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伏魔殿②

 トレイに乗っている皿を食卓に置いて、アメリアさんは席に座った。

 皿の上には卵とか肉とかパンがある。ずいぶんまともな食事だと思う。しかし宗教施設に預けられた孤児に対してのものにしては豪華過ぎるのではないか。


 よく映画で見るオートミールみたいなドロドロの、エサ的なものが出されるんじゃないかと私は覚悟していたが、嬉しい誤算であった。

 久々に見たパンに感動してしまう。なんだかちょっと前まで悩んでいたことがどこかへいってしまう勢いで嬉しい。

 広口のマグカップのような入れ物に入っているスープにはきのこや野菜が入っていた。


「水の神様にお祈りしてから食べます」


 そう言ってアメリアさんは、指を組んで机に肘をつくと、目を閉じてお祈りをした。


「こうやって、神殿にいるときだけでいいからやってね。そうしないと……食堂で働いているオバちゃんたちが、司祭さまに言いつけちゃうからね」

「はい」


 言いつけられるとどうなるんだろうか。感謝だけでご飯が食べられるのならいくらでもしようじゃないの。

 卵は目玉焼きで塩味。お肉は少し硬いけど味はおいしい。パンも固いけど私はこういうパンが好きな方なのでこれもおいしいと思う。

 はっきり言って元の世界の料理よりはおいしくないけど、山で質素な芋汁ばかり食べていたからこれで充分感動できるのだ。

 つくづく私ってちょろい。


 ああ~幸せ。

 私はスープを飲みながら恍惚感に浸った。そういえばこの神殿に着てから幸せを感じていることが多いかもしれない。こんなことでいいのかという危機感がちょっとだけある。


 大昔、どこかの国ではお祭りの最後に生贄として殺される人に、1年間だけいい生活をさせていたっていう話をテレビで見たことがあるけど、まさかその状態になっているんじゃないでしょうね。


「食べながら話をしたいんだけど」


 アメリアさんが話し始めたので、私は食べていたものを飲み込んで神妙に聞く。

 これから何を言われるんだろう。突然怖いことを言ったりするのはやめてください。


「私ね、嘘をつかれるとわかるのよ。そういう特技があって、だからここで働けてるの」


 ……は!?


 私は目が点になった。ちょっとすぐには彼女が何を言っているのかわからなかったのだ。

 正気なのか? それとも中二病? 


「保護される子供の中には、嘘をついて神殿に入ってこようとする子もいてね。盗みを働いて他に行くところが無くなった子や、人を殺して逃げてきたような子がいるのよ。だから私がそれを見つけるの」

「そ、そうなんですか」


 確かにそんな子と衣食住を共にするのは勘弁してほしいところだ。それにこんなに食糧事情が良かったら、変なのが無理してでも入ってこようとするのもわからなくもない。


 でも嘘がわかるって、ちょっとうらやましい。これから一人で生きていくにしても、誰かに騙されたり人をむやみに疑ったりしなくてすむじゃない。

 私にもそういう特技があればよかったな……。


「それで……リリア、最初にあなたに名前と年齢を聞いたわよね。あの時、嘘かどうか判別がつかなくて」

「えっ」

「こういう結果になる場合はたいてい、その人には記憶がないの」


 アメリアさんはどこか納得がいかないような顔で私を見ている。

 お、おお、良かった。「あなたの中身は異世界人ですね」なんて言われたらどうしようかと思ったわ。


「だからあなたの『覚えてない』というのを聞いて納得したわ。でも普通はそういう人はとても落ち着きがないんだけど、あなたは私が見たところ、とても落ち着いているようね。もう少し不安そうな感じがあってもいいと思うけど」

「そうですか……」


 私はいちおう不安そうな表情をしてみる。しかしさっきまで上機嫌で食事をとっていたのでまったく説得力は無いだろう。

 そうか、他人から見て、私は落ち着いているようには見えるんだ。よしよし。


「それで、あなたを連れてきたドルンとかいう山男の話によると、あなたは貴族の子かもしれないということだったから、司祭さまに『見て』いただいたのだけど、問題ないって仰ったということは、貴族の子ではなかったのかしら」

「え?」


 なぜそこで司祭さま?

 あの司祭のおじさんもなんかそういう特殊能力があるとか?


「それにしては客室に入れる意味がわからないのよね……。ま、そんなわけであなたが里子に出されるのは決まりなのよ。ごめんなさいね」

「あ、はい」


 なんとなく返事をしてしまった。アメリアさんはさっきから何の話をしているんだろう。里子ってあの、親がいない子を引き取って育てる人のことよね。

 それはいいことなんじゃないの? 

 どうして「ごめんなさいね」なんだろう。


 この世界の常識はまだよくわからなくて、私はちょっと自信をなくした。


******


「なーんだ。わかってるじゃない」


アメリアさんは肩の荷が降りたと言わんばかりの態度で、大きな声を出して笑った。


 昼食後にアメリアさんに文字を教えてもらったのだが、まったく予想していなかったことに、私は全部わかってしまったのである。

 知らない文字や記号のようなものがなぜかスイスイ読めたのだ。

 書く方はちょっと難しかったけど書いてみたら手が覚えているかのように書けた。


 どうしてわかるんだろう。

 理由を深く考えようとすると、ちょっと気持ち悪くなってきた。

 文字がわからないほうがまだ自然で、今の自分の状態は不自然な感じがする。


 しかし心当たりが無いわけではなかった。

 知らないものは「アスーファ」。

 知っているものは「イノシシ」「馬」と聞こえているし、言っている。


 つまりこの脳は翻訳しているのだ。私が意識しないうちに。

 だから文字も読めるし書ける、と理屈で言うとそうなるだろう。それは私にとって都合が良すぎて逆に不安になるくらいである。


「どうしてかはわからないのですが……そうみたいです」


 “リリア”のつづりを教えてもらって書いてみたところ、問題なく書けた。自分で見てもなかなかきれいな字だと思う。


 でもなぜかリリアと書こうとすると一瞬、ほんの一瞬だけ手が止まる。まるで「これじゃない」ような反応がある。この体の名前だから書き慣れていないわけではないはずなのに。


 私の様子がおかしいと感じたのか、アメリアさんは私の顔を覗き込んできた。


「顔色悪いけど、今日はもうやめる?」

「……はい。すみません」


 結局予定よりずいぶん早く読み書きのお勉強は終わってしまった。


 その代わり、読む練習のために子供用の絵本を借りて部屋に帰ってもいいことになったので「聖女さまの物語」という絵本を借りた。子供用と言ってもとても大きい本だから抱えて歩くような感じだ。


 夕食の時にはまたアメリアさんが呼びにくるらしい。

 アメリアさんは暇だからかまってくれているわけではなく、里子に出す孤児が来たら世話をする仕事もあるのだと言う。


「まあリリアは手間がかからないから助かってるわよ。じゃあね」


 そう言ってアメリアさんはどこかへ去っていった。


 昼食の時には悪い孤児がいると言っていながらこうやって放置されるということは、私は信用されていると考えていいのだろうか。


 そういえば司祭のおじさんはアメリアさんが私に読み書きを教えるのに難色を示した時『たぶんそうはならないだろう』と言っていた。司祭のおじさんには何かが『見えて』いたのかもしれない。


 私が知らないこの“リリア”のことが。


 聞きに行きたい。でも私が本物のリリアではないと気が付かれたら……と思うと怖くなる。

 ただ私が今後どうしていくべきかを知るためには、きっと聞かなくてはいけないことなのだ。


 さっきから全然思考がまとまらず、同じところをグルグル回っているだけになっているような気がする。


 私はため息をつきながら本を開いて独特な字体の文字を読むことにした。

 なんかこの紙も、紙というより布っぽい。


『聖女ヴィエナレーリィさまは、大司祭さまと王女ティファーナさまとの間に生まれたこどもで、生まれながらに風ききのまほうを持っていました』


「ティファーナ? なんだっけ……なんか懐かしいような」


 唐突に現れた名詞に不思議な感覚があった。


 私はその名前によく似たメーカーの湯沸かし器を使っていたことを思い出す。

 朝起きてスイッチを入れて、顔を洗って戻ってくるとお湯が沸いていて。デザインがかわいくてお気に入りだった。


 ……懐かしい。自分が死んでからそう日にちは経っていないはずなのに、もうあの一人暮らしの部屋に戻ることはできないのだと思ったら、どうしようもなく懐かしくなってしまう。


 社員寮ではなく自分で探した部屋を借りていたし、家具も家電も学生時代に貯めたアルバイト代で自分で選んで買ったものだった。

 自分だけの城なのが嬉しくて、どんなに仕事で疲れていても帰ったら掃除してきれいにしていたものだ。


 帰りたい。

 こんなところで泣いたって戻れるわけじゃないのに、涙がボロボロ出てきて仕方がない。


 この世界にはティッシュもないから気軽に鼻もかめないじゃない。

 何でこんなところに私はいるんだろう。不便すぎてもう嫌だ。


 周りを見るとベッドの横の棚の上にガーゼハンカチのような質感の布があったので、それで涙を拭いた。これが雑巾だったらかなりショックだ。


 私は気を取り直して続きを読む。


『風ききのまほうは、風にのってとどくいろんな声をきいて、よげんをするまほうです。ふつうの人にはその声はきこえません』


 ああ、予言をするための魔法ってことね。

 他の人には聞こえない声が聞こえるのか。一歩間違えば精神的な病気だと思われかねない。なんで「風きき」なんていう名前なんだろう。「うまい、うますぎる」って言わないといけないのか。


『聖女ヴィエナレーリィさまは、ある日「わるい病気がとなりの国からくる」という風の声をきいて、病気をなおすための薬草の準備と、関所をとめる予言をされました。そのおかげで国民にわるい病気はうつらなかったのです』


 この関所って国境のことかな。予言をして国のために役に立ったから聖女になったってことか。


『また、聖女ヴィエナレーリィさまは、まずしい人たちのために、なんども癒しのまほうで広場じゅうをつつんで多くの国民をお救いになりました』


 ……なるほど。

 読んだ限りでは聖女様というのはすごい善人のようだ。

 お金がなくて治癒魔法が受けられない人たちに対して無償で治癒魔法をかけたっていうことなんだろう。本人が自分の意思でやっているのなら凄いことだと思う。


 2つ魔法が使えるのも凄いんだろうな。生まれながらに持っていたのは「予言」の魔法だから、治癒魔法のほうは後天的に習得したのか。


 魔法って普通は何種類くらい習得できるものなんだろうか。ゲームとかだと全部覚えたりする人もいるけど、治癒魔法ひとつでここの司祭のおじさんみたいににありがたがられるわけだから、そんなに覚えられるものじゃないのかもしれない。


 この世界の魔法に対する知識が欲しい。

 よし、次は魔法に関する本を読もう。


 読み終わった本を抱えてそっと廊下に出る。

 大きな本だったけど内容は薄かった。子供向けだから仕方がない。


 そういえば本が置いてあった部屋は鍵がかかっていた。アメリアさんに頼んで開けてもらわないと。こういう子供に付き合わなきゃいけないなんてあの人も大変だな。


 あれ、何か話し声がするような……。


「さっきティファーナって言って、泣いていたのよ」

「へえ。なんでかな」

「わかんないわよ。でも声を出さないように泣いていたわ。12歳くらいの子供なのに」

「普段からあんまり喋らない子なのかもしれないだろ」

「まあ、そう言われればそうだとは思うけど、泣くときはワアワア泣くってのが普通じゃない?……」


 立派な建物だと思っていたがドアの作りが甘いのか、アメリアさんが誰か男の人と話しているのが丸聞こえだった。アメリアさんの部屋はどこだったか聞くの忘れたなあと思って、とりあえず近くの階段を降りて一階に行ったらこれである。


 男女が同じ部屋にいるということはこの世界の常識でも恋人同士か夫婦……となるのだろうか。アメリアさんはそこそこ若く見えたのにもう「そういう人」がいるのかな。

 この世界の住民は早熟なのかしら。


 話の内容は私のことを言っているような。

 泣いているところを見られていたのはうかつだった。でもどこから見ていたんだろう。あの部屋に覗き穴とかあったりして。……そんなのすごく嫌だ。

 本当にこの神殿大丈夫なのかな。不安がいっぱいになってきた。


 でも言えない。湯沸かし器を思い出して泣いていたなんて言えないわ!


 本を借りるのは夕食後にしよう……。


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