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伏魔殿①

 長いこと歩いてやっと神殿に着いた。

 神殿の前の道は馬に乗っちゃいけないという決まりがあるらしい。運動不足のこの身には大変つらかった。


 目の前に見える神殿に対する感想は「でかい」しかない。語彙力がなくて申し訳ないけど、思っていたのよりでかい。広い。

 想像力が乏しいのか、規模としては大きい集会所ぐらいかなってぼんやりと思っていた。


 ところが実際は、学校のグラウンドくらい広い前庭があって、その奥に視界の端から端まで、大理石っぽい白亜の建物が2階建てで建っている。

 よくよく見ていると一般的な学校より大きいような気がしてきた。

 神殿ですって言われたらまあそう見えるけど、お城ですって言われてもそう見えると思う。


 町を散々歩いて疲れた後で、これからこの広大な前庭をまた歩いていかなくてはいけないということか。

 だいたい土地がもったいないって。この前庭必要かな? 建ぺい率とかあるの?


 文句ばっかりを心の中で垂れ流しながら歩いた後、段差の大きい階段を3段くらい上がって建物に入る。バリアフリーなんてものはない世界らしい。


 大きな扉の前にいる男の人におじさんが何かを言うと、男の人が扉を開けて説明をする。


「入ってすぐ左の部屋が受付になります。子供は部屋の前にいる職員に預けてください」


 丁寧だけど感情のない話し方は前世のお役所を思い出して、ちょっと緊張してしまった。何も悪いことはしていないのに。

 でもあれだ、中身がこの世界の人間じゃないとか、傷がすぐ治る体だとか、そういうのは知られないようにしないとね。


「リリア、ちょっと」


 受付に行く前におじさんが私を振り返って呼んだ。


「これ、ニルンから。ちゃんとお別れができなかったからなあ」


 そう言っておじさんは2センチ角くらいの小さな石をくれた。おじさんが持っているとほとんど豆粒に見える。

 真っ黒な石で特にどこにも珍しいところはない、普通のその辺に落ちてる石のように見えた。


「これ、昔はガルディス山でよく採れていた石なんだあ。カル……カルなんとかって言って、とっても硬い石なんだあ。これが採れていた頃は、山にも人がいっぱい居たんだよ」

「そうなんですか。何か凄そうですね。貰ってもいいのかな……」


 手にとって見ると、見た目より重く感じる。表面はすべすべだけど「きれい」って程じゃないから、宝石的な需要ではなかったはずだ。

 たぶん「硬い」っていうところに価値があったんじゃないかな。


「昔、戦争をしていた頃は、すごく高く売れたって、俺の爺さんが言ってたなあ。これは、ニルンが昔森の中で拾って、大切にしてたんだ。もう、こんな大きさのはない……と思うんだあ」

「そうなんですか。私も、大切にします」


 そういえばおばさんに急かされるように出てきたから、ニルンくんとはお別れする時間がなかった。でもこういうものを渡すということは、ニルンくんは私が「字を習うためだけに神殿に行く」とは思っていなかったんだろう。


 なんかこういうの貰っちゃうと、もう二度と会えないような気がして寂しくなるな……。

 気がついたら、手に持っている石にポタッと涙が落ちていた。


「リリア、ごめんなあ」


 おじさんはあわててしゃがむと、私の頭を撫でた。

 私は泣きながら首を横に振る。


「ドルンさんに助けてもらわなかったら、私は……死んでいたかもしれないから……感謝しています……」

「俺は、いいんだよ。ごめんなあ」


 職員らしき人たちがチラチラ見ている中で、おじさんと抱き合ってわんわん泣いてしまった。

 誰もいないところで渡さないおじさんが悪いのよ。それに今の私は子供だから恥ずかしくなんかないし。

 そのあと職員さんに勧められて、ようやくおじさんは受付の部屋に入っていった。




「こちらへどうぞ」


 私は職員の人に別の部屋へ連れて行かれた。涙の残る頬を手で拭いて、ドアを開くと中には赤い髪の女の人がいた。ウエーブのある赤い髪をポニーテールにしている。顔にはそばかすがあり、下唇が大きくて色っぽい。

 たぶんまだ若い人なんじゃないかな? お肌がぴちぴちな感じがするから。


 女の人は私を見て、ニコっと笑う。


「あなたはさらわれていたところを保護されたそうですね。つらかったでしょう。こちらに座ってゆっくりしてください」

「はい……」


 私は勧められるままにフカフカの背当てのイスに座った。

 なんか彼女のマニュアル感がすごいんだけど、気のせいだろうか。でもこのイスは落ち着かないわ。この何日間かは腰を下ろすのは地面だったり木のイスだったりしたからね……。


「私はこの神殿で職員をしているアメリアです。これからいくつか質問をしますので、わかる範囲で答えてください」

「はい」


 何か筆記用具を持ったアメリアさんが、私と向かい合わせに少し離れたところに座った。本当に役所っぽいわ。


 アメリアさんの最初の質問は私の名前と年齢だった。

 私は「名前はリリアで、12歳です」と答える。この体はそんなに小さくないけど、中学生くらいだったらもっと大きいはずなので、小学校卒業時くらいの年齢を答えてみたのだ。


「……12歳、ね……」


 アメリアさんはつぶやきながら筆記用具で何かを書き付けている。不審には思われていなかったみたいなのでホッとした。

 しかしこの直後、最大の難関が待っていたことを私は知るのである。


「さらわれる前に住んでいたところはどこですか?」


 ああ……。

 考えていなかった……。

 マーサさんも不審に思っていたし、聞かれて当たり前のことなのに、何で適当な地名を調べておかなかったんだ、私のバカ。

 それはともかくこの場はどうやって乗り越えよう。ホント困るわ。この体の人はいったいどこのリリアさんなんでしょうか。身分証明書くらい持っていて欲しかった。あったとしてもたぶん読めないけど……。


「……どうかしましたか?」


 あんまり長く私が黙っているからか、アメリアさんは私の様子を窺うように見ていた。ヤバい、早く答えないと……でも知らないものは答えられない。


「あ、あの……覚えていないんです」

「覚えていない?」

「はい。馬車から落ちたのはわかってるんですけど、その前のことが思い出せなくて……」

「落ちた? 馬車から?」


 アメリアさんは筆記用具を置いて私の近くへ来た。その動きが思っていたよりも早かったのでビビってしまった。


「どこかケガをした? 痛いところや曲がったようなところはない? 足の指1本でも」

「あ、ありません」


 ないと言っているのに、アメリアさんは私の体をあっちこっち触る。特に足とかは熱心に見られた。ちょっと怖い。


「……ひどい靴を履いているわね」


 アメリアさんが嫌そうな顔をして言った。

 靴を見ていたんかい。まぎらわしいな。

 これまでドルンさんたちのお世話になっていたことの証明になるかもしれないので、私はあわてて説明する。


「あ、これはドルンさんに作ってもらったんです。靴がなかったから」

「そう、わかりました」


 アメリアさんはあっさり話題を終わらせると、筆記用具を手に持って再びイスに座った。なんか壁を感じるなあ。

 直感だけど私はこの人とは合わない感じがするわ。


「それではこれからお風呂に入ってもらいます。ここでしばらく生活することになりますが、これから支給される服を着て過ごすようにしてください。今の服は廃棄します」

「は、はい……」


 私は驚いた。質問はあれで終わりなのか。ザル過ぎる。


 本人が覚えてないと言っている以上何を聞いても無駄だと思うのはわかるけど、今までどうしていたのかとかそういう質問があってもいいんじゃ……。ああ、それはドルンさんが説明するのかな。それにしても淡白だわ。


 さらわれたっていうのは疑っていないみたいだけど、この様子じゃ犯人はどんな人たちだったかとか他にも被害者がいたのか等の質問はなさそう。

 そもそも警察じゃないから私をさらった2人組の捜査はしてくれそうもない。というかこの世界に警察ってあるんだろうか。……ないのかな。


 それにこの施設に来ていきなりお風呂入れって何なんだろう。私もしかして臭うのかしら。そうだったら恥ずかしい。毎朝の水浴びはあんまり意味がなかったのか……。


 しょんぼりして部屋から出ると、外に立っていた別の女性の職員がさっと私の手を取った。


「お風呂に行きますよ」


 おお、連れて行ってくれるんだ、親切だな。

 そりゃこんなに広い建物なんだから迷う子供だっているよね。私は大人だから大丈夫……だと思っていたけど、職員さんが何回も角を曲がって進むので、ちょっと自信がなくなってしまった。


 帰りも一緒に連れて行ってくれるよね? と不安な気持ちできょろきょろ周りを見ていると、何人かの職員と思われるような人たちと目が合った。ちょっと驚いたような顔で私を見ている人もいる。

 もしかしてこの顔を知っている人なのかもしれない。

 それなら何で「あなたは○○町のリリアさんですね」と声をかけてこないんだろう。

 ものすごく評判の悪い子だったから声をかけられないという可能性は無しでお願いしたい。


 お風呂は日当たりのいいタイル張りの小部屋で、小さな脱衣場を通って入るようになっていた。お湯を沸かすかまどのようなものが脇にある。たぶんここでお湯を沸かして浴槽に入れて、水で埋めて温度を調節するんだろう。


 大きな深い木のタライのようなものが浴槽らしい。もうすでにお湯が用意されてあった。

 準備がいいなあ。電気ガス水道の生活インフラがない世界にいきなり来たものだから、こういう「もうできてる」みたいなのにすごく感動してしまう。

 私ってちょろい。

 私は職員の人からお風呂の使い方の説明を受け、服を脱いでカゴに入れた。



 この世界に来て初めてのお風呂はとっても幸せだった。

 温かい! お湯いっぱい! 贅沢~!


 なぜかあの職員の女の人がずっと見ていたのが不思議だったけど。

 監視? なのかな。でもお風呂で何を監視する必要があるんだろう。なんか見られていると恥ずかしい。鼻歌も歌えないし。



 この世界は不思議だ……。

 空も土も風もこんなに元の世界と同じなのに、変なところが違う。

 人間だって、ご飯を食べたり寝たりするのは同じなのに、魔法とか使ってるしさ。

 いや実際の魔法はまだ見たことないけど。


 しかしこの体の自動回復は魔法なんだろうか。私は呪文とか言ってないし意識してないのに勝手に治っていた。そんな便利な魔法があったらみんな使っているんじゃないかしら。


 そんなことをぼーっと考えながらお風呂から出て、用意された服を着る。

 白くて、長袖で、ダボっとしているワンピース。……なんかダサい? しかも汚れやすそうだなあ……。

 でも下着の方はすごく履き心地がいい。なにこれ、シルクなのかしら。すごくサラサラしてる。

 下着に感動していると、職員の人が室内履きのような靴を持ってきた。小さくてかわいい布製の靴だった。


「こちらを履いてね。さっき履いていたのは本当にひどかったわ。服も古くて擦り切れたようなのを着せていたし、まったくとんでもないわ」


 職員の人はなぜかイライラしたように言っている。

 何で怒っているんだろう。怖い人なのかしら。変な服着てごめんなさいと言わないといけないのかな。そんなのいろんな意味で泣きそう……。


 着替え終わると、脱衣場の奥の壁に大きな姿見の鏡があったので覗いてみた。

 ここで初めて私ははっきりと「自分」の姿を見たのだが、それはもう、見たこともないようなすごい「美少女」だった。


 ヤバい。

 町で見かけた女性たちは元の世界より美人が多くて、もう目が慣れたような気がしていたのに、この子も負けてないわ。

 外国人の顔の良し悪しなんてわかるはずもないから、あくまで自分の感覚での話よ。


 髪は磨いた銅のような明るい茶色で、瞳は澄んだ緑色。宝石でいうスター効果のような、キラキラした光の粒が虹彩の中に見える。少女漫画かな。……これ眼病じゃないよね?

 あともう肌が、シミ一つないような象牙の肌というのかツルツルのすべすべで、顔立ちも彫刻の妖精かっていうくらい妖精感がすごい。

 今にも透明な羽根が生えて飛んで行きそう。

 これは魚とかは食べそうにない顔だわ。ふわっとした草とか木の実を食べている感じがする。


 私は少しボサボサの髪が気になった。


「あの、髪を梳かしたいので、櫛を貸してください」

「いいですよ」


 いつの間にか櫛を持った職員の人が後ろに立っていた。


「さっきの三つ編みじゃなくて、こっちの方がいいかと」


 職員の人は櫛ですばやく髪を梳かすと、ハーフアップにして紐で結んだ。


「いいですね、これでいきましょう」

「あ……ありがとうございます」


 なぜか嬉しそうな職員の人にとりあえずお礼を言う。たしかにきつく編んだ三つ編みよりは、この髪型の方がこの娘には似合っているように思えた。

 そういえばこの子はいいところの子なのかもしれないのよね。今度肉体労働するときは編みこみにしてみようか。


 そんなことを考えていると、脱衣場のドアがノックされて、さっきのアメリアさんが入ってきた。


「準備できた?」

「ん、ばっちりよ」


 アメリアさんは職員の人と短く会話をして、私のほうを見て言う。


「司祭さまにご挨拶をしますので、ついて来てください」


 私はちょっと固まってしまった。

 どうしてそんな偉い人が、孤児に会ったりするんだろう。

 マーサさんが言っていた、治癒魔法でどんな大ケガでも治せるようなすごい人らしいのに、こんな子供にわざわざ会ったりするんだろうか?


 普通は会いたいと思っても会えないような雲の上の人なのではないか。いやここは宗教施設だからそういう一般常識とは違う独自のルールがあるのかもしれない。

 なんか私の頭でいろいろ考えても無駄になるような気がした。



 アメリアさんはスイスイと歩いていく。

 置いて行かれないようにあわてて私は付いていく。するとアメリアさんの背中が急に大広間の手前で立ち止まった。もうちょっとゆっくり歩いてくれればいいのに。

 アメリアさんはついてきているのかを確認するかのように振り返って私を見る。


「今、司祭さまが治療をなさっているようです。見てみますか?」

「え、いいんですか?」


 元の世界の病院での手術中みたいに「部外者立ち入り禁止」ではないらしい。

 大広間は2階部分までを拭き抜けにしてあり、天井が高い。

 かつて海外旅行で観光に行った外国の教会みたいに天窓から日が差すようになっている。奥にある神様たちの石像も台座部分が大きくて、かなりの高さがあった。


 大広間の奥には祭壇があるらしい。

 20人から30人くらいの人だかりができていて、その中で何をしているのか全く見えない。


「見えませんね……」

「そうですねえ。あ、もうすぐですよ。うふふ」


 アメリアさんは面白そうに笑った。

 人だかりの奥からまばゆい光が霧のようにあふれ出て、肌をこするような大きな力のうねりが感じられた。


 うわ、すごい。これが魔法なんだ。飲み込まれそうな圧力を感じる。


 霧のような光は人だかりの中に収束して、ふっと跡形もなく消えていった。

 その直後、「治ってる!」と言う歓声が連鎖して、司祭さまに対する感謝の言葉で大広間は大騒ぎになった。


「いつものことです。司祭さまが治療をなさるときはこんなふうになります」

「いつもあんなふうに光るんですか」

「そうですね。治癒魔法は白くてボワっとした光ですよ」


 アメリアさんはどこか飽きてしまったような雰囲気だった。

 治癒魔法は白く光る。それは私にとってはあまり良くない事実だ。


 この体の自動回復は「治癒魔法ではない」ということが考えられるからである。


「アメリアか。その子が連絡の?」


 いつまでもガヤガヤ言っている人波から抜け出てきた白髪のおじさんは、私とアメリアさんを見てまっすぐに歩いてきた。

 フットワークが軽い。よく見ると白髪なだけで顔は青年から中年の間のようだ。思っていたよりも若く見える。

 やっぱり外国人の年齢はわからないわ。

 アメリアさんは体を斜めにして、私を司祭のおじさんに紹介するように手を向けた。


「そうです。先ほど届け出られた、さらわれた孤児の子です」


 わかってはいたけど他人からそう言われると改めてひどい境遇だわ。

 司祭のおじさんはアメリアさんの1メートルくらい後ろに立っていて、私と目が合った。


「……フィヴライエの……?」


 司祭のおじさんは何かを小さくつぶやくと、なぜか凄く怖い目で私を見ていた。

 なんだろう。私なんかやったっけ。

 

 もしかしてあの男女二人組のグルなんじゃ……。私、ここに来たのは失敗だったかもしれない……。


「司祭さま?」


 瞬きもせずに私を見ている司祭のおじさんに、アメリアさんが呼びかける。おじさんは気まずそうに視線を床に落とした。


「問題ない。いつも通りの……5日後、でいいだろう。ああ、部屋は2階の客間にしなさい」

「わかりました」


 何が問題ないのか、何がわかりましたなのか、ちょっと誰か説明してくれないのかしら。

 それにそもそも私がここに来た理由って何だっただろうか。


「あ、あの。すみません」


 アメリアさんに言っていいのか、司祭のおじさんに言うべきなのかわからず、私はちょっと二人を交互に見ながら声を出した。


「なんだい?」


 返事をしたのは意外にも司祭のおじさんだった。無視されなくて良かった。


「神殿で読み書きを教えてもらえると聞いていたのですが……」

「ん? ああ、それは町に住んでいる平民の子供に対してのものだよ」


 ガーンって音が頭に鳴り響いた。この言い方だと私は対象ではないようである。


「そ……そうですか……」

「そうだな、アメリア。二~三日でいいから読み書きを見てやりなさい」

「ええ!?」


 アメリアさんはちょっと嫌そうな声を上げた。


「いきなりそんな……それに二~三日では何も身につきませんよ」

「いや、おそらくそんなことにはならないだろう。任せたよ」


 忙しそうな雰囲気で司祭のおじさんは言うと、くるっと踵を返して歩いていった。

 やっぱりフットワーク軽い。でもどこかわからないところのある人だと思った。

 親切なのか、それとも悪い人なのか。


「は~参ったわ……」

「すみません。でもよろしくお願いします」

「まあいいけどね」


 素が出た感じで頭を掻いているアメリアさんは諦めたように言って、私をチラッと見た。


「昼食はまだでしたね。これから食堂へ行きます」

「はい……」


 たぶんこの人は仕事の時だけ丁寧に喋っているんだな。

 

 そんなことを考えながら、またアメリアさんの後ろについて大広間の中央を歩いて入ってきたところとは別の出入口の扉へ向かった。

 その時私の目にどこか懐かしいような雰囲気の女の人の肖像画が飛び込んできた。


 この世界に来てすぐに私をさらった男女二人組の、あの黒髪の女の人の顔だった。

 崖の上で「リリアさま」と叫んでいた人。


 艶のある黒髪と深い青の瞳。あの時は夜だったから瞳の色は見えなかったけど。

 顔立ちはなぜか私の顔に似ている……ような気がする。でも髪や目の色が違うと印象が全然違っていて、この人のほうがとても凛々しく見える。

 

 足が止まってしまった私を見て、アメリアさんが戻ってきた。


「どうしたの?」

「あの、この人は誰ですか?」


 私は壁の肖像画を指さす。


「えっ、この人を知らないの?……聖女様でしょ、聖女ヴィエナレーリィ様」

「……聖女、様」

「“永遠の聖女様”なんて言われているけどね。この人のおかげで黒髪が美人の条件みたいになっちゃったくらいよ」


 アメリアさんは自分の赤い髪をクルクルと手で弄りながらぼやいた。


 聖女様……どこかで聞いたような。あと名前がとても長い。

 しかも知っていないとおかしいレベルの有名人だった。まずい、怪しまれてしまう。


 そうだ、そういえばあの時、男の方が『あんた偽者の聖女様なんだってな』って言っていた……。

 聖女って言えばそう、神殿などの宗教施設と関係が深いのは考えてみれば当然ではある。もしこの聖女様がこの神殿に手配書などを回していたら……。


 ど、どうなるんだろう。あの人たちに捕まったら、どうなるんだろう。どうしてそんな偉い人が私をさらったんだろう。


「リリアさーん、ゴハン食べに行きますよ」

「あ、はい」


考えても仕方がないので、私はとりあえず昼食を食べに行くことにした。


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