第二章 一二一九年、秋 サフリム(其の六)
第二章 一二一九年、秋 サフリム(其の六)
古の一族のシャーマンが古い始祖の玉を葬る時、新たな始祖の玉を始まりの地で造る。それは、古の一族のシャーマンの定めであり、過去からずっと言い伝えられてきた。もちろん、ハシムは幼いパールにもそれを言い伝えていた。
その言い伝えの真実について、ハシムは何も知らない。それはパールも同じだ。二人は始祖の玉など見たこともなかったし、永遠の命も信じていなかった。言い伝えなど、所詮は戒め程度の言葉だと考えていた。
ところが、あの悪魔と対峙して二人の考えは一変した。言い伝えには真実がある。前世の者が後世の者に必ず伝えておきたい重要な真実、それが言い伝えだと思い知った。
その一方、言い伝えには理解出来ない語句を用いる場合が多い。当事者以外には分からない比喩を用いたりもする。その内容が重大かつ秘密である場合は特にそうだ。幾世代に渡ってその言い伝えが伝授される内、言葉としての比喩は残るが肝心の意味は忘れ去られてしまう。
ハシムとパールは、今まさにそうした問題に直面していた。それは、始まりの地であるラトを指し示す言葉だ。それは謎解きの言葉としか思えない。
「聖なる地より陽が昇る大いなる都へ六十日を進み、動かぬ星が指し示す方角へ六十日を進め。そこに始まりの地はある」ハシムが不可解な顔をしながら言った。
「巨神は十歩を歩き、左を向いてさらに十歩を歩く。その時、出発した地より到達した地まで巨神は十四歩を歩けば良い」パールも続けて言った。
どちらも、始まりの地ラトの位置を表す。ラトという地名をハシムは知らない。村に立ち寄る交易商人にラトという地名を知っているか聞いたこともあるが、ラトを知る者は一人もいなかった。
「始まりの地ラトか。いったい、ラトは何処にあると言うのか」ハシムは困惑しながら言った。
「聖なる地とはエルサレムなの?」パールが尋ねた。
「それは間違いないだろう。エルサレムから六十日で大いなる都に行き、そこから動かぬ星が指し示す方角、つまり北へ六十日の所にラトがある。ううむ、これでは分からん。まずはエルサレムへ行き、ラトの手掛かりを捜すしかない」
パールは何も言わない。どうしたのかと思いハシムは顔を上げた。すると、パールが思い詰めた表情でハシムを見つめていた。
「世界は一つの大きな戦乱に覆われようとしている、対話がそのように教えてくれました」
「一つの大きな戦乱?それは何だね?」
「大陸の西と東で起こった二つの戦乱が合わさり、一つの大きな戦乱になるらしいのです。それは永遠の命を求めて引き起こされる戦乱です」
パールは、対話で観た像をハシムにも教えた。遥か昔から、永遠の命を求めて人々は殺し合ってきた。いつの時代でも、永遠の命を求める人々の争いが繰り返されてきた。
永遠の命を求める二つの戦乱、ハシムはキタイの言葉を思い出した。イスラムとヨーロッパの戦い、モンゴルとイスラムの戦い。果たして、それが一つになるというのだろうか。
「永遠の命を求め、奪い合う戦争であれば、私たち古の一族にも責任があります」パールは躊躇うように言った。
ハシムは驚いた。それは、ハシムが先代の長から教えられた話と似ている。先代の長は若いハシムによく話した。シャーマンの超常の力や永遠の命を巡って古来より多くの戦争が起きた。永遠の命を守る我ら古の一族はその度に利用され、迫害された。それでも忘れてはいけない、我ら古の一族こそが世界を統べる。我ら古の一族こそが世界を融和と調和に導ける。
先代の長の話を聞き、若いハシムは古の一族を率いる決意をした。今のパールの言葉でハシムは若い頃の決意を思い出した。
「我らは古の父を祖先に持つ高貴な一族だ。その誇りを忘れてはいけない。お前は古の一族のシャーマンだ。その昔、シャーマンは世界を統べる者だった。だから、お前は毅然として始まりの地へ向かえ。護衛してくれていても、モンゴルの連中に臆する必要はない」
パールは躊躇いながらも頷いた。「ねえ、ハシム。一緒に行く騎馬兵は何人かしら。それに、ハクレアとゲンツェイが同行するのをキタイ隊長は納得しているの?」
「さあ、何人になるかまだ分からん。ハクレアとゲンツェイについては、キタイ殿に不満はあるだろうが納得している。ハクレアについては本人が申し出たのだからな。ハクレアの父親は反対していたが、ゲンツェイが同行すると聞き許したらしい。娘が無事に帰れるように守ってくれとキタイ殿に懇願したそうだ。そう言えば、キタイ殿も不思議がっておったよ。以心伝心と言うのか、お前とハクレアには深い結び付きがあるらしい、とな」ハシムは不思議そうに言った。
「結び付き?」パールは聞き返した。
「ハクレアは、お前と出会う前からお前の存在を感じていたそうだ。ハクレアがサフリムに残ったのもそのためだ」
「ハクレアの家系にはシャーマンでもいるの?」
「いや、そんな話は聞いておらぬ。ハクレアの家系はイスラムの鍛冶職人だ」
そう言いつつ、ハシムは疼きのような心の痛みを感じていた。それはパールが旅立つ前にどうしても話しておかなければならない、始祖の玉の生成に係わる秘密だ。
その秘密を知れば、パールはきっと辛い思いをする。それも古の一族のシャーマンの定めなのだろうか。その秘密をいつパールに話すか、やはり出発の前夜しかない。
二日間が過ぎた。小雨が降る草原を歩き、ハシムは騎馬兵の宿営地へ向かった。歩哨はキタイの天幕にハシムを案内した。キタイは椅子に深く座り、剣の手入れをしていた。
誰が始まりの地へ一緒に行くのか、ハシムはキタイに尋ねた。
「隊長はカウナ、ジョシェとムーレイも行く。後はお嬢さんご希望のゲンツェイとハクレア。お嬢さんを含めて六人となる」
騎馬兵はたった四人か?ハシムは驚き、不安な気持ちになった。
ハシムの気持ちを察したようにキタイは続けた。「人数が多いと目立つし、足も遅くなる。敵中を密かに突破するには少人数がいい。それに、選んだのは腕の立つ優れ者ばかりだ」
そういうものなのか、しかし、敵中を密かに突破するとはどういう意味だろうか。そう思ったハシムもすぐに思い出した。モンゴル軍は、今まさにイスラム諸国へ侵攻している。
「ところで、私もハシム殿に是非とも聞きたいのだが?」キタイが右手で剣を持ち上げ、刃先を見回しながら言った。
「あの悪魔は何をしに村を訪れたのか。私には、お嬢さんに会いたかったようにも受け取れた。それに散々暴れておきながら、最後は抵抗もしなかった。なぜだ?」
「あの悪魔は死にたかったのだ」ハシムが憐れみを込めて言った。
刃先を流し見していたキタイの目が止まった。「永遠の命を得たのにどうして死を望む?」
ハシムはキタイを見つめている。「大ハーンが永遠の命を求める理由は何か?」
キタイは眉をひそめた。話をはぐらかすつもりなのか。「質問に質問を返すのか、まあいい。大ハーンが世界を手中に納めるにはまだ時間が掛かる。だからまだ死ねない」
「たった、それだけのためか?」ハシムは拍子抜けしたように言った。
キタイは苛立った。「それだけ、とはどういう意味だ。他に何がある」
「いや、失礼した。では、キタイ殿は永遠の命を望みますかな?」
「えっ、それはどうかな、考えたこともないな」予想もしていなかった質問にキタイは答えに詰まった。私が永遠の命を得る?永遠に生きて何をする?
キタイはハシムを見返した。ハシムは小さく頷いた。
「永遠の命と言えば聞こえは良い。しかし、それは永遠に生き続けなければならないということ。世界を手中に納めた後、大ハーンは永遠の時をどのように過ごされるのだろうか?」
キタイは考えた。人は限られた寿命の中で夢や望みを叶えようとする。夢や望みが大きい程、限られた寿命の中で叶えるのは難しい。だから、誰もが長く生きたいと願う。では、夢や望みをすべて叶えてからも永遠に生きなければならないとしたら、人は何のために生きようとするのか。
「憎しみと絶望に彷徨う者が来る、その者が求めればシャーマンは永遠の安らぎを与える。永遠に生きねばならない苦しみは死よりも辛い苦しみに違いない。きっと心は歪み、身体は醜くなり、あの悪魔のように成り果てるのではないか?」
それからしばらく、二人は沈黙したままだった。雨粒が天幕を打つ音が妙に大きく聞こえた。
「それは本当なのか?」キタイはおずおずと聞いた。
「真相はわしも分からぬ。が、そう考えると辻褄は合うような気がする」
「永遠の命があんな化け物を産み出すのなら、古の一族が始祖の玉を守り続ける目的は何だ?」
キタイの疑問は当然だとハシムは思った。一方で、古の一族が呪われた一族とも呼ばれているのをキタイは知らないのだと気付いた。そうであれば、わざわざキタイに教える必要はない。ハシムは知らぬ振りをしてキタイに隠し通そうと考えた。
「今となればわしにもそう思えるが、すまぬ、そこまでは分からぬ」ハシムは俯いて謝った。
キタイはハシムの嘘を見抜けなかった。悪魔と始祖の玉の謎解きに集中するあまり、ハシムの嘘に気付く余裕がなかった。
「その話はもう止めよう。それよりお嬢さんは大丈夫か?何かを思い詰めているようだが」
「大陸の西と東で起こった戦乱は一つの大きな戦乱となって世界を覆うらしい。永遠の命を奪い合うため起きた戦争であれば古の一族にも責任はある、だから何とかしたいとあの子は思い詰めておる」
刃先を羊毛で丹念に拭いていたキタイの手が止まった。たった一人のシャーマンが戦争を止めるなど愚かしいにも程がある。戦争を止めるには完全な勝利と完全な敗北しかない。大ハーンとローマ教皇の双方が永遠の命を得たりすれば、それこそ世界を我が手にするため永遠に戦争は続く。
ただ、キタイはその考えをハシムに言わなかった。話しても、ハシムが好意的に聞いてくれるとは思えなかった。
その後、ハシムは村へ帰っていった。いつの間にか雨は止んでいた。草原のあちこちで秋の虫がまた鳴き始めている。
キタイは剣の手入れを終えて天幕の外へ出た。雨雲の合間から秋の青空が見えている。紆余曲折はあった。それでも、これで大ハーンの望みを果たす一歩が踏み出せそうだ。ハシムの言う悪魔の話が本当だとしても、永遠の命を得た大ハーンがどうなるかなど要らぬ心配だ。
それから三日後の午後、サマルカンドから戦利品を運ぶ馬車八台と三百二十人の騎馬兵が村に到着した。キタイは、ハシムの了承を得た上で彼らを村に招き入れ、その惨状を見せた。
ホラズム軍の敗残兵による大規模な夜襲があった、一晩で村人は八十人以上、騎馬兵も三十人近くが殺された。キタイはそう説明した。生き残った騎馬兵の全員が同じように口を揃えた。
クォルカが持っていた木箱を一緒に運んでもらえないか、キタイは戦利品を運ぶ隊長へ丁重に願い出た。巻物は木箱に戻し、木箱の蓋は漆喰で塗り直して元通りにしていた。
隊長は事情を鑑み、快く承諾した。キタイは感謝し、念のために天山山脈の間近まで宿営地の騎馬兵を出して護衛させようと申し出た。
隊長は、キタイの申し出に感謝しつつも固辞した。心配は無用、手練れの者を揃えています。キタイ殿の宿営地こそいっそう守りを固めてください、と隊長は答えた。
宿営地の近くで一晩野営した後、馬車八台と三百二十人は出発した。モンゴルへの帰還を希望した別動隊の生き残り十一人も一緒にサフリムを離れた。
始まりの地ラトへの出発を翌朝に控えた夜、ハシムは始まりの地で何をすべきか、知る限りをパールに教えた。その話を聞いたパールは驚き動揺した。
ハシムはパールを諭した。「古の一族のシャーマンとしての務めを毅然として果たせ。そうすればゲンツェイとハクレアもきっと理解してくれる」
泣きそうなパールはハシムに訴えた。「ゲンツェイとハクレアには話さなくていいの?」
ハシムはゆっくりと、しかし、はっきりと言った。「話す必要はない。お互いに立場が違う。明日からは心にそう命じて親しくするのを止めよ。それは、お前自身を守るためでもある」
パールは俯いた。パールの目から涙が流れ落ちていった。
「いいか、モンゴル軍の騎馬兵を信用してはならん。連中の目的は始祖の玉だ。少しでも隙を見せれば、奴らはお前を言い含めて始祖の玉を奪おうとするに違いない。始祖の玉を生成しても、決して連中に手渡してはならない。お前が無事に村まで持ち帰るのだ」
俯いたまま涙を流しているパールが小さく頷いた。
定めは守らねばならない。慰めなど言っても何の役にも立たない。それでも、ハシムはパールがかわいそうだった。愛する孫娘には重過ぎる程の重圧が圧し掛かっている。その重圧は、長である自分が与えたも同然だ。
「パール、無事に帰って来い」そう言ってハシムは優しくパールの肩を抱いた。パールは声を上げて泣き始めた。
こんな年寄りに流す涙など残ってはおらんだろう、そう思っていたハシムも涙を流した。
天山山脈の麓まで朝日に照らされ始めている。間もなく、村にも朝の陽射しが入り込んでくる。そうすればすっかり冷えた空気も少しは暖まる。
「行ってきます、父さん」馬に跨ったハクレアがオルリに別れを告げた。
オルリは涙を流しながらハクレアを見上げている。ハクレアの胸元の小物入れからコハクがちょこんと顔を出している。
「皆に迷惑を掛けるなよ。無事に戻って来い、待っているぞ」オルリが涙声で返した。
ハクレアはナーダムに出場した時の剣舞の服装だ。皮の胸当てを付け、腰には騎馬兵の剣を帯同している。その姿はとても凛々しい。
「うん、必ず戻る。父さんも元気でね」気丈なハクレアだが、いつの間にかその目にはうっすらと涙が光っている。
その横ではパールがハシムに別れを告げていた。昨夜のハシムの言葉のとおり、馬上のパールは毅然としている。
この子は決意を固めた、この子は別れを悲しむまいと必死に耐えている。それがハシムには分かった。そうであれば、わしも別れを悲しむ訳にはいかない。
「パール、古の一族のシャーマンとしての誇りを忘れるな」ハシムが力強くパールに言った。
無表情を装ったパールが少し微笑んだように見えた。シャーマンの白い服装を身にまとったパールは、ハクレアとは違う意味で凛々しい。ハシムが修復した翡翠の首飾りが白い服に映えていた。
キタイたちは少し離れた場所でハクレアやパールを見ていた。二人が家族と別れる大切な時間を邪魔するつもりはない。始まりの地ラトに着くまで何カ月掛かるか分からない。無事に戻ってこられるかどうかも分からない。名残は尽きないだろうが、今はしっかりと別れておくべきだ。
キタイは背後に振り向いた。四人の騎馬兵が馬に跨り待機している。カウナ、ジョシェ、ムーレイ、ゲンツェイ。彼ら四人がパールとハクレアを護衛し、始まりの地ラトへ辿り着き、始祖の玉を無事に持ち帰る。
カウナたちは弓矢を鞍に吊るし、腰には剣を帯同している。それ以外にモンゴル軍の騎馬兵と分かるような武具は外している。
別れを惜しむハクレアたちの向こうに見える村を、カウナはぼんやりと見ていた。朝日が照らし始めた村ではそろそろ人々が起き始めている。数戸の家からは朝食を作っているらしい白い煙が立ち昇っている。
穏やかな秋の朝だ。燃え落ちた家々が視野に入らなければ、あの夜の凄惨な殺し合いが嘘としか思えないほど平和に思える。
「隊長、始まりの地であるラトとは何処にあるのですか?」ジョシェが聞いてきた。
「エルサレムからどこかの都へ六十日で向かい、そこから動かぬ星の方角へ六十日の所にある。馬で六十日なのか、歩いて六十日なのかは知らん。そもそも、エルサレムが何処なのかも知らん。これは、ちょっとした問題だな」カウナは真面目な口調で答えたが、その目は笑っている。
「はははっ、まさにちょっとした問題ですね」ジョシェも笑った。
ジョシェは二十三歳、白い肌に金髪で青い目、高い鼻筋が目立つ。ジョシェの祖先はキプチャク族だ。キプチャク族は、カスピ海の北東に広がる草原地帯を生活の場とする遊牧民だった。キプチャク族はネストリウス派から派生したキリスト教の一つ、アッシリア東方教会を信仰していた。しかし、ロシア正教を信仰するキエフやルーシから異教徒の烙印を押され、長年の迫害の末にカザフを経由してモンゴルへ逃げ込んでいた。
ジョシェの横で静かに佇んでいるのはムーレイ、二十四歳。褐色の肌に黒髪と黒い瞳、長いまつ毛が目立つグルディスタン人だ。故郷はアッパース朝の北部になるが、ムーレイの部族は祖父母の時代に起こったイスラム教の宗派を巡る戦いに敗れて故郷を離れた。ムーレイの祖父母たちはエルブルス山脈を越え、カラコルム砂漠を横断し、モンゴルへ辿り着いていた。
ジョシェとムーレイは、自分たちの生い立ちを祖父母や両親から聞かされていた。だから、宗教が異なるというだけで人と人の間に壁を造る愚かさや虚しさを知っている。同じ戦場で共に戦ってきたジョシェとムーレイは、お互いの宗教に敬意を表し、自らの信仰を大切にしている。
カウナが二人を選んだのは、優れた騎馬兵だからだけではない。これからは、イスラム教とキリスト教の支配地域を通り抜ける。それぞれの宗教に詳しい二人を選んだ。もちろん、カウナは二人とかつて同じ部隊で共に戦っており、お互いの気心は十分に知っている。キタイも、カウナの人選について何一つ反対しなかった。
「そろそろ出発しよう」カウナがパールとハクレアを促した。
ハクレアはオルリと握り合っていた左手を離した。パールはハシムに右手を軽く振った。
それぞれが馬の手綱を軽く引き、両足で馬の横腹を軽く叩いた。パールはまだ馬に慣れていないため、ハクレアが近寄って手綱の取り方を教えている。
六頭の馬はゆっくりと西へ向かって歩き始めた。
「全員、無事に戻って来い。いいな!」キタイが大声で叫んだ。ジョシュとハクレアが振り向いて手を振って応えた。
いつここに戻れるのか、果たして戻れるのか、それは誰にも分からない。今は始まりの地ラトへ向けて進むしかない。
パールも振り返った。気付いたハシムが大きく手を振っている。パールも大きく手を振った。
その時、パールの心に異国の者の声が聞こえたような気がした。いつか会える、きっと会える、嫌な感覚ではない。パールはすぐにハクレアを見たが、ハクレアではない。ではいったい誰なの?
秋の朝の弱い陽射しが明るさを増してきていた。空を見上げると、澄み切った青空を細長い白い雲が流れている。
パールはその光景を美しいと感じていた。




