03 愚痴
……キレて飛び出してきちゃったよ。
このまま帰ると気まずいなんてもんじゃないよ。
とりあえず、頭を冷やさなきゃ。
えーと、とっさに『転送』しちゃったこの場所は、ヒメ湖ですね。
けんちゃんのお知り合いのシナギさんたちが暮らしている、結界のおかげでこの上なく静かな湖のほとり。
最近、我が家が騒がしいので、ちょくちょく避難させてもらっているのです。
シナギさんは、と。
はい、ご在宅ですね。
いつも通りの定位置で、釣りしておられますよ。
正確には"釣りもどき"と言う、精神修行的な何か、らしいのですが。
こんにちは、シナギさん。
勝手におじゃましちゃってすみません。
「こんにちは、サイリさん」
「勝手にってことは、また避難してきたのですか」
そうなんです、少しだけ、愚痴を聞いてもらえませんか。
かくかくしかじか
「うーん、難しい問題なのです」
「クロ先生もササエさんも悪気があるわけではないけど、流石に今日はサイリさんの我慢の限界を超えてしまった、と」
突然キレちゃったのは反省しなきゃ、なのですけど、さすがにこれ以上の同居は無理かな、って。
「でも、サイリさんも変われたってことでしょう」
?
「知り合って間もないですけど、たぶん今までのサイリさんだったらキレる前に身を引いていたのではないかと」
……そうですね。
人付き合いがこじれたら、と言うか、間違いなくこじれそうになる前に逃げ出してました。
「俺はご覧の通りの不調法者なんで上手な人付き合いについてどうこう言えないけど、この短い期間でサイリさんを変えたあのふたりって、凄いと思うのです」
「でもまあ、もう少し自重して欲しいって言うのは、同感なのです」
ありがとうございます、シナギさん。
「いいわねえ、男同士の友情って」
うわっ、ヒメルミネアさんっ、いつの間に、
ってか、どうやってシナギさんのひざ枕ポジションに。
「うふ、ヒメ湖の精霊さんを侮るなかれ、ですよ」
「それはそうとサイリさん、今日のおみやげは?」
えーと、ごめんなさいです。
今日は突発的な訪問なので、おみやげ無しなのです……
ぽかり
「痛ーい」
「駄目ですよ、ヒメルミネアさん」
「働かざる者食うべからず、食っちゃ寝ばかりのアレな精霊には、おみやげもご褒美もあるわけ無いのが当然なのです」
「だからって暴力反対ですっ」
「暴力では無いのです」
「ひざ枕利用料未払い分を含めた愛のムチなのです」
「シナギさんの愛……」
えーと、盛り上がっているところを大変申し訳ないのですが、これ以上いちゃいちゃっぷりを見せつけられるのは独り者には目の毒極まりないので、勝手ながら失礼させていただきます。
それでは、お幸せに……
「ちょっと待って、サイリさーんっ」
……
あー、何ですかね、この異世界。
右を向いても左を見ても、
いちゃいちゃのらぶらぶだらけですよ。
しょうがないですよね、僕には身分不相応と言うか自業自得と言うか。
引きこもりでコミュ障な駄目男は、黙って自宅でおとなしくしているのが一番ってことなんですよ、きっと。
それじゃ、帰りましょうか。
キレちゃったこと、ちゃんとおふたりに謝らないとね。




