもは翡翠の玉を輝かせる異能の子だろうか。藤原忠綱が話していたように、永遠の命を求めてエルサレムへ向かう途中だったのだろうか。
「では、私たちも気を付けましょう」
実篤は畠山嘉次を急かしてアレッサンドロの家を後にした。
二日後、実篤たちが乗り込む予定の交易船が臨安に戻ってきた。到着の知らせを受けて、実篤は畠山嘉次と一緒に港へ向かった。交易船を見た実篤は驚いた。日本から臨安へ渡ったジャンク船も大きかったが、それよりも大きい。船体の形も帆の造りもジャンク船とはまったく異なっている。
交易船は積み荷を降ろしている最中だった。屈強な人夫たちが大きな麻袋や重そうな木箱を担ぎ、次々に馬車へ積み上げていた。
畠山嘉次は、人夫たちを大声で指揮している初老の男に近寄った。その男こそ実篤たちが乗る交易船の船長であり、交易商人のラシド・サイードだ。
サイードは、浅黒に日焼けした大柄な身体にイスラム特有のゆったりとした服を着こみ、頭には布地を巻いている。彫りが深く、険しい顔には鉤鼻の高い鼻が目立っている。
「出航は十日後になる。新たな荷物を積まなきゃいかんし、わしも乗組員も休まなきゃならん。悪いが今は忙しい」それだけ言うと、サイードは実篤たちに背中を向けて人夫を怒鳴り始めた。実篤と畠山嘉次は仕方なく港を後にした。
出航までの間をどうしたものかと実篤は思案していた。そこに、畠山嘉次が武具の店を紹介しましょうと提案してきた。
「私は武士ではありません。ですが、私の目から見ても日本の武具と大陸の武具は大きさも形も違うのが分かります。異国での長い道中には危険もあるはずです。大陸の様々な武具を見定めておいてはいかがでしょうか」
実篤は驚いた。実篤たちの日本刀を見ても、興味の一つも示さなかった畠山嘉次の言葉とは思えなかった。一方、畠山嘉次の言い分はもっともだった。
実篤は、異国の道中で揉め事を起こす気はさらさらない。さらさらないが、揉め事が降り掛かってくれば対処せざるを得ない。止むを得ず戦わねばならない時もあるだろう。そうであれば、あらかじめ異国で使用されている武具を知っておくのが良い。そうすれば、冷静に臨機応変に戦える。
次の日、畠山嘉次の案内で、南宋やイスラム、ヨーロッパの武具を揃える店に向かった。店の主人は宋の時代に部隊長を務めており、武具の扱いには極めて詳しい、と畠山嘉次は教えてくれた。
店は大通りから外れた裏路地にあり、とても貧相な店構えだった。武具に素人の畠山嘉次が捜した店でもあり、実篤は大丈夫なのかと心配した。
薄暗い店の中には様々な武具が置いてある。実篤も、ある程度は予備知識を持っていた。モンゴル、イスラムの剣は軽く、三日月のように湾曲した形の物が多い。ヨーロッパの剣は重く、平らで真っ直ぐだ。日本刀のような細く長い刀は店内には見当たらなかった。
実篤たちが店内を見ていると、店の奥から老人が出てきた。この店の主人で、六十歳は越えているようだが背筋は伸びて姿勢が良い。
畠山嘉次と老人は何か話し合っていた。話し終えた老人は実篤たちに向かって何か言った。「日本の刀は知らない、ぜひとも見たい、と主人は言っております」畠山嘉次が通訳した。
実篤は腰に下げた日本刀を鞘ごと抜き取り老人に手渡した。老人は左手で鞘を握り、右手で柄を握った。しばらく重さや柄の握り具合を確かめ、ゆっくりと鞘から日本刀を抜いた。鞘を机の上に置き、老人は舐め回すように刃を眺めた。
「うーむ、これは美しい」老人は刃先の美しい仕上がりに感嘆した。「美しいが、残念ながらこれではまったく戦えないな」
実篤たちは戸惑った。「ご老人、戦えないとはどういう意味か?」実篤が質問した。
畠山嘉次の通訳を聞いた老人は、やれやれといった面持ちで首を左右に小さく振った。「日本の武士の戦い方は聞いている。お互いに名乗り合い、一対一で戦うそうだな」
「そうだ、それが武士の礼儀だ」
畠山嘉次の通訳に老人は大声で笑いだした。
小太郎や彦助は「何を笑う?」「無礼な奴め」と老人を取り囲んだ。ところが、老人は一向に気にしていない。
「日本刀は真に美しい。されど、このような細く繊細な刃先では、五人も斬り倒せばぼろぼろに欠けて使い物にならん。それに、モンゴルやイスラム、ヨーロッパの戦い方は集団戦だ。日本の武士の礼儀など誰が守るものか」
老人の言葉に、実篤は安芸の山中での山賊との戦いを思い出した。武士の礼儀など意に介さない山賊は、常に神出鬼没の集団戦を仕掛けてきた。実篤は、いつも三、四本の日本刀を背中に背負い、二、三本の小太刀を腰に括り付けていた。次々と襲って来る山賊を斬り倒し、刃先が欠けたり折れたりすれば次の日本刀へ取り替えた。自分の持っている日本刀がすべて使い物にならなくなると、斬り殺した山賊の日本刀を奪って戦った。
「確かにご老人の言うとおりだ。どうすれば良いか?」実篤は老人に非礼を詫びて教えを乞うた。
「お前さん方は西方へ行くのだろう。それならば、イスラムやヨーロッパの戦い方を学びなさい。幾らかでも金を払う気があるなら、わしが教えてやっても良い」老人は白く伸びた顎鬚を撫でながら実篤たちを見回して言った。
日本刀でなければ戦えないというような拘りは実篤にはない。山賊との戦いが実篤の常識をすでに壊していた。山賊と戦うため、実篤は山賊のように山中を駆け巡った。山賊のように考え、山賊のように待ち伏せした。だからこそ、実篤は山賊に勝てたのだと思っている。
出航までは十分すぎる程に時間がある。実篤たちは、宋の部隊長を務めたというこの老人に教えてもらうことにした。
教えてくれるのは良いが、何処で教えてくれるのかと実篤は尋ねた。老人は店の奥を指差して、裏の庭で教えると答えた。教えてくれる間は店を放ったらかしにするのかと実篤はまた尋ねた。老人は含み笑いをした。二つ通りの向こうで雑貨屋を営む娘婿を呼ぶ、自分が用事で店を開ける時は、いつも娘婿に店の番をさせている、と答えた。
「ひょろっとした色白の婿でな、武具を売るにはまるで頼りにならない。それでも金勘定は出来るからな」老人はおかしそうに笑った。
翌日から、実篤たちはモンゴル、イスラム、ヨーロッパの剣や弓の扱い方、戦い方を教わった。裏庭といっても十分な広さがあり、実篤たちが二手に分かれて模擬戦が出来た。
実篤はわらびと茶々も連れてきた。戦い方を覚えさせるためではなく、敵の攻撃から身を守るためだ。戦いによっては、実篤たちは子どもたちの守りに手が回らなくなるかもしれない。敵はどう攻めて来るのか、敵からどう逃げれば良いのか、それをわらびと茶々は学んでおく必要があった。
老人の話は簡潔で分かり易かった。武具を知らない畠山嘉次が通訳出来るように、老人が言葉を選んでいるのが良く分かった。
「モンゴルやイスラムの湾曲した軽い剣とヨーロッパの真っ直ぐで重い剣の違いは、それぞれの使い方、戦い方に起因する。それを覚えておけばどんな剣を手にしてもお前さん方は戦える」老人はそれぞれの武具の特性を実篤たちに教えた。
モンゴルやイスラムの兵士は馬の機動力を最大限に活用して戦う。軽装備で馬に跨り戦場を素早く駆け抜ける彼らは、立ちふさがる敵を湾曲した軽い剣で次々に撫で斬る。相手に致命傷を与える必要はない。相手が戦えないように負傷させれば良い。また、彼らの本当の怖さは弓にある。馬上から弓を正確に放ち、離れた場所にいる敵を仕留めて囲い込んでいく。モンゴルやイスラムの騎馬兵に囲われたなら助かる見込みはない。
一方、ヨーロッパの兵士は甲冑を身に付けて戦う。甲冑を身に付けている相手に軽い剣では致命傷を与えられない。だから、重い剣を振り回し、勢いをつけて甲冑を打撃して相手の動きを弱める。相手が甲冑を身に付けていなくても同じように戦う。斬るだけでなく、相手の身体の骨を折り、砕くという訳だ。馬上の戦いも甲冑を身に付ける。ヨーロッパの騎士は馬の機動力など最初から無視している。騎士はまず槍を使う。槍を水平に構えて馬で突進し、突進する勢いを利用して槍先で相手を突き倒していく。
「状況と相手に応じて剣の種類を選んで戦えば有利になる。お前さん方は日本人だ。どの剣を使おうが文句を言われる筋合いはなかろう」老人はそう言い、モンゴル、イスラム、ヨーロッパの剣を実篤たちに手渡した。
八日間を使い、実篤たちはモンゴル、イスラム、ヨーロッパの武具の扱いや戦い方を学んだ。近江武士の五人も、武術の基本がしっかりと出来ているだけに覚えも早かった。
最後の日、すべての教えが終わった後に実篤は老人に尋ねてみた。「イスラムと十字軍の戦いではイスラムが優勢と聞く。馬を使った機動力が勝敗を決していると聞いた。では、馬を降りて戦えばどうだろうか?」
老人はふふんと笑った。「馬を使って勝利しているのなら、わざわざ馬を降りて戦ったりはしない。降りて戦うとすれば、イスラムにとって戦況が圧倒的に有利な時だけだろう」
「あなたがイスラムと戦うとしたら、どのように戦うか?」
老人はしばらく考えてから答えた。「イスラムが馬を使えない状況に持ち込み戦うな。まあ、それはこちらにとっても馬が使えない不利な状況かもしれん。そうだな、お前さん方のように少人数で多人数を相手にするのなら夜襲だ。夜なら馬を使えず、敵の数が分からず、同士討ちを恐れて向こうはすぐに反撃してこない」
やはり山賊との戦いみたいになってしまうのか、実篤はそれと分からないように苦笑した。実篤は老人に謝礼を支払った。その上で、イスラムの剣とヨーロッパの剣を一つずつ購入した。
店を後にした実篤は、老人を紹介してくれた畠山嘉次へ恩義を感じた。一方、刀や剣にまったく興味のない畠山嘉次が、この老人をどうして知っているのか不思議に思った。
もしかしたら、佐々木経久からの指示ではないか、そう考えた実篤は畠山嘉次に尋ねてみた。意外にも、実篤たちに異国の武具を学ばせる機会を作って欲しいと指示したのは藤原忠綱だった。
「皆さんはかなりの手練れだと先の手紙にありました。同時に、異国の地では武具も戦い方もまったく異なるだろう、エルサレムへの道中が平穏とも思えない、異国の武具や戦い方を是非とも学ばせてやってくれ、そう書いてありました。それで、あの老人を捜し出したのです」
実篤たちは遠く日本にいる藤原忠綱の配慮に深く感謝した。




