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落とされる

3話目です

 寝て、起きて、また寝る。二度寝は休日の醍醐味である。

 

 でも二度寝の後でも今はもの凄く気分が悪い。

 何かの乗り物に乗せられているのか、ガタガタと上下にひどく揺れているからだ。音もうるさい。ちょっと吐きそう……。


「……あんま詳しいことは聞かないけどよ……」


 ガタガタいう車輪かなにかの大きな音にまぎれて、さっきの男の声が聞こえる。


「あんた偽者の聖女様なんだってな。みんながそう言ってる」

「……余計なことは喋らないで」


 さっきの女の声がする。ちょっと声が震えている。


「今の聖女様は癒しも予言もなさらないってよ。どこかに本物の聖女様がいるんだってさ」

「………………」

「こいつがそうなのか?」


 女の声は聞こえない。


 本人を前に「偽者なのか」ってすごいこと聞くなあ。

 この男の方はあんまり女に遠慮してない感じ?

 女の方は……なんかわからない。声は上品な感じだけど、女ってわかんないから。アクトレスだから。

 ってかさっき眠らされてからそんなに時間がたっていないんじゃない? まだ暗いし。ここで「うっ……」とか声出すとまたさっきの変なにおい嗅がされるから黙っていよう。

 縛られたりとかはしていないみたいだし。


 少し手を動かすと、ごわごわした布で全身をくるまれているのがわかった。息ができるように顔だけ出してあるらしい。顔には風が当たっているのを感じる。この乗り物はむき出しのようだ。

 身体に風が当たらないようにしてくれているのかな。

 それとも誰かに見られないように……?


 注意深く、本当にうっすらと目を開けると女の後姿が見えた。馬車? の荷台の縁を掴んで、揺れに耐えるようにうつむいている。

 腰くらいまで伸びた長いストレートの黒髪。ほっそりした肩にベージュのような地味な色のストールをかけている。

 何秒かに一度の間隔で後ろにいる自分を見てくるので、私はその度に慌てて目をつぶる。

 ヒヤヒヤするわ。

 ちらっとしか見ることはできなかったけど、間違いなく彫りの深い美人だった。外国人っぽい。


 この人たちは何なんだろう。何でこんなことをしているのかな。

 あと聖女ってなに? 癒しと予言するの?


 疑問が次々と沸いていく中、急に今までより強い衝撃があり、荷台が跳ねるように右側に大きく傾いた。


「!」


 声を出す暇もなく荷台から投げ出される。

 この体は軽いので結構な距離を飛ばされたような気がする。

 世界がぐるぐると回って、何も見えない中で背中から激しく地面に叩きつけられ、そのまま地面を何回か転がって止まった。

 息が止まって土の臭いと尋常でない痛みが全身を襲う。


 ものすごく痛い。痛いという言葉では言い表せないくらい痛かった。

 頭は打っていない……と思う。布で全身巻かれていて受身も取れないのに、この扱いはあんまりだ。

 絶対あいつら悪人でしょ。許されないわよ。

 遠くで馬車が軋んで止まった音と、叫ぶような女と男の声がしている。


 痛いけど起きないと、起きて逃げないといけない。

 でも体が痛みで動かない。


 誰かの走るような靴音が聞こえる。こっちに近付いてきているんだ。

 助けに来てくれるのかもしれない。いや人さらいに期待なんかしたらいけないわ。


 何か違和感を覚えつつも身を起こそうとしたら、自分の右側に地面が無いことに気が付いた。


「……あ、……」


 そこは崖っぷちだったらしい。

 ザア、という土のすれる音と嫌な感じの浮遊感が同時にくる。


 何かを考えるような余裕はなかった。

 耳鳴りのような女の人の悲鳴が聞こえる。

 時間にしたら、1秒か2秒か、そのくらいだったと思う。

 私はぐるぐる巻きで身動きが取れないまま、遠くなっていく崖っぷちを下から見ていた。

 崖の上にあの女の人の顔が覗いて、何かを叫んでいる。


「……リリアさま! ……リリアさま……」


 止まらない落下の中、私にはそう言っているように聞こえた。


******


 人の記憶ってどこにあるんだろう、って聞かれたら……。

 私は脳みそだと答えるだろう。


 でも人は死んだあと幽霊になることがあるという。であれば、魂にも記憶する部分はあるということなのだろうか。

 もし本当にそうなら記憶喪失になる人はいないはずだけど。


 一気に話が脱線してしまった。

 つまり私が知りたいのは、他人の体なのになぜ「私の記憶」を持てているのかということである。

 そんなの「そういうもんだ」でいいんだよっていう意見もあるだろうけど、私はちょっと気になってしまった。


 これはあくまで仮定の話ではあるが、魂に「少しの期間だけ記憶できる機能」があるとしたら説明はつくと思う。


 私は殺されてから短期間のうちに何らかの理由でこの体に入って、この体の脳に記憶がそのまま書き込みされた。だから「私」の記憶がある。


 幽霊の場合はしばらくの間は記憶があるが、脳みそがないから記憶が変質もしくは失われてしまい、結果として無関係の人に化けて出たりする……のではないか。


 前に見たテレビでも、地縛霊とかは長くいると危険だとかその手の専門家が言っていたし。


 つまり私と幽霊の違いは「体を得られたかどうか」だと思う。


 外国人(のように見える人たち)の会話が聞き取れたのも、この体のおかげなのかもしれない。

 でも……だったら。

 この体の脳には本来のこの子の記憶があるはずなのに、どうして何もわからないんだろう。


 ファンタジー小説だと乗り移った他人の体の記憶を取り込んで、自分が知らないはずの物事を知ったりできるじゃない。でも私の場合は、まるでこの子が記憶を失っているかのようにこの体の情報を知ることができない。

 これは普通のことなのかしら。


 ……でも、もしこの子の記憶やら何やらがあらかじめあったとしたら、私は「私」なのか「この子」なのか、きっと混乱してしまっていた。だからこの子の記憶がないことで私は結果的には助かっていたのかもしれない。


 あの女の人が名前を呼んだとき。

 ああ、この子の名前は「リリア」っていうのね、ってなんかしみじみ思った。モブっぽいけど呼びやすくてかわいい名前だなって。

 あとやっぱり外国人だったんだって……いやここでは「私」が外国人なのかな。


 長くて覚えづらい名前じゃなくてよかった。アンケセナーメンとかだったらどうしようかと思ったわ。


 あらら、また脱線したよ……。

 私はこの「リリア」に謝らないといけない。

 こんなに短時間で2回も死ぬとは思っていなかったわ。しかも最後はぐるぐる巻きのまま崖から落ちるとか、すごくダサい死に方で……。いや格好良ければ死んでもいい訳ではないけど、どうせなら誇り高い感じでいきたいとか、あるじゃない。

 これじゃあ、ただ単にこの体を無駄にしてしまっただけのような気がするわ。本当に申し訳ないと思う。

 願わくばこの体が鳥につつかれたり獣に食われたりしないで、きちんと埋葬されますように……。


******


 あ、やばいわ。

 鳥の声がする。つつかれちゃう。


 目を開けると満点の星が見えた。


「……え……死んでない…………?」


 自分でもびっくりするくらいのカサカサ声が出た。体が死ぬほどだるい。いや死んでいてもおかしくないんだけど。

 一体何百メートル落ちたんだろう。はるか遠くに夜空の切れ目がある。

 多分あれが落ちた崖なんだ。

 あんなところから落ちたら、どう考えても私が生きていられるはずがない。


 っていうか星!? 星出てるじゃない!!

 さっきの建物のところの空は星がなかったけど、あれは何だったの!?


 ぐるぐる巻きの布がほどけかけていたので、横向きに転がってから這うように布から出た。下の土はふわっとやわらかい感触だった。でもまさかこれで助かったわけではないだろう。

 薄暗い中、自分が包まれていた布を触ったりにおいを嗅いだりしてみたけど、血糊はおろか血の一滴もそこにはなかった。


 あの高さから落ちて出血がない? 普通なら骨までグチャグチャになってるレベルだよね。ひょっとして誰かが助けてくれたとか? ……いや、こんな中途半端な助け方をするだろうか。


 体力の限界を感じながら、這って近くを流れている小川へと向かった。

 石に当たった水が音を立てて流れている。さっき鳥の声のように聞こえた音はこの音だった。

 どうしようもなくのどが渇いていて、ほとんど小川に倒れこむように顔を突っ込んで水を飲んだ。思いがけず勢いがよすぎて溺れてしまうところだった。


 危ないわ。ここには簡単に死が待っているようだわ。


「ごほっ、ごほっ」


 身を起こすと水が気管に入ったのか、盛大にむせて咳き込んだ。咳がなかなかとまらない。

 横になってしばらく静かに息をしているとようやく咳が止まった。

 もう限界だった。一歩も歩ける気がしない。


 気が付くと、空の色が少し明るくなってきている。朝が来るらしい。

 強烈な眠気を感じて、その体勢のまま目を閉じかけた時、ガサガサと草をかき分けるような音と大きな重い足音が聞こえてきた。


 うっすら見える視界の中に黒くて大きな影が見えた。熊のようにしか見えない。


 熊は人間を食べることがあるらしい。

 

 何でこう次から次へと……。今度こそ死んだ。

 もう体が動かない。もう無理だ。

 せめて痛みのないようにお願いします。生きながら食われるのはいやだ……。


「あんたぁ、大丈夫かあ」


 どこか間の抜けたような野太い声が聞こえたが、体力の限界を迎えていた私は意識を失った。


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