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疑われる

 畑仕事をしたり、薪拾いをしたり、川で魚を取ったり、おじさんの狩猟の準備を手伝ったり、この世界の一般常識を聞いたりしながら一週間が過ぎていった。


 ちなみにここでは一週間は6日で、ひと月はぴったり30日とのことだった。一年は12ヶ月だから、360日ってことになるけど、何年かに一度閏月があるとかで調整するらしい。異世界だけどやっぱり1年は365日なのか。

 大雑把なことに、季節は「暑い時」と「寒い時」という認識しかなく、今は「暑い時」で農作業の繁忙期だ。もう3ヶ月もすれば穀物などの収穫期がくる、とおばさんは言った。


 町で働いている人であれば一週間のうちの1日は休日にあてている。でもこういう農業とか狩猟業には休日はなくて、代わりに農閑期(寒い時)にまとめて休むらしい。

 ちなみに農閑期には山を降りてふもとに近いところにある家で暮らすのだそうだ。ここの小屋の屋根に穴が開いていてもかまわないのは、雨の降る季節の変わり目にはすでにふもとの家に移動しているからだという。

 

 でもちょっとズボラ過ぎない? 穴くらいふさいで降りればいいのに……。


 そんなわけで私は休日もなく毎日働いた。まあ手伝いとかその辺の作業しかできないけど、この歳の子供にしてはよく働いたんじゃないかと思っている。


 私はもともと田舎育ちだったので、きれいな空気には飢えていたところがあった。ここの空気はサラっとしていて、穏やかな風が吹くと草花のいい匂いがする。それでなんとなく元気になれた。


 植物が一晩で大きく伸びていたりするのを見るのは楽しかった。

 この地で誰の協力も得られずに一人で生きていかなくてはならなくなった時にも、きっとこの農作業経験は役に立つだろう。


 そうして過ごしている間、ベスというあの女の子とは、寝食を共にしているにもかかわらず全くと言っていいほど会話をしなかった。

 話しかけても返事はないし、目を合わせると逸らされる。まだ5歳か6歳くらいなのにどこかスレているような雰囲気があるのだ。


 私はこの女の子について、少し気になっていることがあった。


「ニルン、あの子の……ベスの、ことなんだけど」


 薪拾いのとき、ニルンくんと二人きりになったので、思い切って聞いてみた。


「町の神殿につれて行ったら、病気は治るんじゃないの?」

「んん~……」


ニルンくんはちょっと難しい顔をした。


「……司祭さまの魔法はすごくお金がかかるんだよ。それに、ケガした時みたいに今すぐ死ぬってわけじゃない。だから……えっと、たぶん……ベスの母さんは、お金を出さないんだ」


 言われてみれば、現代でも場所によっては子供の医療にお金がかかるわけだから、当然のことではある。

 しかし自分の子供の病気を治すのにお金を惜しむのは、あまり褒められることではないような気がした。


「どうして?子供は大事じゃないの?」

「お金のかかる子供は大事じゃないんだ。母さんは、あのおばさんたちは畑仕事ができなかったから町に行ったって言うけど、あのおばさんは、う~ん……たぶん町のほうが好きで、町で暮らすためにおじさんに畑をやめさせたっていうか」


 お金がかかる子供は大事じゃない……なんとシビアな価値観……。

 いわゆる「田舎より都会でオシャレに暮らしたい女子」がいるのは理解できるけど、それってつまり……。


「町で暮らすには、お金がかかるの?」

「……そう、だからベスは置いていかれたし、だから司祭さまにも診てもらえないってこと」


 そういうことか、と私は一応納得する。


「ちがうもん」


 その時、子供にしては低くて潰れたような声がして、私はぎょっとして振り返った。

 私たちから3メートルくらい離れた場所で、ベスがいつものように睨みながらこちらを見ていた。


「かあさんは、お金をためてむかえにくるっていったもん。うそばっかりいうな」


 うわぁ、どこから聞いていたんだろう。こういうの本当に気まずいわ。

 しかしなぜこの子はこんなに攻撃的な言い方をするんだろうか。

 と思っていたら、ニルンくんの怒ったような声が飛ぶ。


「どっちが嘘だよ。あれから一回でもおばさんが来たか?」

「え、ニルン……」

「でもやくそくだもん!」


 舌足らずなベスの言葉が投げ返される。私を挟む形でにらみ合うのやめて欲しいかな……。


「その約束が嘘なんだよ。家の仕事も手伝わないで、タダ飯食っていい歳でもないだろ。もう8歳なのに」


 どこか冷たい言い方でニルンくんが言う。


 え!? ベスが8歳??? ほんと???

 だってこんなに小さくて……どう見ても小学校入学前なんだけど。

 病気のせいで大きくなれなかったのかな。だったらちょっとかわいそう。


「のらしごとなんてする必要ないって、かあさんいってたもん。手が荒れるからいやだって」

「お前だってその畑で取れたものを食ってんだろ、そういう言い方はやめろよ」

「まいにちおんなじものばっかりじゃない! あんなのの代わりにウチの畑がつかえるんでしょ! お礼ぐらいいったら!?」


 ベスが8歳というのは認めよう。はるかに大きいニルンくんより口がたつ。だいたいの男の子は口喧嘩で負けて手が出るっていう手順を踏むらしいが、このときのニルンくんもそうだった。

 あっという間に距離を詰めて、ベスの胸ぐらをつかんで持ち上げていた。

 おお、目にも留まらぬ速さ。さすが猟師の息子だ体力が違う。


「……二度と言うな。言ったら川へ突き落とすからな」

「…………」


 氷ができそうなくらい冷え冷えのニルンくんの声と、歯ぎしりの聞こえてきそうなくらい歪んだ顔でニルンくんを睨むベス。どっちも負けてない感じで、空気がギスギスと緊迫してくる。


 一緒に暮らしていてもこんなに仲が悪いってことがあるんだ。まあ私の姉妹きょうだいも仲は良くなかった。でも胸ぐらつかんだりしたことはないわ。そこまで関心がなかっただけかもしれないけど。


 二人はしばらくそうしていたが、ニルンくんはぱっと飽きたようにベスを放り出した。


「……ごめん、リリア」


 なぜかつらそうな顔をしてニルンくんが謝ってきた。なな、なんで謝るんだい!?


「私こそごめんね、私が聞いたことで喧嘩になってしまって」


 気まずくなったので反射的に謝っておいた。この話題を出したのは私だから責任があるような気がしたのだ。


「いや、いいんだ。……もう帰ろう、薪はとりあえずこれだけあればいいから」


 ニルンくんはそう言って私の手を引いて歩き出す。

 なんか最初に会ったときよりちょっと距離が近い感じがする。彼はもしかしたら落ち込んでいるのかもしれない。

 言い過ぎたって思っているのかな。


「おかーさんは、むかえにくるもん! ぜったい!」


 10歩くらい歩いたところで、後ろから絶叫に近い声が聞こえた。そのあとに押し殺すような泣き声が続いた。

 私はそんなに善人ではないのに、なぜか胸がズキッとするくらいの心の痛みを感じながら、ニルン君と一緒に森を歩いて帰った。


******


 まだ日が昇らないうちから小屋を出る。小屋の住人は寝ている時間だ。

 体を拭くための布を持ってこっそりと歩く。

 ここに来て2日目くらいからやっている日課である。


 お風呂がないから、近くの小川を下って深くて流れが緩いところで水浴びをするのだ。

 気温が高いからこそできることなので「寒い時」がきたらどうしようかとは思っている。


 ここでは下着は洗うけど、服はめったに洗わない。その上お風呂にも入らないなんて、ニルンくんたちは大丈夫なのかしら。



 服を脱いで、下着も脱いで、髪をほどいて、川に飛び込む。水面を叩く音と水しぶきがあがって、ちょっとテンションが上がってしまう。

 うわー気持ちいい。

 あ、いつもいる魚だ。サンショウウオとかいないのかな。ここの家は魚を煮るばっかりだけど、焼いて食べないのかな? 今度やってみようかな……。


 そんなことを考えながら川から上がり、身なりを整えて小屋に帰る。

 小屋の手前でおじさんとおばさんの声が聞こえてきた。


「……どこかの貴族の子に決まってる。まあ畑仕事だの猟師の仕事だのを、嫌がりもせずに手伝っているのはお貴族様としちゃおかしいけど、それは本人の性格なんだろうよ。なんたって住んでたところの地名すら知らないし、それに聞いてくることが世間知らずもいいとこだ。普通なら5歳の子でも知っていることが分かっちゃいない。あれでまともに生きてこれたとは思えないね。お貴族様の箱入り娘でもなければさ」

「でもなあ……マーサ」

「あんたがあの娘を気に入ってるのはわかる。ニルンとだって仲が良さそうだし、あたしだってできるならいてもらいたいよ。よく働くしね。だけどもし……貴族があの子を探していたらどうするんだい」

「……そ……そりゃ……」

「あたしたちは皆殺しでもおかしくないよ」

「………………」

「………………」


 気まずい沈黙が続いている。

 なんでこんな時に帰ってきてしまったんだ……。

 何も悪いことをしていないのに、私は慌てて小屋の裏に身を隠してしまった。


 しかしおばさんにあれこれ聞きすぎてしまったようで、完全に怪しまれている。なんか違った方向に。


 それにしてもおばさんの私に対する評価って、見事に労働力としての評価なのね。まあはっきりしていて清々しいくらいだわ。嫌いじゃない。


 そういえばぜんっぜん考えてなかったけど、あの男女ニ人組が私を探している可能性もあるのよね。でも普通あんな崖から落ちたら死ぬんだから……いやでも、私が「死んでいない」とわかっている場合は別か。

 あの二人のどちらかがこの死なない体のことを知っていたら探すに決まってる。


 たとえ知らなくても落下地点に何の痕跡もなければ、おかしいと思われてどの道探されることになるだろう。

 でもグロいの見たくないからという理由で見逃されるパターンもありうる……いや、あってほしい。


 あの二人組、特に女の方には聞きたいことがあるからいつか探さないととは思っていた。でもあっちが探しているかもしれないとは少しも思わなかったわ。

 なんという不覚! まあ私の考えが足りないのはいつものことだけどね……。


 あと、おばさんはマーサっていう名前らしい。




「リリア、町へ行って神殿で読み書きを習ってくるといいよ」


 みんなで朝食を食べていると、おもむろにおばさんが話しかけてきた。なんだかいつもより優しめの声色で、逆に怖い。


「読み書きですか?」


 たしかに、この世界の文字を知らないから習っておきたい。ここで生きていくためには何かと必要になるだろうし。

 でも神殿って何でもしてるんだな。病院でもあり学校でもあり……いや寺子屋かな?


「ある程度のことは教えてくれるよ。町の子供はみんなそうしてるからね。今日は町へアスーファとイノシシ肉を売りにいく日だから、ドルンと一緒に町へ行っておいで」


 さっきの会話を聞いてしまった後だと、とても言葉通りには受け取れなかった。しかし行かないという選択肢があるわけもなく。

 それにおばさんの言っていたように、この家族に迷惑をかけてしまうことになるかもしれないのだ。私はおとなしくうなずいた。


「よろしくお願いします」

「はい、決まりだね、ドルン」


 おばさんはチラッとおじさんを見る。

 おじさんはドルンという名前だったらしい。おじさんの目には涙が浮かんでいた。


 ええ? 泣いているの? なんで?

 私はひどい所へ行かされるんですか?

 

 ちょっと目でおじさんにそう問いかけてみる。


「…………」


 おじさんはモソモソと食べ続けていた。

 なんか言ってよ……。


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