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ボーイミーツガール in the dark

※鬱注意

 リリアは僕にとっての太陽だ。

 彼女が現れるまで僕の世界は灰色だった。特に彼女と初めて会った時は、僕がどん底の時だったんだ。


 僕は小さい頃から体が弱かった。

 自分が望んでそうなったわけではないが、それでも普通の子供に比べて手のかかる子供だったのは間違いない。


 少し無理をしただけで熱を出して数日は寝込んだし、剣術や乗馬の練習をしただけで倒れてしまう。僕はいつもベッドに横になっているような子供だった。その度に母様は僕に付きっ切りになり、父様は僕の顔を見ては小さくため息をついていた。


 何をやらせても1つ下のラルスのほうが上手にやる。勉強も、剣術も、乗馬も。いや、ラルスが普通で僕は普通の人に及ばない能力しかないのかもしれない。僕は当然、跡継ぎはラルスなのだと思っていた。

 思わざるを得なかった。こんな自分が領主になっても、周りのみんなが迷惑だろう。それくらいの自覚はあった。


 僕は役立たずだ。本当に何にもできない。まだ僕が女の子だったら使いどころもあったかもしれないのに、どうして僕は男で、それなのにこんなに弱いんだろう。母様がいないとどうしていいかわからなくなってしまう。


 それでも12歳を迎えることができたある日、もっと最悪なことが起きた。イザベラという女の子が家にやってきたのだ。彼女は母様の妹の娘で非常にワガママだった。いやワガママなんていうものではなく暴力的だった。


「何でいつも寝ているの?」


 最初に来た時にあまり相手をしなかったこともあって、2回目に家に来た時のイザベラはとても不機嫌だった。


「起きなさいよ。あんたと仲良くならなきゃお母さまに叱られるんだから。ほら」


 彼女はベッドの掛け布団の上から靴で僕の足を踏んできた。僕はびっくりして横に転がって逃げた。今までこんなことをしてくる人はいなかったから、まるでモンスターにあったかのようだった。


「やめてよ……」


 僕は起き上がることもできずに言った。踏まれた足はすぐに青くなってしまっていた。


「よっわ。病気なの? あーもう、なんでこんなのが長男なのよ。つまんない。……やだ、もしかして泣いてるの? マジださいんだけど」

「な、泣いてない」

「ふーん。まあどっちでもいいけどね。それよりあたし、今度都にあるおばあさまのお屋敷に行くんだけど」


 こんな感じで、彼女は僕を一通り馬鹿にすると自分の自慢話を延々話して気が済んだら帰るだけなのだ。


 僕は彼女が僕を蹴ったり、家具に傷をつけたり、引き出しの中をひっくり返したりするのを、嵐が過ぎるのを待つような気持ちでやり過ごすしかなかった。

 まるで地獄だった。


 イザベラには母様も遠慮してあまり厳しいことを言わなかったから、本当に彼女はやりたい放題だった。僕は女の子が嫌いになった。


 僕の世話をしてくれていたマリーという侍女も怖かった。

 母様や父様がいるところでは僕にとても優しいのだが、僕だけになると途端に態度が変わるのだ。おそらく彼女にも僕が跡取りではないということがわかっていたのだろう。その態度は今考えても侍女がする態度ではなかった。


 でも僕は何も言えなかった。誰かに言いつけたりするとニ人きりになったときに何をされるかわからなかったからだ。体が弱くて常に他人の手を必要としていた僕には、そうするしかなかった。


 何か事情があったのか、後になって僕の世話を侍女数人が持ち回りで受け持つことになった時は、本当に助かったという思いで涙が出そうになったものだ。



 そうして16歳になった年に、ラルスが死んだ。

 家の中は真っ暗になった。特に父様が落ち込んでいた。跡取りと目されていた弟が死んでしまったのだ。残るのは役立たずの僕しかいない。僕には領主なんて無理だ。みんなもそう思っている。


 だから跡取りがいなくなってしまったこの家はもう終わったようなものだった。僕がもう少しちゃんとしていれば……と思わなくもなかったが、領主になると考えただけで頭痛で寝込みそうになるのだ。僕は何も考えないことにした。


 そんな自暴自棄だったある日、僕の体に異変が起きた。最初は腕や顔に変な模様が浮き出てきて、どこかにぶつけたかインクがついたくらいに思っていた。でもそのうちウロコのようなものが出てきて、顔つきが明らかに変わってきたのだ。


 それはまさしく悪夢のようだった。

 寝ている間にも、全身がビキビキと音を立てて変わっていった。僕は焦ってウロコをむしったりしたがまったく意味がなく、どんどん僕はトカゲのような顔や体に変わっていった。イザベラの存在以上の地獄があるなんて考えたこともなかった。そして何日かたった時、僕は鏡をのぞいて絶望した。


 そこにいたのは本物のトカゲだった。顔の模様も大きく突き出た口やアゴも、手の爪さえトカゲのように変わっていた。元の僕の顔はもうどこにも見当たらない。人間ですらなかった。


 ついに部屋に入ってくるのは母様だけになったが、その母様ですら僕にかかわるのを躊躇するようなことが起きはじめた。


 自分の体の自由がきかなくなり始めたのだ。自分でも思っていなかった行動をしてしまう。もっと言えば、外見のままの、トカゲのような行動をしてしまうのだ。


 誰も入らないようになっていたはずの僕の部屋に入ってきたイザベラには、まるで威嚇するようにトカゲの口を大きく開いて、魔物のような叫び声を上げていた。僕はそんなことをしたくはなかった。でも体が勝手にそうしていたのだ。もちろんそれを見たイザベラは顔を歪めて聞いたこともないような叫び声を上げて逃げていった。それを聞いて、僕はますます追い詰められるような気分になった。


 僕はトカゲになってしまうんだと思った。今はこうして自分の意識を保てているけど、いつかそう遠くない時期に、トカゲに意識を食われてしまうのだと。それはものすごく怖いことだった。僕は気が狂う前兆のようなものを感じていた。


 そして、一番それを知られたくなかった母様にも、その行動を見せてしまった。

 母様は言葉もなく、ただ真っ青な顔で、口元を押さえて部屋を出て行った。たぶん泣いていたと思う。僕は悲しくて死にたくなった。


 こんなことなら生まれてこなければよかったと、床に転がって僕は泣いた。声を出したくてもトカゲになった口からはまともな声は出てこなかったから、うめくたびに自己嫌悪になった。


 その頃から眠れなくなっていた。眠ったらもう頭の中までトカゲに奪われてしまいそうで、怖くて怖くて眠れなかった。起きていれば少しはトカゲになるのを遅らせることができるんじゃないかと、僕は必死で寝ないようにしていた。本当に苦しかった。苦しくて苦しくて、でも死ぬ勇気もない。終わりのない洞窟の中を延々歩かされているような苦しさの中で、僕はただ誰かが助けに来てくれることを待っていた。


 そんなことあるはずがないのに。


 あるはずがなかったんだ。

 薄暗い部屋の中で、知らない女の子が僕の腕を触るまでは。


 歌うような挨拶の声がして、誰かが僕のそばに来たのがわかった。僕はどうせこの人もすぐに逃げていくんだろうと荒んだ気持ちになっていたが、それでもこの顔を見せたくなくて腕で顔を覆って隠していた。


 その腕をつんつん、と触る手の感触があった。


 同時に、僕の中で何かが壊れるような音がした。比喩ではなくて本当にそんな音が聞こえたのだ。そして吐き気のような苦しい何かがせりあがってくるのを感じた。


 次の瞬間、また僕は自分の行動が制御できなくなった。もううんざりだ。僕は女の子に飛びかかっていた。両足をいきなりつかまれて、その女の子はしりもちをついていた。


 彼女は僕のことを化け物だと言って叫び声を上げるだろう。恐怖で顔を歪ませて離せと騒ぐだろう。そう思っていた。


 でも、その女の子は僕が予想していた行動を何一つ取らなかったのだ。

 ただ僕のことをじっと見ていた。嫌な顔もしていなかった。興味深そうに僕の目をのぞき込んでくるその瞳は、緑に金色のキラキラがついた不思議な色をしていた。


 彼女は何者なんだろう。僕はそう思ったのを最後に意識を失っていた。



 次に目が覚めた時、僕はベッドの上にいた。恐る恐る腕を持ち上げてみると、指や爪の形が人間のものに戻っていた。腕のウロコや模様もない。


 あれは夢だったのか。僕はずっと悪い夢を見ていたのだろうか。

 ふと横を見ると。あの女の子がベッドの端に頭を乗せて眠っていた。茶色よりも明るく光沢のある色の髪が、サラサラと白い頬にかかっている。長いまつげと淡いピンクの唇。人形のように綺麗な女の子だった。


 この子が僕に触ってから、何かが変わったような記憶がある。ということはこの子が僕を助けてくれたのか。

 あの悪い夢から僕を連れ出してくれたのか。


 どうしてこの子はここにいるんだろう。……いや僕はもしかすると天国に来ているのかも知れない、と一瞬思ったが、女の子のまぶたがピクピク動いて今にも目を開けそうだったので、僕は急いで目を閉じて眠っているふりをした。


「あー、寝てしまった……。ヨダレはたれてないから、セーフ」


 彼女はよくわからないことを言いながら起きると、僕の顔のすぐ近くに寄ってきた。彼女の息が顔にかかったのでわかったのだ。


「まだ起きないのかなー」


 彼女は歌うように言って、僕の顔をツンツンと突ついた。

 僕はいつ自然に目を覚ますべきかと悩むことになった。







最後に暗いのを投稿してしまい、大変申し訳ありません。

でもこれはどこかに入れたかったんです。


これでこのお話は完結いたします。

最後までお読みいただきましたことに感謝申し上げます。


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