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拾われる

 目が覚めるとあばら家にいた。

 失礼にも程があるけど、屋根に空いた穴から日が差して眩しくて目が覚めたから、あばら家で間違いない。

 木造っていうか「木でできた」粗末な掘っ立て小屋だ。

 こんな家で冬をどう越すんだろう。雨が降っただけでも壊れそうだわ。


「お、目ぇ覚めたかい。ゴハン食べるか?」


 おばさんっぽいガラガラ声が聞こえて、顔を向けると小さなおばさんがいた。

 背は低いが横には大きい。普通の人の2人分は幅がありそう。顔はいかつくて悪役の女子プロレスラーのようだ。


「起きな。ほら」


 有無を言わさずに目の前に木のお椀が突き出される。

 急いで起き上がって両手で受け取ると、どこか懐かしい匂いがした。


 汁物の中に浮いている魚の肉が見えた。

 懐かしいと思ったにおいは生臭い魚のにおいだった。

 昔祖母の家ではよくこういう魚の入った豚汁みたいなのを出されていたから、懐かしく思ったのかもしれない。


 スプーンのような木のさじを使って食べると、中身は芋のような野菜と魚のみで、味は塩っぽいという、何かシンプルな汁だった。

 ちょっと気になる生臭さだ。ここにはショウガとかの臭み消しはないのかしら。

 しかしお腹がすいていたのか、あっという間に平らげてしまった。


「ごちそうさまです……」

「あんた名前は? どこから来たのさ?」


 お椀を返しながらお礼を言うと、おばさんは食い気味に聞いてきた。

 直球だ。しかもひとつは答えられない質問。


「名前は、リリアです。どこから来たのかは、……たぶん……とても遠いところです……」


 間違ってはいない……と思う。ここの適当な地名とかわからないから嘘のつきようがない。


「リリアね。ふん、遠いところねぇ。住んでたところもわからないのかい。まああたしもこの辺のことぐらいしか知らないから、どこどこだとか言われてもわからないけどさ。都とかじゃあないのかい」

「ミヤコ……?いえ、都ではありません」


 なぜか言い切ってしまった。でも「そうです都です」と答えてしまうと次の質問が怖いし。あやふやだと怪しまれるし。

 都って首都のことよね。

 都会で、行政とかの中心ってことよね?

 この答えが間違っていたらどうしよう。ドキドキするわ。


「じゃあ田舎の方かい」

「はい」


 そういうことにしておこう。

 偏見だけど、都会の人間より田舎の人間の方が善良な人間だと思ってもらえるかもしれないからね。


「親はどうしたんだい」

「えっ……」


 やけに踏み込んで聞いてくるなぁ……。これも答えづらいわ。

 とりあえずうつむいて悲しそうにしていよう。いいように察してくれ。これで時間を稼いでその間に考えよう……。


「捨てられたのかい」

「ええっ、……いえ、あの……そんなことは」


 予想外の推測をされて思わず動揺する。

 なんてことを言うのよ。捨てられた子だったらどうしようってのよ。


「……そんなことはないです」

「ふん、まああんたくらいの子を捨てる親はいないか。じゃあ売られたか……さらわれたかだね」


 おばさんはあんまり人の話を聞かない感じではあるが、なんか勝手に考えてくれるのでもうそれでいいやと思った。

 それにしてもこのくらいの歳の女の子を売ったりする親がいるのか。恐い世の中だな。ていうかここはどこなんだ。


「あの、ここはどこなんでしょうか」

「ここ? ここはガルディス山だよ。こんな山の中に住んでいるのはあたしたちくらいかね。あっちの方には隣町に向かう峠があって、昔はもっと人がいたんだけど」

「隣町に向かう峠……」

「隣町を抜けると都に出る街道があるんだよ。月に何回かは貴族様が通ってるみたいだ」


ガルディス山って……やっぱり外国だったか。

私が落ちたのはその峠からかもしれない。だとするとあの人たちは都ってところへ向かおうとしていたのか?

あと、キゾク様とは何だろう。貴族? それは時代錯誤かも。


「娘をさらって売りに行く途中で逃げられるとか、まーよくある話だ」

「……?」


 そんな話がよくあってたまるか。どこの国か知らないけど治安の悪い国だわ。

 それにあの人たちは人を売りにいくような雰囲気には見えなかった……いや外国人だからそのあたりはわからない。

 でも都に向かっていたのではなく逆に田舎方面に向かっていた可能性だって否定できない。私には土地勘がないし、あの時峠のどこを通っていたのかもわからないからだ。


 とりあえず私のわかる範囲で聞いておかないと。


「峠を越えると隣町があるということは、逆にこの山を降りると、ふもとにはえーと、村があるんですか」

「村っていうか、町があるよ。ファスティスの」

「ファスティス……とは」


 聞いたことがない地名だ。どこの国なんだろう。


「フィヴライエ領のファスティスだよ」

「……領?」

「領主様の名前だよ、フィヴライエ。けっこう大きい領地らしいけど、あたしらにはわからないね」


 領主?? 何それ? そんな制度現代にはない……はず。いや探せば世界のどこかにはあるかもだけど……。

 なんだか嫌な予感がする。

 もしかしたらとは思っていたけど、まさか……まさか。

 ここは……この世界は、たぶん時代が違う。

 私はタイムスリップした……のかも? そして見知らぬ他人の体に入った?


 そういえば運ばれていた時のあの乗り物はどう考えても馬車だったし……。

 このおばさんの着ている服もなんか生地とかデザインが現代とは雰囲気違うし……。


「ま、悪くはないけど、なんにもないところだよ」

「そうですか……」


 おばさんは朗らかにガハハと笑う。

 愛想笑いで笑い返したけど、ちっとも笑えないわよ……。

 これから現代の常識が通用しない世界でどうやって生きていこう……。

 どこかに私が働けるところはないですか……。


「まあ元気になったんなら、ちょっと畑を手伝いなよ」

「えっ、はい」


 そうだ、この時代の常識を学ぶためにもいろいろやっておいたほうがいいわ。

 悩んでいる場合じゃない。畑仕事でもなんでもできるようになっておこう。

 とりあえず働いて食べていけるようにしないと飢え死にしてしまう。


「お、教えてくださいね! 畑とかいろいろ!」

「あ?ああ、やる気はあるみたいだね……」


 おばさんはちょっと引いてた。なんでよ。


******


 畑仕事は、まあ楽しくはある。

 作物が実っていればなおさら。


 いや~しかし靴がないというのは困った。


 お年寄りの人に戦後の話を聞いた時に靴がある貧乏と靴のない貧乏は別のカテゴリだったみたいなことを言っていたけど、その気持ちがわかった。

 靴がないのはやばいよ。惨めさが半端ないわ。


 服はおばさんの若い頃のものを借りて、腰布でウエストを絞って着ている。さすがにあのヒラヒラ服では働けないし。

 腰まである長い髪は三つ編みにして紐で束ねた。髪用ゴムが欲しい。でもたぶんないので仕方がない。とってもやりにくい。

 懸案だった下着の方は、おばさんが言うには「隣の家の人が残していったもの」をくれた。丈の短いモモヒキのようなのを腰の紐でくくるタイプ。ここでも「ゴムひもないの!?」と切実に思った。トイレ急いでいる時は危ないな。

 でも「隣の家」ってどこなんだろう? ちらっと見た感じでは隣に家なんて建っていないけど。


 泥土を素足で踏みしめつつ、何かわからないけど赤いトマトみたいな野菜の茎を刃物で切って収穫作業をした。

 のそっとした気配がして、振り返ると熊みたいに大きなおじさんがいた。

 まず顔がでかい。背丈は2m以上ありそう。腕とかの筋肉がすごくて横にもでかい。プロレスラーのでっかい版みたい。


「……!!!」


 声にならないくらい驚いていると、おじさんは無言で何かを手につまんで出してきた。


「元気になったのかぁ。よかったなあ」

「へ? は、はい」


 出されたものを見ると、動物の皮でできた何かだった。

 もしかして靴のようなもの?


「イノシシの皮で作ってある。紐で結んで履く」


 また紐か。何でも紐で結ぶんだな……って、そういえば現代でも普通に靴紐で履く靴はあったわ。

 それにしても、わざわざ作ってくれたのはありがたい。


「わあ、嬉しいです。ありがとうございます」

「ん」


 若干わざとらしいほどのお礼を言って受け取ると、熊みたいなおじさんはちょっと頬を染めて小屋へ入っていった。


 あ、あのおばさんの旦那さんなのか。プロレスラー夫婦なのかしら。

 川辺で倒れた時に見た熊みたいな人って、もしかしてあのおじさん?


 じゃああの人が私を助けてくれたのかな?? だったらすごくいい人なのかもしれない。

 あとでお礼を言っておかないと。


 さっそく靴を履こうと思ったが、足が汚れているのでまず近くの小川に足を洗いに行った。

 すごくきれいな川があって小さな魚が泳いでいる。


 あれ、これってさっき食べた魚じゃないかな。川魚だったのか……。

 そうよね、こんな山で海の魚はないよね。日本の旅館じゃあるまいし。でも大きい魚も食べたいなあ。


 そんなことを考えながら足を洗って靴を履くと、川のそばの木陰になっている場所に小さな女の子が座っているのに気がついた。


「…………」


 女の子は無言で、顔を伏せながら上目遣いに見事な三白眼を私に向けてきた。

 すごく目つきが悪い。茶髪で青い瞳をしていて、普通の表情をしていればかわいいんだろうに、そのせいであんまりかわいくは見えない。

 そしてなんというか肌の色がくすんでいるような、ちょっと黒いような色をしていた。日焼けとはまた違う感じのどこかで見たような色だった。


 あのおばさん達の子供だろうか? ちょっと印象が違う感じだけど。


「こ、こんにちは……」


 挨拶してみたが返事はなかった。

 さびしい……。子供にまで無視をされる私の立場って一体……。


 気を取り直して収穫作業に戻ると、おばさんがチラッとこちらを見てきた。


「さっき女の子がいましたよ。お子さんですか?」

「ベスだね。ベスは隣の子だよ」


 また「隣」か。隣ってどこなの。隣の山とかだったらビックリだけど。


「隣の家の子ですか?」

「ここから少し山を降りたところに家があるのさ。もう誰も住んでいないけどね」


 田舎にありがちなすごく離れた隣の家だった。しかも闇が深そうな家だ。聞かないほうがいいのかもしれない。


「あの子の親は町で働いているよ。そのほうが稼ぎがいいからってね。一昨年かな、作物が病気で全滅してからふもとに降りて行ったんだよ」

「それは……大変でしたね」

「町の女なんか嫁にもらうからだよ、畑仕事もろくにできやしない。あの子は病気だから置いていかれたんだ」

「ええっ?」


 ちょっと子供に厳し過ぎない?

 病気なら、なおさら連れて行くものではないの?


 そうか病気か……。どこかで見たような肌だと思っていたけど、あれはたぶん肝臓が悪いんだ。

 黄疸が出てる。

 親戚のおじさんが似たような肌色になっていたのを思い出した。そのおじさんは白目も黄色くなっていたけど。


「病気って、えーと、どんな症状なんですか?」

「そうだねえ、何をするにも体力がない。寝てばっかりのサボリ病だよ。しかも長くないらしい。そりゃまあ、連れて行けないだろうよ」

「あの子は一人で暮らしているんですか?」

「まさか。ウチで面倒は見てるよ。その代わりに隣の家の畑も使っていいことになってる」


 なるほど。全くの放置っていうわけではないらしい。

 そこはよかった。安心したわ。

 話をしていても手は休めずに、私が赤いトマトもどきの茎を刃物でプチプチ切って収穫していると、今度は森の中からドカドカ道を走ってくる音が聞こえた。


「母さん薪! もってきた!」

「大きい声しなくても聞こえてるよ!」


 やたら大きい声だ。……母さん?

 畑の前の道に目をやると、私と同じくらいの背丈の男の子が木の蔓で作ったような籠を背負って立っていた。

 男の子は私を見て飛び上がらんばかりに驚いている。そんなに人間が珍しいのか。


「えっ!? 誰!?」

「こんにちは」

「こっこんにちはぁ!」


 挨拶してみると、その男の子が顔を真っ赤にしながらあいさつしてくれた。さっき女の子に無視されたこともあって私は非常に嬉しくなった。


「リリアです。よろしくお願いします」

「おっ、俺はニルン!」


 ニルンくんは熊おじさんと同じ濃い茶色の髪の少年で、素直そうな顔をしていた。

 こういう地味なタイプと結婚すると幸せになれるらしいってよく聞くけど。


「母さん、すごくカワイイ子だな」

「バカ言ってないで手伝いな」


 この子がこの夫婦の息子らしい。

 意外に若い夫婦だったようである。外国人の年齢って本当にわからない。この先「何歳に見える?」って聞かれたらはっきり答えないようにしよう。


 それにしてもこの赤い野菜、トマトなのかな。トマトとは感触とかヘタの形が違うような気がするけど。

 もしトマトなら原産地は南米とか?日本にはいつ入ってきたんだっけ……。これがいつごろからここで栽培されているのかで時代やら地球上の地域がわかるかもしれない。最初の品種はこんなヘタだったのかもしれないし。


「あのーこれって……」

「食べてみるかい? これはこれでおいしいよ」


 私がトマトを持って考えていると、おばさんが目の前で土を払ってトマトをかじる。

 え? 洗わないんだ……。そうね、外国ではそういうものなのかもしれない。

 しかし、じゃり、じゃり……と、おばさんが食べている音がおかしい。あれはトマトを食べる音ではないような。


 私は試しに、おばさんがやっていたように土を払ってトマトをかじってみる。

 あ、トマトじゃない。中の色がトマトより赤黒くて種がない。


 なんじゃこりゃ。

 梨のような食感に、マクワウリをちょっと酸っぱくしたような味。甘いかというと微妙なところではある。

 トマトよりももっと果物に近いような。

 不思議そうな顔をして食べる私を見て、おばさんは笑った。


「ハハハ。甘くないからビックリしたろ? 採れたてはこんなもんさ」

「そうなんですか」

「アスーファの採れたてなんて普通はそう食べることはないからね」


 あ、これは……流通する頃にはもっと甘くなっていると言いたいんだな。


「う、売ってあるのはもっと甘い、ですよね」

「そうだねえ、収穫して10日くらいが一番美味しいから、その前に市場に持っていくんだ」


 よし当たった。私は心の中でガッツポーズをする。しかしそんなに寝かせるものなのか。

 それにアスーファって何。そんな果物聞いたことないし見たこともない。

 なんか……へんな胸騒ぎがする。嫌な予感がする。なんて言ったらいいのかわからないけど、何かを思い出しているような……。


 ぼうっと考えていたのもあって、茎を切るための刃物が軽く左手の甲に当たってしまった。ちくっとした痛みが走って、赤い血の筋がつっと流れた。


 あ、しまった、やってしまった。

 何か拭くもの……でも雑巾は汚いからバイキンが……じゃあ小川で手を洗ってこようかな……、と思考が追い付かないまま見ていると、血がすうっと傷口に戻って、傷が消えた。


「ええ???」


 思わず変な声が出てしまった。

 なんでなんで?? 血が止まるとかカサブタとかをすっ飛ばして傷が消えた!!

 あっという間に!!

 しかも傷跡も残ってないし……これ、どうなってるの?


「どうしたの?」

「わっ」


 気がついたら後ろにさっきのニルンくんが立っていた。


「あ、えーと、ケガをした……ように見えたんだけど、でも……気のせいだったみたい……」

「ケガ?」


 ニルンくんが私の手を取って見る。

 とっさにごまかしたけど、あれは絶対に気のせいじゃなかった。

 傷が消えたところを見られていたらどうしよう。もし、変に思われたら……。


「なんともなってないよ。そういえばリリアは日焼けしてないね」

「さ、さっき手伝い始めたばっかりだから……」


 気まずさもあって、しどろもどろに答えてしまう。


「あはは。そうじゃなくって」


 ニルンくんは私の顔をじっと見つめた。うおっ、何なんだ。ごまかしているのがばれたのか。


「ずっとお日さまに当たってない感じ。いいところのお嬢さまみたい」

「え……ええ?」


 う~ん、そうかもしれない……。「この体」はそうかもしれない……。

 たぶんどこかのいいところの娘なのかも……。あの女の人に「リリアさま」ってさま付けで呼ばれていたし……。

 でも私自身は普通の庶民だ。とてもじゃないがいいところのお嬢さまなんてものではない。どう言ったらいいものか。


「ええと……日に当たってない、ってことはない、です。外に出るのも、好きだし……」

「そうなんだ、俺も外で遊ぶの好きだよ!」


 私の意味不明な返事に、ニカっという感じにニルンくんは笑って答える。

 つられて私も笑ってしまったが、彼は何がそんなに嬉しいんだろう。


 でも……そうか……。日焼けしているかどうかで、そんなことまで推測されてしまうのか。

 考えてみれば当然なのかもしれない。

 いわゆる第一次産業は野良仕事で、どうしても日に当たって肌が焼ける。まあ日本だったら日焼け止めを塗ったり、つばの大きな帽子をかぶったりして予防してる人も多いから、そうでもないんだけど。

 別の国とかだと、逆に日に焼けていない者は、外で労働する必要がない者=特権階級である、という考え方をすることがあるらしい。何かで読んだ。


 ここは日焼け止めとかそういうグッズのない時代なんだろうな。だからニルンくんの発言になるわけだ。

 しかしそうやって変に決め付けられるのもいやだなあ。ボロを出さないうちにさっさと仕事を終わらせよう。


 我ながら頑張って急ピッチで収穫を終わらせると、昼食だった。

 昼食もお椀によそった汁物で、具は芋のようなものと硬い肉だった。もしかしたらイノシシの肉かもしれない。

 いつもこんな内容の食事なのかしら。緑黄色野菜の不足が懸念されるわ。


「あの、たとえば、大ケガ……とかしたら、どこで治療するんですか?」


 小屋で昼食を食べながら、病院とかあるのかなーくらいの気持ちで、私はさりげなく聞いてみた。


「ケガ?」

「はい、あの、もし大きいイノシシとかのケモノが出たら……」

「そうだね、大ケガならファスティスの神殿へ連れて行くね」

「えっ?」


 神殿? 宗教施設のこと? それを聞いて私は驚いた。

 もう葬式の準備するの? それはあきらめが早くないか。


「司祭さまがいれば、治してもらえるだろ?」


 おばさんは当たり前のような口調で言う。

 んん? 医者じゃなくて司祭……。神頼みするのか。こりゃあ……嫌な予感は的中かもしれない。


「司祭……さまは、大ケガでも治せるんですか」


 この辺の質問は慎重にしないといけない。

 私の予感が的中しているなら、であるが。


「小さな町だけど、あの司祭さまは治癒魔法が使えるんだよ。前は都の大神殿にいたらしいからね」

「ち、治癒魔法ですか、すごいですね……」


 私は顔に出さないように注意しながら、心の中で頭を抱えた。


 あああああ~~~~予感的中だよ。

 魔法だって~~~~。

 やっぱりね~~~。


 あの知らない果物の時から疑っていたけど、ここは世界そのものが違うんだ。

 タイムスリップじゃなかった。ここは異世界だったんだ。魔法とかそういうのが出てこないから気がつかなかった。

 どうすんのよ、時代が違うよりも対応が難しくなったわ!!

 こういうのって小説では普通、チュートリアル的に神様が解説してくれたりするんじゃないの?

 私にはないんですけどぉー!!


 私は葛藤を抱えつつも、情報収集だけは怠るまいと決意を新たにした。


「……あの、じゃあ、小さいケガだったら、どうなります?」

「小さければ薬草をつけて布で縛る。血が止まればよしだね。まあ止まらないようなら神官さまを呼ぶね。司祭さまは無理だけど、神官さまは馬を出せば来てくれるから」

「神官さまも治癒魔法を使えるんですか?」

「いいや。魔法薬を持ってくる。お金は司祭さまの時の3分の1くらいかね。他の町だと司祭さまでも魔法薬だよ」


 薬も医者じゃなくて神殿……神官が持っているのか。っていうかそもそもこの世界って医者はいないのかもしれない。

 それと、やっぱり勝手に傷が治ったりはしないみたいだ。

 ということは……死んだと思ったけど生きていたのは、この体のおかげなのか。

 この体はそういう意味で人とは違うのかもしれない。


 そこまで考えて、ちょっと背筋が凍るような感覚がした。

 どうしてこの子は、あんな変な場所に寝ていたんだろう……?

 どうして目が覚めてすぐ2人組の「お迎え」が来たんだろう……?

 何か……何か事件や陰謀に巻き込まれて、私はこの子の中にいるんだろうか?


 

 ええい、今そんなことを考えても仕方がない。

 私はさっさと昼食を食べて、あまり考えすぎないように午後の畑仕事に精を出すことにした。



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