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帰る場所

 今さらだけど、あの地下神殿ってファスティスの神殿の地下にあるんじゃないか。


 あの神殿はティファーナさんとも縁があるし、あの女神のカナヅチを隠しておくくらいだし、亜空間結界とかいう秘密の場所を作っていたとしても不思議ではない。

 もしそうだとしたらあの神殿、思っていたより重要施設だ。エリックさんは本当に大きいからっていう理由だけであそこに転勤したのかな。


 ……ていうかそれなら私は「地下神殿→山の家→また神殿」と、狭い範囲をグルグルしていただけだったのか。



 私がぼんやり考えごとをしていると、バァンと爆発音のような音を立てて部屋のドアが開いた。


「うお、開いたっ!」


 あの傭兵団の男が転がるように飛び込んで、私の近くまでスライディングしてくる。


「いきなり空気が重くなるわ、ドアはびくともしねえわで、中で何かあったんだろうと思っていたが……何があったんだ?」


 すばやく立ち上がった傭兵団の男は部屋の中を見回す。


「あのネエちゃんがいなくて服だけになってる……。こりゃひでえな、ベッドに踏み荒らしたような跡があるじゃねえか。あと、そこにある妙な服は一体何なんだ」


 さすが目ざとい。しかしその妙な服の横に転がっている黒い石のことには気が付かなかったようだ。

 それにベッドの靴の跡は私がつけたものである。非常に申し訳ない。でも今そのことを喋っている暇はないのだ。


 私はあの聖女様が亡くなって白い霧になったこと、その聖女様を追って司祭の服を着た人がここに突然現れたがなぜか消えてしまったことを話した。


「ふーん……あのニセ者が死んだら白い霧になったってのはまあ分かるが、司祭の方も同じように消えたってのはわからねえな」

「……そうですか?」


 この人やっぱり鋭いのかもね、と思いながら私は床の上の黒い石カルアネリをさりげなく拾い上げる。ティファーナさんのお墨付きもあったし、触っても大丈夫だろう。それにこれを誰かに没収されてしまったら他所よそでこれだけの大きさのを探すのは難しそうだし。


 傭兵団の男はオッサンの着ていた服を広げて眺めたあと、頭を抱えるようなしぐさをした。


「ちょっと待て……。この服は司祭のじゃない、都の大神殿の大司祭のだ。俺は前に見たことがある。どうしてここに大司祭が来るんだよ」

「ええー、あの人大司祭様だったんですか。とってもそんな風には見えませんでした」


 傭兵団の男は、私の迫真の演技を胡散臭そうに目を眇めて見ている。


「あんた何か知ってるだろ」

「いいえ。傭兵さんは『都の大神殿の奴らが嗅ぎつけてきたんだ』って言ってましたよね。あなたこそ何か知っているのではないですか?」

「食えねえ嬢ちゃんだな。覚えてやがったか。あとその傭兵さんはやめろ」


 男はきまり悪そうにフードを被っている頭を掻いた。


 傭兵さんはやめろと言われても、この人の名前を知らないのだから他に呼びようがない。

 名前を聞いて欲しいという前振りなのだろうか。そういえば私も名乗っていないしちょうどいいかも。


「あの、私はリリアといいますが、あなたは?」


 今さらなセリフではあったが思い切って言ってみたところ、傭兵さんはとても嫌そうな顔をする。

 何でよ。まさか……名前が無いのかしら。


「……俺は足が付くようなマネはしたくないんで、名乗らないことにしている。が、誰かにしゃべらないと言うなら、教えてもいい」


 なぜ上から目線なんだろう。それなら別に教えてもらわなくてもいいです。

 傭兵Aって呼ぶから。


「それからお前さん、もっと名前長くなかったか」


 傭兵Aは疑惑に満ちた視線をくれて、私の名乗りにケチをつけてきた。

 何でそんなことをこいつは知っている? 

 ああ、あの聖女様と一緒に行動していたんだし、それくらいは聞いていてもおかしくはないか。あの聖女様は周囲の環境のせいか世間知らずなところがあったから、ポロッとこぼしたのかもしれない。


「いいえ、私はトイビーヤの領主様に引き取られた孤児のリリアです」


 私が胸を張って言った言葉を聞いて、傭兵Aは長いため息をついた。


「……まあ俺にどうこう言える権利はないが」


 傭兵Aはブツブツとつぶやき頭をガシガシ掻いている。


「いや、いい。俺の名前はミハイルだ。誰にも言うなよ」


 意外な名前だった。

 いつも黒いフードを目深にかぶった無精ヒゲのオッサンを見て、ミハイルっぽいと思う人はそんなにいないだろう。。

 しかも呼べない名前だし。正直そんなのを教えてもらっても困る。

 ……ミハさんでいいかな。


「あんた、巡回が帰ってきたよ。大神殿の騎士たちの動きがおかしいって」


 気が付いたらドアのところに栗色の巻き毛の女性が立っていた。初めてまともに彼女の顔を見たけど、何と言ったらいいのか特徴のない普通の女性である。

 ただなぜか受ける印象が薄い。どんな顔だったかと聞かれてもうまく答えられる自信がないくらい。


 この人がミハさんの「かみさん」か。ミハさんもそうだけどこの人も足音を立てなかった。

 もしかして履いている靴に秘密があるのかも。雪国の人が滑らない靴を履いているように。


 奥さんの気配がつかめなかったのか、ミハさんはちょっと驚いているようだった。


「お、おう。……動きがおかしいってのは?」

「たぶん上から指示が出てないんじゃないの」

「上の指示ねえ、……なるほどな」


 ミハさんは広げていた大司祭の服をすばやく丸めて部屋の隅に押しやった。

 奥さんは感情のない目を私の方に向ける。


「あとそろそろその娘を連れて行かないと、騎士の詰所にいるご家族が騒いでいるらしいから」

「それもそうだな。今度は俺らが捕まっちまう」


 ミハさんがうなずくと奥さんはここに来た時と同じように私の手を取り、また音も立てずに階段を降りていく。足音が私のものだけなので変な感じである。


 ご家族って、オリスティアさんが騒いでいるのかな。きっと心配させてしまっているんだろうから早く帰らないといけない。

 1階に下りると食堂の裏の控室で水を飲んでいる若者がいた。どう見ても食堂の従業員にしか見えないその男に、奥さんが声をかける。


「詰所はどうだった?」

「見張りは1人だけ。都の偉いやつが消えたって中で騒いでた。もう都に帰るんじゃない」

「そう。ありがと」


 奥さんは私に薄手のベールを被せ、出入口の覗き窓を確認してからドアを開けた。


「付いてきてちょうだい。走ったりはしないでね。怪しまれるから」


 私は黙ってうなずいた。走ると怪しまれるってどういうことだ。



 この町は大通りに石畳が敷かれているからトイビーヤよりも都会に見える。こういう石畳ってお金かかるんだろうな。

 ベールを被っているので下ばっかり見て歩きながらそんなことを思っていたら、曲がり角のところで奥さんが立ち止まり、私に前に行くように促した。


 角を出て右の方に大きな建物があって、全身甲冑の人が1人立っている。


「あの見張りのいるところが詰所の入り口。たぶん中にご家族がいる」


 そう言って奥さんは私の背中を両手で押した。


「じゃあ……もう、さらわれないようにね」


 驚くほど優しい声だった。

 私は思わず振り返ってしまった。でもその時には奥さんはどこにも見えなくなっていた。

 こんなに早く道を引き返せるわけはないからどこかの裏道に入ったんだろうけど、まるで忍者だ。

 傭兵ってすごい……。


*******


 私はオリスティアさんたち一行と合流し、そのまま領地に戻ることになった。


 つまり今日は服を注文することができなかった。

 その時間がないわけではなかったが、オリスティアさんがもうそんな気分ではなくなってしまったので仕方がない。

 しかしそれは町で大神殿の騎士による取り締まりがあったからだ。こちらが悪いわけではないということを予約していたお店の人も理解してくれて、後日サイズの計測にトイビーヤまで来てくれることになった。


 今回は急ぎだったので直接お店に行くことになったけど、本来は商人の側が貴族の家に行くというのが普通なのだそうだ。貴族の人が町に出て買い物をすることはめったにないらしい。


 貴族って意外と面倒くさい。

 現代人の感覚だと商人に直接家に来られるのって何かイヤな感じがする。押し売りとかあったら困るし。でもこの世界ではそっちの方がいいということなのか。


 それにしても今日は疲れた。いきなりラスボスと出会うとは思わなかった。

 もしかしたらここに帰ってこれなかったかもしれない……と考えるとぞっとする。



 ちなみに私がいなくなっていた間は「気分が悪くなってしまい、親切な女性の家で介抱されていた」と説明した。そこの家の人がこのベールを貸してくれて、騎士の詰所まで案内してくれた、ということにした。

 細かく問い詰められなかったのは助かったけど、どうしてこの説明で納得するんだろうか。


 馬車の中で、私は気付かないうちにオリスティアさんに寄りかかったまま眠ってしまったらしい。オリスティアさんは心配してくれていたのか、ずっと私の頭を撫でてくれていたみたいだった。なんだかとても嬉くて、私もいつかこの人に恩返しができたらいいなと思った。


*******


「どうも、水の大神殿が混乱しているようだ。都で何かが起こっているのは間違いない」


 あれから一週間程度たって、夕食時にジャスティンさんが何気なく言った内容に私は冷や汗をかいた。私が消してしまったフガイークはあれでも権力者だったわけだから、それが消えたら影響があるのは当たり前だ。

 しかし私はそんなことになるとは全く考えていなかった。考えが足りないと言われても仕方がない。


「もともと4大神殿の合議制で政治をしていたわけだし、水の大神殿が抜けてもそう問題ないさ。まあ、こんな田舎の領地にはほとんど影響はないと言っていい。ただこういう時は都からの流民が増えるので、絶対に領地に入らせないように通達しておくよ」


 ジャスティンさんが安心させるようにオリスティアさんに言った。


「そうなの? 本当に影響はないのですか?」


 オリスティアさんが不思議そうにしている。

 私もそう思った。政治の乱れによって戦争が起こるとか、税金が上がるとか何かしらありそうな気がする。


「ウチは貧乏な領地だからね、その建前でいくんだよ」


 ジャスティンさんが楽しそうに笑った。なんでこの人いつも楽しそうなんだろう。オリスティアさんを深く愛しているのは見ていたらわかる。でもほかの事についてはよくわからない人だと最近思うようになった。


 へえーみたいな雰囲気を出していたオリスティアさんが、急に何かを思い出したように振り向いて私を見た。


「そうそう、リリア。先ほど知らせがあったのですが、ファスティスのダスマス司祭さまが明後日こちらに来られるそうですよ。あなたの様子を知りたいそうです」

「え……」


 私は自分でも意識しないまま顔を強張らせていた。エリックさんが何をしにここまで来るんだろう。

 あの聖女様が死んでしまったことがわかったんだろうか。彼は『生きてはいないでしょう』なんて言っていたけど、少しは期待していたのかもしれない。

 これはヤバいわ。私怒られるのかしら。


「まあ、そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。返せと言われてもわたくしはあなたを手放しませんからね」


 オリスティアさんがニコニコ笑ってそう言うと、ロニウスくんがテーブルの上にあった私の手を突然つかんできた。

 私はちょっとビックリしてロニウスくんを見てしまった。


 なんだか最近、事あるごとにロニウスくんがこんな感じでスキンシップしてくるような気がする。気のせいじゃない気がする。

 私はロニウスくんのことが好きだからいいけど、好きじゃなかったらこの距離感はたぶん嫌がられるんじゃないかな。でもこの世界ではこれが普通なのか。


 もしこれでロニウスくんが私のこと何とも思っていないと言ったら、とんだplayboyだぜ! って叫んで水をかけても許されるだろう。


「そうだねえ、そんなことを言ったら司祭殿はここには来なかったことになるかもしれないな……」


 ジャスティンさんが怖い顔をしていた。

 この人も物騒な冗談を言うよね……。


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