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同情される

 馬というよりはロバに近いような小さ目の馬に、木の箱を2つくくり付けてその中間に私が乗る。

 乗り心地は最悪だが、私が歩いて山を降りるとそれだけで1日かかってしまうらしいので、文句を言わずに馬に揺られていた。

 おじさんは馬に付けられたヒモを持って馬の前を歩いている。


「リリアは……色が白いんだなあ」


 いつもの間延びしたような声でしみじみとおじさんが言った。

 そういえばあれだけ日の当たる畑や森で日焼け止めもせずに作業していたのに、少しも焼けていない。日焼けした時のヒリヒリもしていない。


 あれ、いくら何でもこれはおかしくない?

 もしかして日焼けもダメージだと体が判断しているのかな。だから自動で回復してくれて、その結果白いままなのかもしれない。あくまで私の想像している通りならだけど日焼けの痛さはつらいので本当にありがたいわ。


「日焼けは、しなかったみたいです」

「そうだなあ、珍しいな」


 おじさんはそう言って寂しそうな顔をした。


「……俺たちとは違うんだなあ」


 いやこの体がおかしいんですよ、なんて言えるはずもなく。

 どう答えたらいいのかわからなくて私は適当に答えることにした。


「ち、違わないです。みんな一緒です。たぶん」

「ううん、マーサが違うって言うんだあ。リリアはたぶん、貴族さまの子なんだって」

「それはない……」

「リリアは、毎日水浴びするし、きれい好きだからなあ。この辺の子供じゃあないんだろうって」


 ええっ! 毎日水浴びしたら変に思われるの!?

 ……ていうか水浴びしてたのバレてたのか。恥ずかしい~。


「あの、土とか泥とかで手足が汚れていたら、気になるので……」

「俺はあんまり気にしないかなあ」


 そっちの方が驚くわ! 衛生観念どうなってんの!

 私の心の中の突っ込みなど知るはずもないおじさんは、のしのしと歩きながら遠くを見ている。


「俺は、リリアを初めて見たとき、妖精さんだと思ったなあ」


 あ、それは私が崖から落ちたあとヘロヘロになった時のことかしら。あの時は私もおじさんを熊だと思っていた。

 私もこの顔を最初に見たときに「妖精のようだ」と思ったから、おじさんと私の感覚は似ているのかもしれない。

 ……別にイヤではないけどなんか違っていて欲しかったかも……。


「あの……あの時は、ありがとうございました」

「んん。いやあ俺も、妖精さんを拾ったのはよかったと思ってる」


 いつの間にか妖精さんになっている。私が人間なのはおじさんもわかっているはずだよね。

 おじさん天然過ぎて、突っ込むのも疲れてきたな。


「それで、リリアの親は、どうしてるんだあ?」

「親……」


 それは最初におばさんに聞かれたことだった。

 たしかに何日も娘を預かっているのに、娘の口から親のおの字も出ないんじゃおかしいよね。

 しかし、こういうときのために密かに考えておいた設定があるのだ。


「あの、私が、さらわれたときに、たぶん悪い人に……ころ、殺されて……」


 真っ赤な嘘なので、言いづらくて噛み噛みになってしまった。まずい。嘘っぽく聞こえるわ。


「もう……いい……」


 おじさんを見ると、すでに滝のような涙を流していた。


 えっ、この作り話を疑いもしないの?

 ピュアすぎるだろ……。

 おばさんによると人さらいは珍しいことではないらしいから、この設定はいけると思っていたけど、こんなにあっさり信じてもらえるなんて、罪悪感がすごいわ。嘘をついてごめんなさい。


「……かわいそうに、つらかったなあ」

「でも、ドルンさんもマーサさんも、ニルンくんも優しくて、よかったです」

「うう……」


 また泣かせてしまった。この娘はまったく罪作りだな。

 おじさんは涙をぬぐいながら、山道の石ころに足をとられていた。


******


 お昼前にはふもとの町に着いた。ここは山よりも気温が高い感じがする。山の上より日差しがきつく感じるなんて不思議だ。


 おじさんはまずイノシシ肉を売りに行った。

 町の通りをずんずん歩いて、私が急激な景色の変化に目を回している間に、大通りのすぐ裏のお店に入って肉を差し出している。

 私は馬に乗ったままだった。おじさんの持ってくるイノシシ肉はおいしいのでいい値段になるらしい。そんなことを上機嫌で話す肉屋の人からお金を受け取ると、おじさんは次に市場へと向かっていく。

 いつもぼんやりしているおじさんにしてはやけに迷いのない動きだ。決まったルートでもあるのかな。


 やがて私を乗せた馬は中央に噴水のある大きな広場に出た。

 たくさん店が並んでいて人がいっぱいいたから、ここが市場なんだろう。市場では馬から降りる決まりがあるということだったので、私は馬から降りておじさんと歩いた。


 おじさんは服を売っている区画へ行き、その中の1つの店で、売り子のお姉さんに見覚えのある服を渡していた。白くてヒラヒラの、ここに来た時に私が最初に来ていたワンピースだ。


「これ、どうしたの。上等の布だよ。めったに見ないくらいいいものだよ。金貨2枚はするねぇ」


 お姉さんが服をひっくり返したり日に透かしたりしながら言う。

 そうなんだ。やっぱりこの子はいいところの子だったのね。

 私が納得していると、おじさんは済まなさそうに私を見た。


「ごめんなあ。マーサが売ってこいって」

「いえ、気にしないでください」


 私は小声で返す。

 追手がいたとしたら持っていてもまずい事にしかならなさそうだし。まあここで売ってもまずいのかもしれないけど。証拠隠滅って感じでむしろ助かるような気がする。


「あら、お嬢ちゃん?カワイイわねぇ。じゃあちょっとサービスでこれあげる」


 お店のお姉さんは売り物の中から小さいカナヅチのようなものを出してきた。

 なんだこれ。

 カナヅチの打つところ? は3センチくらいの長さで太さは1センチもない。持ち手の部分は10センチかそのくらい。

 金色で細かい彫刻がびっしり入っていてとてもきれいだけど、何に使うんだろう。ガチャガチャとかでありそうな感じ。


「お土産よ。ファスティスの神殿の、女神様の武器なの。有名でしょ?」

「女神様の武器?」


 全然わからないけど、たぶんこういう武器が神話に出てくるんだろう。そのレプリカみたいなものじゃないかしら。

 カナヅチって大工さんとかが使うから男性のイメージだったけど、この世界では女神が使うのか。変わってるな……それにしても小さいけど。レプリカだから小さいのかもしれない。


「本物はもっと大きいんですか?」

「あはは。みんなそう言うねえ。でも神殿の女神像を見たらわかるよ。同じくらいだから」


 お姉さんはサバサバした感じに笑うと、神殿があると思われる方角を指さした。


「お土産ってことは、これは神殿で売ってるんですか?」

「いやここの市場でしか売ってないのよ。観光客向けのお土産なんだけど、この辺の住民はなんでかみんな持ってるの。お守りみたいなものよ」

「そうなんですか。ありがとうございます」


 なぜかみんなが持っているお土産か……。どこかの熊の木彫りみたいなもんかな。ありがたくもらっておこう。

 私がその小さいカナヅチを見ている間に、おじさんは服の代金を受け取っていた。


「次は、アスーファを売りに行く」

「はい」


 馬を引いたおじさんに言われて付いていく。

 今気が付いたけど、なんだかいろんな人が私たちを見ている。私指名手配でもされているのかしら。可能性がないとは言い切れないところが怖いな。それにしてもなんでそんなにジロジロ見るんだろ……。


「ドルンさん、なんか、見られているようなんですけど」

「んん。気にするなあ。珍しがってるんだよ」


 なにが珍しいのよ?? 女の子が市場に来るのが?? いやほかにも女の子いるよ??

 それともあれか、この町の人は住民全員の顔を把握していて、見慣れないやつがいたら「なんだあいつは!」みたいになるのかな? いやそれは無理でしょうよ……。


 じゃあ私かおじさんのどっちかがおかしいんだ。とりあえず熊みたいなおじさんがおかしいことにしておこう。



「ああドルンさんじゃないの。どこかの悪党が女の子をさらったのかと思ったわ」


 アスーファを売る店のおばさんにそう言われて、二人セットでおかしいと思われていたことがわかってしまった。

 おじさんはちょっと驚いたあと、かなりへこんでいた。おじさんドンマイ。


「今日はニルンくんと一緒じゃないのね」

「ニルンは山で留守番だあ。今日は、さらわれてた子を神殿に届けるからなあ」

「あら、この子が? まあ大変ね、どこで見つけたの?」

「山の中だあ」


 おじさん……説明になってないよ……。

 そりゃあんまり人に言うことでもないけどさ。


「まあー怖かったわねぇ。それでこの子の親御さんは?」

「いないんだあ。いろいろあってなあ」

「……まあ、じゃあ……」


 店のおばさんは手で口を押さえて、意味ありげに私を見る。


 ……何なんですかー!

 何か言ってよー! 不安にさせないでぇー!

 わたしひどい目にあわされるんですかぁー!!??


 ちょっと涙目になった私に、おじさんは肩を叩いて、


「だいじょうぶ、俺がちゃんと頼んでおくからなあ」


 と言った。なぜか余計に不安になった。


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